第二十二話 敵の敵はやっぱり敵?
狼牙王国の城にエルフの代表者が『客』を名乗ってやってきたという。
ラドニールとしてはお断りしたいところだが、ここの城の主はブランカ女王であり、彼女が判断する事柄だ。
微妙な関係の三者だが、話し合いに来たというのならば、何を考えているのか問いただしたい事もある。
「だっ、ダメよ! ユーヤを殺そうとした奴なんて冗談じゃ無いわ!」
しかし、リリーシュは話し合いの余地無しという感じで拒否した。
まあ、暗殺の可能性もあるので、俺も護衛無しで会おうとは思わんが。
「そういえば、エルフはラドニールの使節団を襲ったと聞きましたわ。狼牙王国としても、エルフは東の領土の一件で戦をしている相手ですもの。追い返してしまいなさい」
ブランカはそう言ったが。
「ですが陛下、帝国の『新兵器』に対抗するには、エルフの協力が必要だろうと、その者が申しております」
「んん? 随分と耳の早いことね。ハイネ、あなたが何か言ったの?」
「いいえ、まさか。帝国の新兵器については、重大な軍事機密と認識していますし、何も言っておりませんが」
間抜けな感じの人物には見えないので、彼女は本当に何も言っていないはずだ。
と、彼女が俺の視界から外れた。
「いてて、リリーシュ? エマ?」
「ユーヤはちょっと向こうを向いてて! 嫌らしい!」
「お前はあっちを向いてろ。ハイネを見るな」
「お、おい、いたたたた」
無理無理無理、首を二百七十度以上曲げたら人間は死ぬんですよ? 生きてるのはフクロウだけ!
「ちょっと二人とも、ユーヤが死にそうになってるじゃない。ハイネ、あなたは胸を隠すか、外へ出てなさい」
「これは失礼しました、陛下。ウフフ」
妖艶に笑ったハイネ将軍は服の胸元を直したが、おお、たゆんたゆんだな!
グキッ!
「うっ!」
「あっ! ユーヤ!? 大丈夫?!」
「む? ユーヤ?」
「ちょっと……今、変な音がしましたわよ?」
十分後、ハイポーションを飲んでなんとか起き上がれた俺だが、まだ首が痛い。
幸か不幸か、ブランカが危険すぎるハイネ将軍を会議室から追い出してくれ、俺は生き残った。
ただし、そのハイポーションを届けてくれた人物が……代わりに会議室に入り込んでいた。見事に。
赤い髪のエルフ。
「ハーイ、治ったようでラッキー! 治したのはこのミレットちゃんだから、命の恩人ってことでいいよねぇ?」
「だ、ダメよ、何を滅茶苦茶なことを」「恩着せがましいぞ」
「えー? でも事実だしぃ。ユーヤを殺そうとしたの、あなた達じゃない。ね、剣姫」
「違う、別に私は本気で……」
リリーシュが心苦しそうな表情を見せたが、それでも何か言い返そうとした。
「リリーシュ、その話はもういいだろう。とにかく俺は今、無事だ。ミレットも、使節団を襲った件、釈明があるなら、聞くが」
話が進まないので俺が単刀直入にミレットに問う。
「んー、アレは手違いでぇ、ミレットのせいじゃないしぃ、ごめんねー?」
まるで誠意が感じられないが、それでも関係を修復する意図はあるのだろう。
少なくとも敵意は感じない。
「分かった、なら、今回に限って、不問としよう」
「ちょっと、ユーヤ、それでいいの?」
「ああ。今は情報収集を何より優先する」
「……分かったわ」
「話せるぅ。じゃ、ようやく本題に入れるけど、ミレットがここにやって来たのは『レオンハート帝国』が次の新兵器を投入してくるから、早くなんとかした方がいいよ?ってみんなに教えて上げようかと思って」
「次の……」「新兵器ですって?」
鉄砲だけでは無いということか。
「そー。それが有ればこの城も一週間持つかどうか」
「そんなはず、ありませんわ。この堅牢を誇るハールッツ城が、たった一週間で落ちるなど、デタラメですわ!」
ブランカが話にならないと首を振るが。
「ええ? なんでそんなことがキミに分かっちゃうかなぁ? 帝国の新兵器も見てないのに」
「それは……そもそも本当にそんな物があるんですの?」
「あるよぉー?」
「君はどうしてそれを察知できたんだ」
「それは内緒。でも、ちょっと調べれば、分かることだと思うなあ。その新兵器、結構、大型だし」
大型……城を落とせる……か。
「攻城兵器か?」
「ふふっ、当ったりー! すごーい、なんで分かるのぉー?」
「ねえ、ちょっとイラッとするから、そのしゃべり方、やめてくれる?」
リリーシュが言うと、ミレットは静かに笑って頷いた。
「じゃ、このしゃべり方なら良いかしら?」
ミレットがいきなり大人びた声で喋った。
急に声も雰囲気も変わったので、俺もリリーシュも驚いた。
「うっ、それはいいけど、あなたって……」
「あなたも『姫』なら分かるでしょ。私は大衆が望むとおりにそれを演じてるだけよ」
紅い髪のエルフが何でも無いことのように言う。
「いや、全然分かんない……」
「あらそう。レオンハート帝国のもう一つの新兵器は、『ビッグバーサ』というコードネームで呼ばれる大砲よ」
「「「 ビッグバーサ…… 」」」
その言葉の響きに、全員が不気味なものを感じたのだろう、会議室が重苦しい雰囲気になった。
「簡単には命中しないけど、それが一発でも当たれば、城壁は粉々に砕け散るわ。上級、いえ、伝説級の呪文と同等の威力ね」
「伝説級!? そ、そんなものを? なんてことだ……」
魔術師でもあるロークが酷いショックを受けた様子で言うが、これは本当にまずそうだ。
「どうやってそんな威力を」
「火薬を大量に使って、鉄砲を大型にしたものだよ」
分からない者に俺が簡単に大砲についてせつめいしてやった。
「鉄砲を大きく……」「ううむ……」
「ユーヤ」
リリーシュが頼りにしているとばかりに俺の顔を見るが、すぐには妙案も思いつかない。
「今、考えてる」
「無駄無駄無駄ぁ。間に合わないわね」
ミレットが手をひらひらさせて言う。
「ムッ、何よ」
「だけど、手が無いわけじゃないわ。ビッグバーサはとても大きな鉄の塊だから、トリケラトプスを使っても移動に酷く時間がかかってしまうの。だから大砲の位置さえつかめれば、簡単に吹っ飛ばせるわよ。火を付けたら……ドカン!」
ミレットが両手を楽しそうに広げて、爆破のジェスチャーをした。
「トリケラトプス? 恐竜の?」
俺は聞き覚えのある言葉が気になった。
「ええ、だけど、恐れるほどの竜ではないわ。アレはタダの劣等種。地竜もどきよ」
「凄いな、帝国にはそんなのまであるのか」
「感心してる場合じゃないでしょ。大砲だっけ? それを早く見つけないと、この城も危ないんでしょ?」
リリーシュが言うが、その通りだ。
「では、私の部隊に任せてもらおう。ルル、行くぞ」
エマがルルを連れて城を出ようとしたが。
「待って。帝国は飛竜部隊を持っているわよ。いくら竜人族でも、分が悪いでしょうね」
「では、どうしろと!」
エマが怒鳴るが、そのいらだちはワイバーンが相手ではどうしようもないからこそだろう。
「焦らないで。この神に等しき全知全能のエルフが手助けしてあげようって言うのよ。大砲の位置はもう分かっているわ」
ミレットが流し目で含み笑いをする。
「なに……? 本当か?」
「気に入りませんわね」
そこでブランカが口を挟んだ。