第十三話 戦後処理
(視点がユーヤに戻ります)
「獣人達が退いていきます!」
その報せを待っていた。
「リリーシュ! 出番だぞ!」
俺は城門の内側に待機していた騎馬隊に向かって叫ぶ。
「任せて! 城門を開けよ!」
馬にまたがった第二王女リリーシュの命令に従い、城門がゆっくりと開いていく。
「我らが領土を荒らしたケダモノどもに思い知らせてやれ! これより、蹂躙する!」
凛として響き渡ったその鋭き声は剣姫の名にふさわしいものであった。
部下の兵士達もそれで奮い立たぬはずが無い。
「「「 おおっ! 」」」
「騎馬隊、かかれぇ――――!」
まるで放たれた矢のように、騎兵が城門から一斉に飛び出していく。
響き渡る馬蹄の音が地鳴りとなって聞こえた。
「しかし、王女様が先頭って、いいのかよ……」
目の当たりにしてるけど、ちょっと俺には信じがたい。
「仕方ありません、あの子、自分では将軍のつもりですもの」
姉のアンジェリカは半ば諦めたように言う。
「勇者殿、私も出るが、もう良いな?」
「ええ、お願いします、クロフォード先生」
魔術部隊には出番をギリギリまで遅らせてもらった。
魔法で攻撃すればもっと獣人達にはダメージを与えられたが、それだけ退却が早まってしまう。
それでは口減らしもできないし、獣人達が引っ込んで再起を図ってしまう。
泥沼の長期戦争だけは避けたかった。
今日の戦を二時間、三時間と引き延ばす方が、百年戦争となるよりはずっと良いのだ。
三階のバルコニーから戦況を眺めるが、逃げ始めた獣人達に対して、ラドニール兵は一方的な攻撃を仕掛け始めた。
武器も捨てて逃げ惑う者を槍で突き刺していくって、見栄えが最悪だな。
「でも、おかしいですね。もはや勝敗は決したと思うのですが」
アンジェリカが言うが、戦意がまるで無いように見える獣人達のどこにも白旗が揚がらない。
「ひょっとして白旗を持っていないのでは?」
俺は聞いてみる。
「そうだとしても、長が判断して降伏を決断すれば、なにがしか、動きがあるはずです」
騎兵がようやく動きを止めたが、降伏では無かった。一人の青髪の獣人が斬りかかったためらしい。
腕が立つようでリリーシュと何合も剣を打ち合わせている。
大丈夫かよ。
ヒヤヒヤして眺めていたが、エマが言った。
「あれだろう。降伏したぞ」
犬耳の老人が服を脱いでそれを振り、従っている周囲の犬耳達が土下座する。
「よし、もう充分だ。攻撃停止の伝令を!」
俺は即座に言う。
「はっ!」
だが、騎兵が倒れた敵の負傷兵を突き刺し始めたので、俺も慌てた。
「おい、どうなってるんだ!」
「どうかしましたか、勇者様」
「いや、あそこ! 攻撃をまだやってるぞ。アンジェリカ、急いで止めてくれ!」
「ああ。いえ、あれは慈悲の介錯ですから」
「んんん?」
「分からぬのか。あれは助からぬ怪我人だ」
エマが言う。
「ああ……」
苦しみを長引かせないようにするため、か。
もやもやするものがあるが、この世界の薬や回復魔法ではやはり無理なのだろう。
「ユーヤ! 敵の総大将を捕まえたわよ! って、どうしたの? 浮かない顔ね」
リリーシュが嬉しそうに城に戻ってきたが、俺は肩をすくめた。
「まあね。戦は初めてなんだ」
「ああ……私も十年前にそんな気分になったわ。人が大勢死ぬのって、やっぱり気分が落ち込むわよね」
リリーシュが普通の感覚も持ち合わせてくれていてなんだかほっとする。
「じゃ、検分はお父様に…いえ、姉様、やってくれる?」
「ええ。ユーヤ様、助命するということで、良かったですね?」
アンジェリカが確認してきた。
「はい。敵の親玉まで殺してしまったら、統制の効かないテロリストがたくさん出てくると思うので」
「従ってくれると良いですが。併合を拒まれたら、どうしましょうか」
「いいえ、領土の編入はやらないで下さい」
「それは……」
「縄張りはちゃんと戻してもらうわよ?」
リリーシュがそこは譲らないぞとばかりに腕組みして言ってくるが、当然だ。
「ああ、もちろん。盗られた分は取り返す。だが、それ以外の元からの獣人国の領地については、彼らに自分自身で統治してもらうよ。これからはラドニール王国の属国としてね」
税金や年貢の一部を上納してもらい、いざ戦争となれば、ラドニールの部下として動いてもらう。
人間の国が獣人の国を直接統治するのは、いろいろと習慣や制度の違いもあって、馴染むまでにはかなりの時間を要するだろうし、獣人達も快く思わないだろう。
戦争で勝ったとしても、相手の心の中まで操作できるわけでは無い。
内政は行き届かないことになるだろうが、よその国の面倒までは見切れないからな。
戦争をふっかけてきて、甘えるなと言うことだ。
「でしたら、やはり、ユーヤ様もご同席下さい」
「分かりました」
検分を行う広間では、放心した猫耳族の族長と、渋い顔の犬耳族の族長がそれぞれ鎖につながれ、石床に直に座らされていた。
うちの国王もいる。ただし、こちらはもちろん向かい合った玉座に腰掛けてのことだ。
「陛下、『獣人部族連合』の取り扱いについて、ユーヤ様に色々と条件を決めて頂こうかと思うのですが」
アンジェリカが申し出る。
「うむ、よかろう。元々そう言う話であったし、今回の戦、徹底した籠城戦を主張し、見事勝利したのだ。被害もほとんど無かったと聞いておるぞ。その褒美ということですべて任せよう、ユーヤ殿」
「ははっ。ありがたきお言葉。では、さっそく交渉と参りましょうか」
相手の戦争責任を追及したり、大義名分を長々と非難するのは無しだ。
彼らの目的は生存のためだったわけで、そこを非難しても時間の無駄だからな。
手段の方はもう少し考えて欲しかったが。
「ふん、鎖につながれて交渉も何もあったものではないわ。もはやこれまで。我らの首をはねた後は、国を好きにすると良かろう」
「そうは行きません。『獣人部族連合』はそのまま存続、ただし、ラドニールの属国として上納金と年貢を毎年納め、戦となればラドニールと同盟を組んで頂きます」
「うぬう……だが、我らも余裕など無いのだ。肥沃では無い狭い土地、払えと言われても、多くは払えぬ」
「分かっています。そちらの国に飢え死には出さないようにします。ただし、軍備に今まで回していた分の九割はこちらに収めて頂く。その代わりに、『獣人部族連合』がよその国から攻められないよう保護を約束しましょう」
「保護だと? 周りは海じゃ。他に攻めてくる国など無いと思うが?」
「船を持ってる国が来るかもしれませんよ」
海岸線が長く平地が多い半島は、海の敵と陸の敵の両方に警戒する必要があり、本来は守るのに難しいのだが、この世界の『獣人部族連合』は恵まれていると言って良い。
「是非も無し。上納金を払うため、軍備は大幅に減らすが、構わぬな?」
「もちろん。それと、軍備については監視官を置かせてもらい、報告も上げてもらいます。もし少しでも数字が違ったり、こちらを騙していたら、罰金値上げということで」
「ふう、分かった」
「城や砦については建設禁止。補修は許可制とします。まあ、作る必要は無いでしょう」
「ふん」
細々と条件を詰めて最後に俺は言う。
「この条件で承認できないということなら、もう一度、戦争をしましょう」
楽しそうにニッコリと。
「ば、馬鹿な。もう充分だ。分かった、すべて飲もう」
「そちらの猫耳族の族長もいいですね」
「勝手にするニャ。アタシはもう族長は辞めたニャ」
「ええ? じゃ、次の族長は?」
「そんなの知らないニャ。そこのハチさんにでも任せるニャ」
「困るぞ、アオイ殿。猫耳族は猫耳族で長を出してもらわねば」
「ええ? じゃ、シロに任せるニャ」
「シロさんですね? 後で来てもらいましょう」
反抗を考えている風では無いし、来たところでこちらはまた籠城するだけだからそれで捕虜は全員解放した。
自分達から行動して痛い目に遭ったんだから、少しはこれで学習してくれるだろう。