第二十四話 勇者、撃たれて死す
帝国の隠し球、大砲ビッグバーサを破壊した。
これでハールッツ城での籠城戦はラドニール連合軍にとって有利に運ぶはずだ。
後はこのまま帝国兵の鎧を着たままで逃げ切ればいい。
近くにいた帝国兵は皆、驚いているが、俺たちが犯人だとは気づいていない様子。
「何があったの!」
だが、俺たちの前にジェシカとその護衛が立ち塞がった。
「わ、分かりません、大砲が急に爆発して」
俺もここは帝国兵士として報告するしかない。
「ええ? あれはシズマが城攻めの切り札になるって言っていたものよ。そんな……」
「とにかくここは危険です。皇女殿下はお下がり下さい」
「嫌よ。いつもいつも、後ろばかりで。たまには私も役に立ちたいの」
心意気は素晴らしいが、皇女殿下が逃げてくれないと、俺たちも逃げられない。
他の帝国兵もこちらへ向かっているのが見えたが、まずいな、あいつらが来たら、俺たちが犯人だと確実にバレる。
リリーシュが剣の柄に手を伸ばす。
「御意! では、我々は急ぎシズマ様に連絡して参ります」
うん、我ながら良い言い訳だ。
「その必要は無いぞ」
上から声がかかり、うえ、シズマか。
「シズマ!」
飛竜で駆けつけたシズマにジェシカが走り寄る。
「ジェシカ、勝手なことをするなと言っただろう。指揮系統が乱れたら、余計に混乱するじゃないか」
「ごめんなさい。でも、何か私にもできるかと」
「いいや、戦場では君は役に立たないよ」
「なっ。これでも剣の腕は確かよ」
「そう言う意味じゃない。君は皇女だろう。皇女殿下には皇女殿下の役割があるはずだ」
「シズマ様、はあ、はあ、そいつらが!」
くそ、兵士がやってきてしまった。
「取り込み中だ! 下がれ! 皇女殿下の御前であるぞ!」
兵士に向かって俺は忠臣を装って叫ぶ。
「うっ……」
無駄かと思ったが、その兵士達は階級が低かったか、それだけで立ち止まって黙り込んだ。
「ほらな、報告もすぐに聞けやしない」
「ちょっとそこのあなた、少し黙りなさい」
「はっ……」
「いいぞ、報告しろ」
「はっ、そいつらが先ほど、魔法を使って……」
「なに? 魔法? 何のだ?」
「いえ、それは……」
炎系の呪文だが、その兵士は種別までは分からなかったようで、言いよどむ。
チャーンス!
「シズマ様、私は止めたのですが、実はあの者がタバコを吸い始めまして」
しれっと報告する。
「なにっ! 馬鹿か! お前は、火気は厳禁だと言っただろうが!」
「ち、違います、デタラメだ! コイツが魔法を使って――」
「ええい、そいつを引っ捕らえろ!」
「「「はっ」」」
俺とリリーシュで素早くその兵士を捕まえる。
ついでにリリーシュが一発強く殴って気絶させた。ごめんねー。
「くそっ、馬鹿のせいで、半年かかって完成させた大砲がパーだ。どうしてくれよう」
シズマがいらつくが、この理由だと敵にやられるよりも腹が立っただろうな。
「では、我々はコイツを連れて行きます」
「待て。……いや、いいぞ。連れて行け。縄で縛って逃げないようにな」
「はっ」
後ろ手に縄で縛り、エマの馬に乗せ、その場を立ち去ろうとするが。
「待て、そんなに人数はいらないだろ。お前とお前で連れて行け」
「……はっ」
ガルバスとミレットが指名されてしまった。
ま、逃げるチャンスはまだあるだろう。俺は頷いて二人を先に行かせる。
「仕方ない、大砲無しで行くぞ。ジェシカは城に戻るんだ」
「ええ? ここまで来たのに?」
「ワガママを言わないでくれ。君にもしもの事があったら、困るだろう」
「護衛も付いているし、大丈夫だと思うけど」
「ならいいよ、勝手にしろ」
「うん、勝手にする」
「大砲部隊の兵士はこのままオレに付いてこい。ハールッツ城に向かうぞ」
「「「 はっ 」」」
威勢の良い返事だけして、途中でフェードアウトしようと思ったのだが、部隊をこっそり離れようとすると目敏いシズマに見つかってしまう。
「おい、そこ、オレに付いてこいと言っただろう」
「も、申し訳ありません」
「シズマの言うこと、ちゃんと聞きなさいよ?」
「はっ……」
困ったな……。
「どうするの?」
リリーシュが小声で聞いてくるが、妙案は無い。
「もうしばらく、様子を見よう」
周りは帝国兵だらけだし、逃走すれば、敵前逃亡として鉄砲でそのまま撃たれかねないし。
ハールッツ城に到着したが、すでに攻城戦が始まっていた。
「ライオネル将軍!」
「おお、シズマ様、皇女殿下」
「戦況は?」
シズマがライオネル将軍に聞くと、彼は淡々と答えた。
「よろしくありませんな。敵は強力な鉄の矢を用いており、被害は甚大です。この城も壁が高く、通常の攻城兵器では無理でしょうな」
「うーん……。実は、馬鹿な兵のせいで、大砲がダメになってしまって」
「攻城兵器の切り札ですか。確かにあれは威力がありましたが、使えぬと言うのなら、仕方ありませぬな」
「力押しで行けそうですか?」
「可能でしょう。ただし、ここで兵を二万は失います」
「二万人か……」
「そ、そんなに?」
ジェシカが狼狽えたがシズマの決断は早かった。
「じゃあ、力押しで。キツいのはこことエルフだけだろうし」
「承知」
「ちょっと待って、他に何かいい手があるんじゃ……」
「無いよ、ジェシカ。籠城戦は攻城兵器が一番だが、無くなってしまった物は仕方ないじゃないか」
「でも……」
「皇女殿下、ここは我らにすべてお任せを。流れ矢が危のうございます。お下がり下さい」
「分かった」
「そこのお前達も皇女殿下の護衛に付け」
「ははっ」
俺も指名されたが、ひとまず流れ矢が当たらないところまで下がれるのはありがたい。
「あーあ、私って役立たずだなぁ……」
「……」
「何か言いなさいよ」
この場にいる護衛の兵士は何も言わないので、仕方なく俺が言う。
「いえ、そのようなことは決して」
「でも、何にもできないじゃない」
「皇女殿下はおられるだけで士気が上がるかと」
「ええ? 本気でそう思ってる?」
「は……」
「嘘くさい。無礼講で良いわ、別に失礼なことを言ったって、罰したりしないから。そっちのあなたはどう思ってるの?」
「は……まあ、少しは上がるかなと」
リリーシュが歯切れ悪く言う。
「絶対、気を遣って言ってるわよね、それ。まあいいわ。でも、二万人が死ぬって……誰も戦争で死なない天下太平の世を作るためなら、そういう犠牲も有りなのかな?」
ジェシカの言葉に対して、俺ははっきりと否定する。
「そうは思いません」
「ちょ、ちょっと、ユーヤ」
「どうしてよ」
「死ぬ側の立場になってお考え下さい。三十万のうちの二万なら少なく思えるかもしれませんが、そこに自分が入るとしたら?」
「そりゃあ、私だって死にたくは無いわ。うん、当然よね」
犠牲とは、犠牲にする側と犠牲にされる側ではまったく意味合いが異なる。
「分かった。この大遠征はやっぱり、中止させた方がいいわね。シズマ、話があるわ!」
ジェシカが走ってシズマの元へ向かうが、これは意外と良い方へ向かうか?
だが、その話を聞いたシズマは不満げに首を横に振った。
「ジェシカ、何を言ってる。もう決めたことだろう」
「でも、今、兵と話して気づいたのよ。自分が死ぬのは嫌でしょ? あなたも」
「それはそうだが……とにかくもう戦は始まったんだ。今更……」
「ライオネル将軍、あなたも同じ意見なの?」
「いえ、皇女殿下がお望みであれば、兵を引くべきかと。この遠征、目標を実現した時の利益は極めて大きゅうございますが、そこに至るまでの犠牲も莫大です」
「ま、待った! いやいや、ライオネル将軍! 途中で止めてしまったら、それこそ大損じゃないか」
「それがしはそう思いませぬな。少なくとも、今回の城攻めで失う予定の二万人の兵士の命が助かりましょうぞ」
「だから、戦が全部無くなれば、その方が」
「シズマ、ごめん、あのときは私が考え無しに言っちゃって。やっぱり、そこまで無理しなくていいから、ここで止めよ?」
「……くそっ、冗談じゃ無いぞ。それじゃ、オレは武勲が立てられないじゃないか」
「武勲はまあ、そうだけど。でも、そんなもの無くたって――」
「頼むよ、ジェシカ。オレにとっては大事なことだ。君の婚約者としてふさわしい地位を得るにはどうしても必要なんだよ」
「シズマ……」
「皇女殿下、その男の言うことを信じてはなりません。そ奴は、奴隷女を囲って、あなたをないがしろにしています」
エマがいきなり暴露してしまうが、うわー、そこで言っちゃう?
「だ、黙れ! 何を証拠に。そいつを斬れ!」
「待って! 斬らなくていいわ。私、もう知ってるし」
「なっ、ええ? 知ってるって……」
「だから知ってるもん。シズマが奴隷の女の子を連れてるって。だから、隠さなくたっていいよ」
「そ、そうか……」
「もう一つ、皇女殿下を踏み台にすると」
「え……?」
「それは真か?」
ライオネル将軍が問う。
「はい。この耳でしかと」
「シズマ様?」
「い、言ってない」
「残念だ。我がスキル『審問』の前に嘘は通用しませんぞ。反逆の罪を問わねばなりますまい。この者を引っ捕らえよ!」
「くそっ! 斬れ!」
「ま、待って!」
止める間もなく、シズマの護衛の黒騎士がライオネルに斬りかかり、ライオネルもまた剣を振るった。
倒れたのは黒騎士で、ライオネルは無傷だった。
「ええい、お前らも戦え!」
シズマが命じてくるが、当然、俺たちは動かない。
「殿下、お下がりを。この者は危険にございます。むっ」
ライオネル将軍がジェシカを気遣ったが、それを聞いたシズマがジェシカの背後に回り人質に取ってしまった。
「動くな!」
「だ、ダメよ、シズマ、そんなことをしてしまっては」
ジェシカもこの後の展開が予想できたか、シズマを気遣って顔を引きつらせる。
「まだだ。お前とライオネルを始末すれば、まだなんとかなる」
「ええ? 私から減刑を頼んでみるから、馬鹿な真似は止めて」
「減刑? ふざけんな。それじゃ意味がねえんだよ。無罪か、死か、オレの人生は、そのどっちかだ!」
シズマがやけくそなのか剣をジェシカの首に押しつけたままで言う。
「ならば、死ぬのだな。構わん、やれ」
「はっ」
「なにっ!?」
銃声が響き渡り、後ろから兵に撃たれたシズマがその場で崩れ落ちる。
「シズマ!」
駆け寄ったジェシカは、本当にシズマを愛しているのだろう。
たとえそれが、自分を殺そうとした相手であったとしても。
「かはっ、こ、これで、終わりか……まあ、悪くなかったかもな。農夫の子が、爵位ももらって、婚約者だぜ? 大した、もんだ……」
「うん、うん、そうだね……シズマ? シズマ――!」
泣き叫ぶジェシカだが、敵ながら、後味が悪い終わり方だった。
シズマも大きすぎる野望を持たなければ、幸せに暮らせたのかもしれなかったのに。