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第十九話 壁に耳あり障子に目あり

「許せぬ……!」


 姉者(エマ)が拳を握りしめて激怒した。


「ええ? なんで?」


 生真面目な姉者にとっては、さっきのシズマの物言いは気にくわないというのは分かる。……分かるのだが、何も瞳の筋を真っ直ぐ立てて激怒するほどの事なのか。

 

「ルル、お前は自分の婚約者が愛人を囲い、しかもその愛人すら簡単に切り捨てて構わないと言うのか? 挙げ句に人を踏み台などと……」


「いや、良いことだとは思わないけど、ユーヤならそんなことはしないでしょ」


 すっかり忘れていたが姉者はユーヤの婚約者になっていたんだった。

 里の者も最初は面白半分にからかっていたが、怒った姉者に半殺しにされてからは触れてはいけない話題みたいな空気になっていた。

 ま、アタシは別だけどな! 「懲りないルルはスゲーな」とみんなから褒められるほどだ。

 だが、姉者も今度は怒らずに言った。


「当たり前だ。そうでなくては将来の我が夫として認めるはずも無い」


「なら気にしなくたって良いのに」


「いいや、これは人の道の問題だ。相手が誰であろうと認めるわけにはいかん」


「あー、ハイハイ」


 敵地へ二人で斥候に来ただけなのに、いつの間にか説教になる姉者は色々と面倒くさい。


「真面目に聞け。人の道を踏み外した輩が増えていけば、必ずトラブルを起こす。今は自分に関係ないからと皆が甘い顔をしていると、後で大変なことになるのだぞ?」


「じゃ、そういうのは姉者に全部叱ってもらうってことで、一件落着!」


「ふう、まったくお前は、ああ言えばこう言う、不真面目な性根だな」


「そんなことより姉者、もうここに用は無いだろ。まだ近くに帝国兵もいるんだし、早くおさらばしようよ」


「そうだな。行こう」


 背中の翼で羽ばたいて大空に舞い上がる。

 砂漠の空は青々としていて実に気持ちが良い。

 

「チッ、気づかれたか」


 姉者が舌打ちしたので下を見ると、こちらをじっと見上げているライオン族の将軍が見えた。確か名前は『ライオネル』だったか。見上げたままで身じろぎ一つしないのでなんだか不気味な奴だ。

 

「フフ、でも、ここまでくれば余裕じゃん、やーい、ここまでおいで、おしりペンペン」


「よさないか、馬鹿者。これで次からは警戒されて偵察もやりにくくなる」


「ああ、それはそうだろうけど、何もあんなに近づかなくたってさあ。アタシは嫌だよ、敵に捕まるなんて」


「私だって嫌だ。だが、情報は大切だからな。帝国がいずれ敵となるのならば、可能な限り情報を集める。それがラドニールと里のためだ」


「ユーヤのための間違いじゃないの?」


「それもある」


「むむむ……」


 最近は姉者も反応が薄いので、からかい甲斐が無い。

 

「では、急いで戻るぞ、ルル」


「あっ、ちょっと姉者、距離があるんだからもっとゆっくり行こうよ、それじゃ持たないって」


「帝国の開戦と、鉄砲の実戦投入が確認できたのだ。これ以上無い、最重要の情報だぞ」


「それは分かってるけど、姉者ぁ。待ってぇー」


 飛ぶ速さにかけては自信のあるアタシだが、姉者には敵わない。昔から何をやらせても竜人の里で一番の姉者だ。

 彼女は子供の頃からもう次の頭領になると言われるくらいだったのだが、ただ一つ姉者にも欠点がある。

 他人に厳しいのが良くない。


 

 

「ぜー、ぜー、死にそう、もーダメ」


 やっぱりというか、砂漠のオアシスまで辿り着いた時には息が上がってしまって、飛ぶどころか立てない状態になってしまった。姉者も肩で息をしていて苦しそうだ。


「なんや、だらしないのぉ、その程度の距離で、若いもんが」


 待っていたタミーオが余計な憎まれ口を言う。仲間のユニコーンに団扇まで仰がせてまぁ良いご身分だが、太った馬があぐらをかいてヤシの木を背にし、それにもたれかかってるのは、なんか見ててイラッとくる。

 

「フン。タミーオ、今度はアンタの役目だろ。さっさとアタシらを乗せろ」


「乗せて下さい、だろう。目上に対してなっとらんのぉ、ルル。ま、ええわ、何やら二人ともえらいもん(・・・・・)を発見したようやし、ほんなら、お前ら、本気出して行くで?」


「「 ういーす 」」


 あんまりやる気なさそうなユニコーンの仲間達が準備を始めた。


「エマはんはワイの背中に乗りや。急いでるんやから(くら)(あぶみ)もいらんやろ。落ちんようにしっかりワイに抱きついたってや。密着してしっかりとな、フヒヒ」


「いや、しっかり鞍も鐙も付けてもらうぞ。婚約者がいる身としては、他の男の体に密着するなど、ありえんからな」


 冷たい目で姉者が言う。


「かー、相変わらず固いのぉ。まあええ、ほんなら、ルル、お前でもええわ。交代や」


「いや、アタシもアンタの背中はちょっと嫌だな」


 乗ってると「オホッ」とか「ウヒッ」とか変な声を出して気持ち悪いし。


「なにぃ? お前ら、今、そんなえり好みしてる場合ちゃうやろ!? 一刻も早くラドニールに戻らんといけんじゃろうが」


「そうだ。だがここには三頭いるのだから――よし、他の二頭は準備が整ったようだ。行くぞ」


「ああっ! クソッ、しもうた!」


 なにやら当てが外れたようだが、タミーオの事情はどーでもいい。

 

 

 

 飛ぶような速さで疾走するユニコーンに乗って、それでも四日がかりでラドニール城にアタシ達はようやく戻って来た。

 

「うう、ケツが痛い」

「ゼーハー、ゼーハー、こっちも限界や、ダイエットせなあかんなあ……ビール控えょ」


 城門の前でへばって地面に這いつくばるアタシらを後目に、姉者は元気よく走って中へ入っていった。

 

「火急! 火急だ! ユーヤはいるか!」


 いや、そこまで急ぐことかね。

 

「ルル、タミーオも、お疲れ様。ハイ、お水」


 差し出されたガラスのコップにアタシは飛びついた。一気にあおる。

 冷たい水が乾ききった体の隅々まで染み渡り、猛烈に、死ぬほど心地よい。


「プハー、くー、生き返ったぁ。ありがとう! リリーシュ!」


「どういたしまして」


「姫さん、こっちは口移しで頼むわ。ワイはもう死の淵や……」


「でも、これほど急いで、何かあったみたいね?」


「スルーかい!」


 そう言いつつ蹄で器用に挟んでコップを掴んで飲んでるタミーオはほっとけばいい。どうせ死にゃしない。


「うん、例のユーヤが言ってた鉄砲、アレを見たよ」


 アタシは頷く。


「ええっ! そう。どんな感じだった?」


「やー、アレは、聞きしに勝るってヤツだね。正直、ゾッとした。見たものが信じられなかったよ。熊族があっというまにバタバタ倒れていくしさあ。一方的で、戦いなんてものじゃなかったよ」


 アタシは砂漠で見た事をリリーシュにそのまま伝えた。説明は苦手だが、何かとんでもないことが起きたというのは彼女も分かってくれると思う。


「そう……」 


「そうやな。強い熊族を簡単に『やれる』っちゅうんは、ほんまにまずいで? 他の国の兵士だって、帝国がその気にさえなればいつでも簡単に『やれる』っちゅうことや。人間、『やれそうなこと』は『やってしまう』のが性分や」


 その場にあぐらをかいてタミーオが珍しく真面目な調子で言う。いくら真面目ぶってもビール腹がぷっくり膨れていてどうにも様にならないが。


「しかしのぉ、それよりも、や」


 帝国の『ヤバさ』に黙り込んでしまったリリーシュとアタシに、タミーオは続けて言う。


「大陸公路は(おおやけ)のもんなんや。みんなのものを独り占めっちゅうんは土台、通らん話やで?」


「うん、それは私もそう思う!」


 リリーシュは力強く頷いた。

 ラドニールや竜人の里には大陸公路は通っていない。それでも、そこを通ってきた行商がたまーにふらっとこちらまでやってくることがある。もしも、帝国が大陸公路を封鎖してしまったなら、あの珍しい品も入ってこなくなってしまうのだろう。それはちょっと嫌だ。

 

「でもさ、大陸公路ってさ、行商から関税を取ったり、宿場町で儲けてるんじゃなかったか? 帝国が独り占めしても、それで消えてなくなるって訳じゃないだろ?」


 アタシはその疑問をぶつけてみたが。


「それは確かにそうだ。帝国は大陸公路の『保護者』を名乗った。だから、大陸公路自体は無くならない」


「「「 ユーヤ! 」」」

 

 姉者やアンジェリカと共にユーヤが城門まで姿を見せた。真っ黒なローブ姿でちょっと不気味だ。まあ、アタシも黒い服を着てるから、おそろい(・・・・)でカッコイイけどな!

 

 そのユーヤが続けて言う。

 

「だが、帝国は独占して自分に都合良く、行き交う品を規制したり、値上げしたりするだろう。つまり、二度と安く西方の品は買えなくなるってことだ」


「でも、ユーヤ、値上げするとは限らないんじゃ……?」


 リリーシュが言うが、確かに帝国が今の値段でいいと思えば、そのままという事もあるだろう。

 だが、ユーヤは首を横に振った。

 

「無いよ。それは絶対に無い。金のかかる鉄砲をそろえてそこを独り占めにしようとしたんだ。元から帝国には大陸公路が通ってるんだから、今のままで良いなら、わざわざ取って自分のものにする必要も無いんだよ」


「ああ……そ、そうね」


「これで大義名分もできた。『大陸公路を有るべきところに戻す』、これをもってラドニールの宣戦布告とする」


「「「 おお…… 」」」


 皆がユーヤを驚きの目で見つめたが、今までユーヤは自分から戦に飛び込もうとしたことは一度も無い。いつも敵から攻められて嫌々仕方なくという感じだった。

 

「リリーシュ、アンジェリカ、もう何度か話して分かってると思うけど、これはかなり危険な事だ。下手をすると、ラドニール王国は滅ぶ」


「ええ、分かってる。もうみんなで話し合って決定したことでしょ」


 リリーシュが頷く。


「陛下も了承済みです。私たちは軍師と運命を共に」


 アンジェリカも頷く。


「無論、私もだ」


 姉者も頷いた。


「しゃーないのぉ、一丁、付きおうちゃるか。ヨーメーシュとチーズの鱈サンドの値上げは譲れへん。ワイの魂、生きがいや」


 タミーオまで頷くが、滅ぶかもって話まではアタシは聞いてない。


「ありがとう、みんな」


「いや、滅ぶってそれアタシは初耳……」


「大丈夫だよ、ルル。もちろん、勝算は立ててる。シズマはおそらく、こちらが同程度の武器で奇襲をかけてくるなんて、思ってもいないさ。しかも小国のラドニールがね。だから帝国軍の主力は間違いなく西に移動することになる」


 ユーヤが自信ありげに微笑んだ。


「西に?」


「ああ。東で有力な国は今、見当たらないからね。東で一番の大国だった狼牙王国も今は敗戦と内輪もめでガタガタだ。巨人国はデカくても性格が大人しいからノンアクティブ。エルフ王国は強くても端っこで遠いし、内向き指向で外へは動かない。となると当然、次は西の隣の大国と激突することになる。大陸公路の覇権をめぐってね」


「覇権……」


 その言葉の意味は知らないが、何やらとてつもなく恐ろしいもののようにアタシには聞こえた。

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