第十五話 自由交易都市ヴェネト
ラドニール王国を出て馬車で二日。
途中、モンスターも出て来たのだが、俺自身は一度も剣を振るうこと無く、無事に『自由交易都市ヴェネト』に到着した。
「ユーヤ様、到着です」
「おお。あー、ケツが痛かった」
道に石ころがあると馬車の車輪がかっくんするため、結構疲れた。
ゴムタイヤとか、油圧式サスペンションとか、開発したいものよね。
道も常に馬車が揺れるほど悪かった。アスファルトを開発した人は天才だわ。
馬車を出て、思い切り背伸びをする。
ここはどうやら市場の入り口のようで、あちこちに屋台があり、大勢の人が行き交っている。
ラドニール王国の城下町よりも活気がありそうだ。
犬耳、猫耳、狸耳など、獣人がかなり多い。というか、人間の方が少ない感じだな。
建物は白い土を固めたような感じで、それほど近代的には見えない。
が、商品は大量に並んでおり、色が付けられたガラス製品や細かい金属のアクセサリーもあったりするから、これらが輸入品で無いのならヴェネトは溶鉱炉の技術を持っているのだろう。
科学技術や軍事力といった点はもう少し詳しく他を見た方が良いか。
「では、ユーヤ様、僕は宿を取ってきますね」
「ああ、ローク、頼むよ」
頼れるお付きはありがたい。
「お待ちを。宿でしたら、こちらでご用意しておりますが……」
ここまで一緒に来たヴェネトの議員が言う。
「ああ、申し訳ないのですが、ぶらり気ままな個人ツアーを体験してみたいので」
「はあ、それでしたら仕方がありませんが、警備などもございますので、なるべく上等な宿になさって下さい」
「ええ、ご心配ありがとうございます」
ヴェネトの商人達には悪いが、なるべく自由に動きたいし、監視や尾行が逐一付くのも面倒だからな。
それに国賓待遇をされてしまうと、この国に滞在しているミストラ王国の諜報員に俺の顔が知られてしまう恐れがあった。
すでに顔バレしてる可能性もゼロとは言い切れないが、籠城で兵の動きは限られていたし、街の民間人の方はろくに会ってもいないので、俺の顔はまず知られていないはずだ。
写真が無いこの世界では、似顔絵や特殊な魔道具でしか顔を特定できないので、ずっと尾行しているのでも無い限り、動きは掴めない。
目立たない格好をしているならなおさらだ。
「では、お帰りの際は馬車をご用意させて頂きますので、またここにおいで下さい」
「どうも」
「ユーヤー、これ、旨いぞ。焼き鳥だって!」
気づくとレムが両手に串を持って食っている。
「げげ、レム、お前、金は払ったのか?」
「んん?」
払ってないのかよ……。まあ、人間界を知らない幼女レッドドラゴンだものね。もっと準備して教え込んでから来れば良かったなぁ。
「いいかい、レム。人間界では、売り物はお金と交換するんだよ。いや、交換しないといけない。親父さん、いくらですか?」
「一本、一ゴールドだ」
「じゃ、これで」
「毎度!」
「へー」
「たくさん並べてあって、お一つどうぞって言われても、いきなり食っちゃダメだぞ」
「分かった!」
「すまない、私が言うべきことだったな」
竜人族のエマが謝った。エマにしても、知識としては知っているだろうが、人間界には疎そうだからな。
ええ? じゃ、二人とも俺が面倒見ないといけないの?
レムはともかく、エマは護衛役として連れてきたのになあ。
「ちなみに竜人族って、物々交換が主流だったりするのか?」
聞いてみたが。
「違う! 金だ! ちゃんと金があるぞ!」
エマが血相を変えて主張したが、同時に彼女のシッポがバシン!と地面を叩く。
「お、おう」
そこまで必死に否定しなくても。
「だが、私は頭領の娘だから、タダで献上品をもらったりするのだ。それで失念していた」
「あー、なるほど」
「だから未開文明などでは決して無い。いいな?」
前髪ぱっつんのその白い髪が俺の鼻先に触れそうなほど、エマが顔を近づけて来たが、いや近いって。
「わ、分かった」
美少女に顔をキス距離まで近づけられると心臓に悪い。
「見ろ、これが竜人族のお金だ」
真ん中に穴の開いた消しゴムみたいな立方体の石をエマが出して見せつけてきた。
「へー、石の通貨か。でもこれって偽造が簡単なんじゃないか?」
「そうでもない。普通に叩いて削ったら石がすぐ割れるからな。こうやって両手を合わせて錐揉みで地道に削るんだが、竜人族はたいてい気が短いからな。偽造する奴はまず出てこない」
「気が短いのか……」
「そうだ。だから、あまり私を怒らせない方が良い」
「ワカリマシタ」
「ユーヤー、この果物も美味しいぞ!」
「レム、金はちゃんと払ったか?」
「払った!」
「よし、良い子だ」
賢い子で良かった。
「おっと、ごめんよ」
誰かが俺にぶつかったが、立ち話ができるような場所じゃ無いな。
人通りが多い。
「邪魔になるから、端に行こう」
「ああ」
「おっと、ごめんよぅ、へへ」
「貴様!」
いきなりエマが犬耳の子供を捕まえてると、その子を殴り飛ばしたので、俺も焦る。
「うわ! エマ、揉め事は無しにしてくれ。ちょっと子供がぶつかっただけだろうに」
「違う。よく見ろ。これは私の財布だ」
エマがそいつから袋を取り上げた。
「ええ?」
「いってぇ……おい! どうしてアンタのだと分かるのさ」
「中身はすべて竜人銭だからな。穴の開いた石が入ってる」
そう言って、中から石銭を取り出してみせるエマ。
「くそう……」
スリか……。
「ハッ! 俺もさっき、ぶつかられたぞ!?」
ヒヤッとして首から紐でぶら下げている財布を取り出してみたが、無事のようだ。
「ケッ、なんで良いベルトをしてるのに、それに引っかけないんだ」
そのスリの子供が聞いてくる。
「だって、落ちそうだもの」
金貨や銀貨を入れてあるのに、落としたら大変だものね。
このお金は戦の褒美として陛下からもらったものだ。何もしてないからと辞退しようとしたが、文官としての支度金だと言われたので受け取っている。
「はんっ、お前みたいな小心者がいるからスリが上手くいかねえんだ」
それはもう八つ当たりだな。
「おい、なんの騒ぎだ!」
ここの兵士がやってきたのでスリだと説明して引き渡した。目撃者も何人もいたので特に揉めることも無かった。
「まったく油断も隙も無い。ここでは気を付けねば。みすぼらしい格好の者には要注意だな」
エマが辺りに目を光らせるが、服装も、おしゃれな絹服を着ている者から、袋に穴を開けたようなボロ服を被っている者まで貧富の差が激しい。
「商品はあふれてるけど、ここも貧しいんだなあ……」
俺は物事が見えていなかったと反省する。
「何? どういうことだ? とても豊かではないか」
エマが理解できないとばかりに手を広げて聞いてくる。
「本当に豊かなら、貧しい人なんて何人も出てこないよ」
「むむ……そうかもしれないな。確かにアレでは冬も乗り切れまい。うちの里では、貧しい者にはお下がりを渡してやっているから、凍えて死ぬ者はいないのだが」
「それは良い国だ。貧しい者にとっては、ここよりもずっとね」
「そうだな。確かに、そうだ」
エマは真面目な顔で頷くと、背筋を伸ばしてもう一度市場を見据えた。