第二十一話 奇襲 vs 奇襲
(視点がユーヤに戻ります)
「申し上げます! 第一斉射にて敵百騎程度を撃破! 上々の滑り出しです。鉄矢は鉄の胸当てを貫通!」
兵士が戦果報告の第一報をもたらしてくれた。
「よしっ、行ける!」
実験では藁人形の的で威力も何度も試したが、本当に上手くいくかどうか、最後の最後まで確信が持てなかった。
俺はここでようやく小さなガッツポーズを決めた。
「鉄の鎧もやれるとは、クロスボウの威力はすさまじいな」
俺の護衛として横にいるエマが率直な感想を述べた。
「そうだね。ま、ドワーフの親方の威力が大きいんだろうけど」
何であろうと要求以上の水準の物を作ってくれる物作り職人は貴重だ。
「同盟以外の者に売ったりしなければいいが……」
エマは武器の横流しを心配したようだ。
「そこは親方も約束してくれたからね。親方なら信頼できる」
「確かにな。あの頑固職人なら、問題は起きないか」
鉄血ギルドとの同盟の維持が前提だが、双方とも破棄する理由がないので、大丈夫だろう。
何より、あの親方なら味方を裏切るようなことは絶対に無いと断言できる。
「敵の鉄砲部隊が動き出したよ!」
ルルが飛んで来て第二の報告を寄越してくれた。
「ルル、陣形『長蛇』へ変更するように伝えてくれ」
「ヘビ陣形だね。分かった!」
「長蛇だぞ!」
エマが細かい訂正をするが、訓練してきた十種の陣形のうちの一つなので他に間違えようも無い。
某シミュレーションゲームでおなじみ武田信玄の八陣形を基本に、上杉謙信の『車掛かり』、それにフツーの横列陣形を取り入れて合計十種だ。
リリーシュに提案して実戦で使えるかどうか聞いてみたが、そのうちのいくつか、『鶴翼の陣』『魚鱗の陣』などはこちらの世界でもよく使われている陣形だった。
このうち『長蛇』はその名のごとく細長く縦一列に兵が並ぶ陣形であり、鉄砲攻撃を躱すにはこれが一番だと俺は考えた。被弾面積はなるべく少ない方がいいものね。
もちろん、鉄砲対策は陣形だけではない。
防弾セラミックシールド。
レンガ職人でもある熊ベアトリーチェに技術指導してもらい、完成させた強固な材質の盾である。
セラミックとは焼き物の陶磁器のことであり、レンガや陶磁器のように粘土を高温で焼き上げて作った盾だ。
ベアトリーチェの話では、意外にもラドニールの黒土は非常に上質で、頑丈な焼き物を作ることができるという。
実際に焼き上げて作った盾にリリーシュが鉄の剣で試し切りをやったが、鉄の剣がポッキリと折れたほどだ。納得いかない!と何度も試そうとするリリーシュを止めるのに苦労したが、これで鉄砲の弾丸も防げるはず。
もちろん、サイズはヒーターシールド、人が充分に隠れられるほどの超大型、長方形の盾だ。
「リリーシュ将軍より伝令! 防弾に成功! ただし、敵兵が魔術で応戦、被害小とのこと!」
「魔術だって!? あれは、前線じゃ使えないんじゃなかったのか?」
俺は驚く。それに対してエマは落ち着き払ったままで言う。
「ああ、ライオン族がエルフのように詠唱が早いという話は聞いたことが無い。だが、犠牲を出してでも使おうとその覚悟を決めれば使えるだろう」
「現実に使ってきてるわけだからな。くそ、こういうのがあるから、この世界の敵は侮れないんだよなあ」
完勝のつもりで準備してきただけに、俺はショックを隠しきれない。
「申し上げます! 敵戦車部隊、突撃を開始!」
「くそ、力押しで強引に来るか。砂漠だと柵って訳にもいかないからな……」
ここはカルデア領、帝国国境にほど近い西の砂漠地帯だ。
「だが、ユーヤ、お前はマキビシも用意していただろう」
忍者がよく使うアレだが、俺が今回用意したのは木の棒を三角錐型にした超大型の足止め兵器だ。
「まあね。向こうのチャリオット対策は一応、やってある。実際に効果があるかどうかはぶっつけ本番なんだけど」
「んん? チャリオットが止まるかどうか、実験してただろう」
「あれは一騎だけだからね。一列でずらりと並んで走ってくる部隊を止められるかどうかは、まだ証明が済んでない。あれだけのチャリオットを用意するヒマも無かったし」
「キャタピラー仕様で試しては、意味が無いか」
エマが言うが、ラドニール軍のチャリオットはドワーフ謹製で、帝国軍の車輪とは異なる。
「まあ、敵が使わない兵器じゃあんまり意味が無いね。走破力ではドワーフキャタピラーの圧勝だし」
祈る気持ちで次の報告を待っていると、竜人兵の伝令兵が空を飛んでやってきた。
「申し上げます! マキビシでチャリオットの突撃を和らげることに成功! ただし、我が軍が押されています」
「仕方ない、一時撤退だ」
俺は即座に決断を下した。
敵を足止めし、鉄砲を無力化した上で、クロスボウでの遠距離攻撃。
これで完全勝利を目論んでいたのだが、少々甘かった。
二日後の夕刻、俺たちはハールッツ城で休息を取った。
本来、ここは狼牙王国の城でラドニールの敵である。しかし、レオンハート帝国が『大陸公路の永遠なる保護者』を名乗ってからは事情が一変した。
狼牙王国も帝国と完全に敵対したのだ。
まあ、自分が持っている大陸公路を横取り宣言されて「仲良くやりましょう」なんて言い出すお国柄じゃないしな。
そのおかげもあって、俺たちはブランカ女王から軍の通行許可と補給許可をもらえたわけだ。
敵の敵は味方、昨日の敵は今日の友というヤツだ。
「それで、帝国軍を止める手立てはありますの?」
白い毛皮のガウンに小さな王冠姿で会議に参加したブランカが問うてくる。
背丈が小さい彼女は、ちょっとコスプレ風に見えなくも無い。
「ある。籠城戦ということになるけどね」
俺は答える。
鉄砲を止めるのは何もセラミックシールドだけではない。
城の石壁だって充分に防ぐことが可能だ。
「ふう、まさか、このハールッツ城を最前線にする日が来るだなんて……」
「まあ、狼牙族にとっては面白く無い話だろうけど、そこは使用料としてお金や食料を……」
「いいえ、食料は頂きますが、お金はいりませんわ。最前線、燃えるじゃありませんの」
ああ、好戦的な子だったね、そういえば。
「でも、ユーヤ、野戦でも行けると思うわよ」
リリーシュ将軍が発言する。将軍としての彼女が言うのだから、実際にやれるのだろう。
「だが、敵の数も考えた方が良い。互角の戦いじゃダメなんだ」
俺は籠城を選ぶ理由を述べた。
「うーん、戦力差か……一度で良いから、大軍で圧勝してみたいわね」
「その戦力差、狼牙王国が協力しても、ひっくり返せませんの?」
「難しいね。帝国軍の総数をまだ把握していないけど、最低でも三万よりは上だ。下手すると十万。だが、そうだな、満月の夜なら……」
「ええ、私たちの本領発揮の日なら、数倍の力が出せますわ」
狼人間の力の変動も加味できるか。
「だが、当面は籠城ということにしよう」
「「 ええ? 」」
ブランカとリリーシュが不満げな顔になるが、絶対に勝てる状況でなければ戦わない方がいい。
それに――。
「帝国は長期戦になればなるほど、不利になる。東に軍を置いたままにして、その間にお留守の帝都を西の大国から攻めてこられたら彼らも危ういだろうからね」
俺は理由を述べる。
「確かに。大陸公路を独り占めしようとした以上、レオンハート帝国は四面楚歌でしょうな」
老将ガルバスも頷いた。
実際、好意的に受け止めた国はゼロ。
各国とも相次いで非難声明を出し、賛同した国と言えば、帝国周辺の大陸公路を持たない小国ばかり。
帝国の周りは完全に敵でいっぱいだ。
「皮肉な話だよ。大陸に平和をもたらすつもりで戦争をふっかけたら、余計に戦乱に拍車がかかったわけだから」
俺は肩をすくめて言う。
エマから聞いた皇女ジェシカの平和の願い。
今回の帝国の行動については、少し理解できる部分はある。
もちろん、戦争をふっかけられてまで賛成するつもりも無いけれど。
「あら、それ本当に皮肉ですの? 戦をふっかけた時点で、平和的とも思えませんけど」
ブランカが冷ややかに言うが、まったくその通りだ。
やはり目的と手段をはき違えては、本末転倒になる。
「そうだな。とにかく、食料の融通の件については、責任者のロークから計画書を出してもらう。後でそれを見て欲しい」
「分かりましたわ」
ブランカが了承し、会議は一段落した。
「他に話し合う案件は――」
俺が皆に問おうとしたら、会議室にノックがあった。
「後になさい、今、大事な会議中ですわ」
ブランカが言い放ったが、ドアが開かれ、胸の谷間を全開にしたハイネ将軍が入ってきた。
「申し訳ございません、陛下。ですが、少々、面倒な客がやってきたもので。陛下のご判断を仰ぐべきかと」
「客? 誰ですの?」
「ミレット=タームラ=ディード=リット、エルフの代表と名乗っております」
「はぁあああ!?」「むっ!」
それを聞くなりリリーシュとエマが声を上げて席を立ち上がるが、当然だろう。
以前、ラドニール外交使節団をだまし討ちで襲ったエルフ族だ。良い感情があろうはずも無い。