第十六話 戦力評価
「さ、行くぞユーヤ。見て回るのはこの国だけでは無いのだろう? のんびりしている暇があるのか?」
エマが言う。
「そうだった。急がないと。ローク、レムのお守りしててくれるか」
「分かりました」
散財だが、食い物を食わせていればレムも大人しくしてるだろう。ここに屋台はたくさん有り、レムは今、お団子を買って食っている。
俺はエマと二人で市場を離れた。
まずはこの国、『自由交易都市ヴェネト』の軍備を見たい。
兵士の詰め所に行き、彼らの装備を見た。
「鉄の鎧だな。良いものを着ている。ま、鋼の鎧の方がずっと上物だがな」
エマが言う。
「鋼ではない?」
「鉄だろうな。くすんでいるし、継ぎ目の辺りが錆びている。砂鉄もくっついているから、やはり鉄だ」
「砂鉄……ああ、磁力か」
エマの話だと鋼は磁石にあまりくっつかないのだろう。それに鉄は錆びやすく鋼より脆い。
「だが、せっかくの鎧も手入れは行き届いていないようだ。たるんでいるな」
規律や練度は低いか。ま、軍事国家では無く商人の国だから、兵士など重視されないだろう。
『永世中立』の理念を掲げて、どことも敵対しないようにしているのだから。
だが、こういう国は乱世には弱い。
同じ『永世中立』でも第二次世界大戦を乗り切ったスイスは『武装中立』であり、国民皆兵制度で、国民が銃を持ち、戦闘機をそろえて国も要塞化していた。
「なんだと? そう言うお前は誰だよ?」
うえ、兵士に今の話を聞かれちゃったか。
「いえいえ、今のはこの人のお腹の贅肉がたるんで、ダイエットしなきゃなあって話です」
俺はごまかしにかかる。
「私に贅肉など付いていないぞ」
ちょっと、話を合わせなさいよ。
「ついてる。ほら、こぉんなに」
俺はエマのお腹を無理矢理つまむ。
「ひゃっ、さ、触るな」
「ふん、おのろけなら、よそでやれ」
「すみませんでした。ちなみに、兵舎ってどこにありますかね? 知り合いに会いに来たんですが」
適当なことを言って場所を聞いてみる。
「兵舎ならここだぞ。誰に会いに来た? 呼んできてやるぞ」
「ああいえ、自分で探しますので結構です」
「そうか。じゃあ、勝手にしろ」
「くそ、不覚……! またしても……!」
エマがお腹を抱えたまま座り込み、顔を真っ赤にしているが、君の贅肉はそんな気にするほどじゃないでしょ。
それよりもここは軍事施設、よそ者がうろちょろしていたら咎められる可能性がある。
「エマ、行くぞ。急がないと。君のお腹は引き締まって良いお腹だったから」
「なっ! あ、後で覚えていろ……!」
なんかおっかないな。贅肉の話は二度と触れないようにしよう。武人たるもの、腹がたるんでいては恥となるのだろう。たぶん。
兵舎をぐるっと回ったが、それほど広くない。
「兵舎って、ここだけみたいだな」
「少ないな。この分だと、兵は二百しかいないことになるぞ」
エマが言う。
「へえ。でもおかしいな、いくら金持ちの永世中立と言っても、周辺国の十分の一以下の兵力で独立が守れるのか……?」
「おい! お前ら! そこで何してやがる!」
鋭いダミ声が後ろから飛んできた。
「うわっ」
慌てて振り向くと、おっかない戦士がいた。黒い眼帯をして背中にやたら大きな斧を担いでいる。こりゃ木を切る斧なんかじゃ無いね。戦斧ってヤツだろう。
「こっちへ来い」
「どうする? 片付けるか?」
エマが剣の柄を握って聞いてくるので、俺は慌てて首を横に振る。
「だ、ダメだって。そこにも人がいるし、絶対ダメ」
「聞こえねえのか! とっとと来やがれ!」
ヤバイヤバイ。
「だが、捕まるとまずいのではないか?」
「うーん、でも、兵舎をうろついただけだからね。とにかく謝ろう。立ち入り禁止ならすみませんでした!」
「あん? 何を言ってる。傭兵の申し込みに来たんだろ。手続きはこっちだ」
「ああいえ、僕ら傭兵じゃないので。ちなみに、何人くらい集まってるんですか?」
「今、二百ちょいってところだな。もうあと百は集めねえといけねえ。日当で銅貨一枚、戦が始まりゃ銀貨一枚だ。どうだ?」
「いえ、やっぱりお断りします」
「そこの女もか?」
「そうだ」
「チッ、じゃあな。気が変わったらオレのところに来い」
傭兵の戦士が去って行った。
「ふう」
「金で集める傭兵か。ふん、信用できんな」
エマが言うが、お金目当てのよそ者は、自分の命が危なくなれば、すぐにでも逃げ出すだろう。
この都市の出身なら、自分の生まれ育った街を守ろうという意識はあるかもしれないが。
港も見たが、全長十メートル以下の小さな船がほとんどだ。
マストを一本立てた簡単な木造帆船ばかりで、オールをずらりと並べた手漕ぎのガレー船はいない様子。
帆船だと動力は風任せなので、軍船には向かないだろう。
大砲を載っけている船も無い。
「よし、いいぞ。軍船は持ってないようだ。ここはもういい」
次は酒場に行き、水夫や商人達にミストラ王国について聞いてみた。
竜人族のエマを見て、最初は奇異の目を向けたり、下品な笑いをしていた彼らも、一杯奢るとこっちが言えば饒舌になった。
「ミストラ王国か。あそこは関税を取られるからな。悪いことは言わねえ、貴族にコネでも無い限り、行かない方がいいぞ」
「人間族の王で、獣人達を奴隷にしているんでしたっけ」
「なんだ、そこからか」
「そこからです、すみません、田舎者で良く知らないので」
「ミストラも知らなかったって、どんな田舎だよ。まあ教えてやろう。首輪や足かせを付けて奴隷を働かせてるが、むち打ちも有りだからな。酷えもんだよ。それに奴隷は獣人だけじゃねえ、人間族も奴隷がいる」
「ああ、なるほど」
家柄による厳しい身分制度の国か。
軍事国家と言うし、上に逆らったら大変なことになるのだろう。
「兵士は多いんでしょうね」
「そりゃ多いさ。奴隷兵もいるからな。この辺りの国じゃ、一番多いだろう。頭数だけならその北の小人族の方が多いかも知れないが、奴らは弱い」
「城攻めの兵器なんかは……」
「あん? 何でそんなことを聞く」
まずいな、眉をひそめた商人に不審がられてしまった。
「いや、あの、強い国なら色々とすんごい兵器を持ってるんだろうなーって。ワクワクしませんか?」
「そうだな、まあ、分かるぜ。だが、タダじゃあ教えられねえなあ」
そう言って、ニヤリと笑い座り直す商人に、俺は銅貨を一枚差し出す。
「一枚かよ、まあいい、教えてやろう。連中は『破城槌』を持っている」
「それは?」
「小屋みたいに上は屋根があって、そこから下に尖らせた丸太を縄で吊すんだ。丸太を前後に振って勢いを付けて城門にぶつけりゃ、上から矢を打たれても平気って寸法よ」
ラドニール籠城戦で獣人達が、盾を屋根のように組み合わせていたが、それの発展系か。
「へえ」
「他にもあるぜ」
「えっ、なんですか」
「カタパルトだ」
その言葉にはゾクリとする響きがあった。
「それは……」
「オレも話に聞いただけで見たことは無いんだが、何でも、人の頭くらいの石を遠くまで飛ばせるんだとよ」
投石機か。
てこの原理やゴムなどを使った大きめの装置なのだろう。
こりゃ、次の戦はかなり厳しいことになりそうだ。
「すぐ、戻ろう」
俺は席を立って言う。
ミストラ王国に潜入して内情を見たかったが、そんな悠長な事を言っていられる状況では無かったようだ。
周辺国よりも多くの兵を擁し、攻撃的な武器を持っている国が、もし動くとしたらどんな時か?