第二十五話 魔王復活
大侵攻の発案者であるシズマはいなくなった。
だが、帝国との戦いは収まる気配すら無く熾烈を極めた。
「今、戻ったわ」
「リリーシュ! 怪我をしたのか」
ハールッツ城の大会議室。
そこに腕に包帯を巻いたリリーシュが入ってきて、俺は怪我の具合が心配になった。
「平気よ、かすり傷だから」
「だが……」
「いいから。それより、気になることがあって」
「何だ? 気になることって」
「私は直接には見ていないのだけど、兵が言うには、死人が動き出したと何件か報告があったの」
「ええ? 死人が? 帝国はそんな秘術まで持っているのか……」
「いいえ、たぶん違うと思う。帝国兵が襲われていたそうよ」
「んん? ひょっとして無差別攻撃か」
「だと思う。だから、ほら、前にゾンビ兵と戦ったことがあったでしょう」
「ああ、そういえばミストラ軍がそんな手を使っていたな」
結局、あの首謀者である死霊術士は何も喋らず、何も手がかりは得られなかったのだが。
「あのネクロマンサーの仲間がいるんじゃないかしら?」
「そうかもしれないな。組織か……」
ミストラ王国にも属さず、シズマのように何らかの目的を持って行動している組織だとしたら――。
「よし、すぐに調べよう」
俺はレオンハート帝国に矢文を送り、帝国側に調べてもらうことにした。
敵からの情報など普通は耳を貸さないだろうが、必要な事実を添えておけば、向こうも調べる気になるかもしれない。
反応はすぐにあった。
帝国から話がしたいと使者が送られてきたのだ。
やってきたのはリデルという軍師の少女。
小柄な茶色の髪に学者風の帽子を載せている。
彼女は護衛も連れずに、たった一人で乗り込んできたが、大した度胸だ。
「ミストラ王国の死霊術士について、詳しく聞きたいのですが」
「いいだろう。ローク、報告書をそのまま見せてやってくれ」
「分かりました」
あの一件については、ロークも独自に調査していて、良くまとまった報告書を出してくれていたので、それをリデルに見せてやった。
「なるほど、禁呪を使う者の目的は分からずじまいですか。なら、同じ目的の仲間がいるならば、同じ事を行ってきても不思議はありませんね」
「俺もそう思う。彼らにとって何らかの利益になるんだろうけど、生きてる俺達にとっては認めるわけにはいかない行為だ」
「ええ、そこは私も同感です。帝国としても認めるわけには行きません」
「調査の間、停戦というわけには……」
俺は提案してみた。
帝国にしてみれば、ラドニールの仕業だと疑って、真相から遠ざかってしまう可能性もあるため、早めの事実解明が必要だ。
「なるほど、この一連の事件がラドニール側の仕掛けた策だとすれば、なかなかのものですね」
「いやいや、さすがに死人を蘇らせるような手段は持っていないよ。持っていたとしても、俺達は使わない」
「いいでしょう。その言葉が真実であると期待します。一時、停戦して死人がどうなるかを見てみます」
「それが良いと思う」
停戦が成立して一週間後、再びリデルがハールッツ城に顔を見せた。
帝国が一方的に停戦を破る事態も考えられたため、俺もまだこの城に滞在している。
「いくつか分かった点があります」
「それは?」
「死人は死んだ兵士の中から自然発生しているようです。特に術が使われた形跡はありません」
「なんだって!?」
「そんな」
リデルがもたらした報告は、俺の予想とは違っていた。黒ローブの宗教的な関係者がいるものとばかり思っていた。
「現象の理由は不明ですが、帝国としては死者の埋葬を急がせています。今のところ、埋葬した者が動き出したという報告はありません。ただ……」
「ただ?」
「死人の発生率が日に日に上がってきています。もう少し、何か分かってからご報告を入れようかとも思いましたが、ラドニール軍でも早めに知っておいた方が良いかと思いまして」
リデルが言う。
「それはありがとう。リリーシュ、こっちは今のところ、何も無いよな?」
「ええ、でも、どうしてかしら……?」
「これは私の仮説ですが、放置された死体が密集していると、発生するようです。この城では死者をすでに埋葬していますね?」
「まあ、そうだな」「ええ、当然よ」
こちらの世界にも衛生観念や宗教的な意識もあるので、死体をそのままにはしておかないし、ましてや自軍の兵士となれば手厚く葬っていた。帝国兵であっても埋葬はやっている。
「だが、何か嫌な予感がするな。死体が自然と蘇るなどと……」
エマが言うが、今までに無かった現象が起きているのならば、警戒しておいたほうがいいだろう。
「リデル、提案がある。この件に関しては、お互い、情報共有をしておいた方がいいと思う。今後とも、報告のやりとりを取り決めとしておきたい」
「了解しました。こちらも異論はありません」
停戦も継続したまま、事態の推移を見守ったが、死人が異形化し、状況はより深刻なものになっていった。
「ツノが生えるって、それじゃまるでモンスターだな」
「魔物がどうして生まれているのか、今まであまり考えたこともなかったが、嫌な気分だ」
普段表情をあまり見せないエマも顔をしかめるが、もしも人間がそうなっていたとすれば、同士討ちであり、しかも人が人で無いものに変わってしまうというのは本能的な恐怖もあるだろう。
「申し上げますッ! 『魔王』と名乗る死人が現れました!」
兵がもたらした報告に一同が衝撃を受けたが、同時にそういうことかという納得もした。
「まさか、この時代に『魔王』が復活するなんてね! 腕の見せ所だわ」
リリーシュが『剣姫』の名にふさわしく勇ましく握り拳を作って言う。
「親玉がいるとなれば、分かりやすくていい」
エマもやる気満々の様子で拳を自分の手のひらに打ち合わせる。
「よし、打てる手は全部やっておこう」
俺はすぐさま各国に檄文を送り、協力体制の構築に取りかかった。
魔王軍はその構成からして、なかなか厄介な相手だ。
死人が増えれば増えるほど、大きくなる相手。
だが、俺は勝利を確信している。
じっちゃんの第六の教訓、『風向きが変わるのをじっと待つ』
第七の教訓『仲間と力を合わせる』
この二つがきっと役に立ってくれるだろう。
これまで七つの秘訣でここまでやってこれたのだ。
いや、何も秘訣にしておく理由も無いな。
「聞いてくれ、みんな」
俺は大切な仲間に七つの教訓を伝えることにした。
―― 完 ――
あとがき
下書きを書いていたのですが、六章と七章が非常につまらない展開になってしまい、どうにもインスピレーションが湧かないので、あえてここで完結という形にしました。察してやってください(;´Д`)