第十一話 悲惨な籠城戦
二週間後、ついに南の『獣人部族連合』が『ラドニール王国』へ攻め込んできた。
竜人族の山から戻ってから急ピッチで戦の準備をしていた俺達だったが、本音を言えば準備にあとひと月は欲しいところだった。
とはいえ、短い時間でもやれることは全部やった。
リリーシュは兵を集め、剣術鍛錬と演習を連日行い、防衛戦を徹底的に訓練していた。
アンジェリカは城の補修を指揮監督、女衆を集め矢を大量に製造した。
宮廷魔術士クロフォードは弟子達に魔術を教え、魔道具を準備していた。
俺とロークは弓矢を作りつつ、クロフォード先生に魔術を教わり、リリーシュの剣術鍛錬にも参加した。
国王は職人や商人や貴族と交渉したり、農地を見回って視察をやったりしていた。
レムはモンスターを狩ったり、木の実集めをしたり昼寝していた。
そして俺の婚約者エマだが……レムに付いていたり、俺に付いていたりする。
「ハッ! 背中に殺気を感じる」
振り向いた俺は、エマがギリリと弦を弾いた弓矢をこちらに向けているので、気が気では無かった。
だが、彼女は矢を戻すと、チェックしただけのようで次の弦を確かめている。
「気にするな。私もまだ未熟ゆえ、殺気を完全に殺すことができぬ」
彼女はぱっつん前髪の白い髪に白いレオタードにコウモリ羽までついていて、シッポが隠れていると悪魔そっくりに見える。
ちなみにとってもグラマーさんだ。
「いやいや、そっちの熟練者になってもらっても困るんだけど! いつ暗殺されるか分かんないし!?」
里に帰ってくれるのが一番良いのだが、頭領にここにいるようにと指示されたそうで、彼女はいつも仏頂面だ。
まあ、この人、最初にあったときから仏頂面だったけど。
「心配するな。頭領からは勇者について見極めよと命を受けた。見極めるまでは殺さん」
「いや、それ、見極めたら殺すって話だよね!?」
「まあそうなるな」
「認めちゃったよ!」
「それはそうと、お前達は獣人族に勝てるのか?」
エマが聞いてきたが、この質問は真面目に答えないとな。
「ああ、俺が聞いた限りの情報だと、負ける可能性はほとんどゼロかな」
「兵士の数は向こうの方が五割ほど多いと聞いたぞ? ましてや相手は猫耳族と犬耳族だ。猫は俊敏で瞬発力や柔軟性に優れ、戦闘能力が高い。犬は鼻が利き、スタミナもある。
とても人族が勝てるとは思えんな」
「まともに平地でやり合ったらね。だから、まともにはぶつからない。これはリリーシュや隊長達とも話し合ってしっかり意思統一しているから」
「ほう。ならば、城に籠もって戦うか」
「まあ、一番守りが堅いのはここだし、仕掛けが使えるからね」
『城攻めには守備側の四倍以上の兵力が必要』――兵法の常識だな。『攻撃三倍の法則』などとも言う。
「お手並み、拝見するとしよう」
「たっだいまー! 見てみてー、たくさーん木の実が採れたよ!」
レムが袋を掲げて嬉しそうに持ってくる。
こうしていると、とても彼女がレッドドラゴンだとは思えない。
普通にコギャル系日焼け幼女だ。
「おお、偉いな、レム」
俺もレムの頭を撫でてやる。
「ふふー、また褒められたー!」
「レムも頑張ってくれてるから、この戦が終わったら、陛下がたぶん、豚を一頭、くれるよ……」
「わーい。じゅるっ」
幼女に豚。そしてよだれを垂らして喜ぶ幼女。
なんだかシュールだ。まあ、あまり深く考えまい。
想像してはダメだ。
「レム殿はなぜ、勇者の側にいるのですか?」
エマが何度目かの問いを投げかける。
「またそれ? 面白いからだよ!」
レムが答えた。
「その面白さが私にはさっぱりなのですが……」
エマはすでにレムの正体には気づいている。頭領が会見の場ですでに気づいていたそうで、レムの様子見も任務の一つなのだろう。
竜人族にとってはドラゴンは母なる存在で有り、自分達が他種族よりも優れている証でもあるため、敬意を払って当然の相手だが、崇拝とまでは行かないらしい。
この感覚は説明されても俺にはよく分からないし、エマも言葉としては説明できないのかもしれない。
「敵兵が来たぞー!」
「弓兵、構えーっ!」
城の外から声がして、いよいよ、ここでの戦闘が始まったようだ。
敵がここから見えないのはちょっと不安になるな。
エマが階段を上がって様子を見に行ったので、俺もちょっと外を見てくることにした。
レムも付いてこようとするので、首を振ってここにいろと言っておく。
「レムはダメだぞ」
「なんでぇー?」
「これは獣人と人間の戦だからね。レッドドラゴンは出る幕じゃないんだよ」
「ぶー。じゃ『しんがりゲーム』は?」
「まあ、チャンスがあったら、それは遊んできても良いよ」
「やった! アレは結構、面白いよ!」
まあ、人並み以上の耐久力と、防御力があれば楽しめるのかも知れないが。
俺は死んでもごめんだなあ。
「じゃ、レム、その時はちゃんと呼ぶから、今はロークと一緒に矢作りでもしててくれ。ちょっと今は、みんな忙しいから。レムばっかりの相手はできないんだよ」
「分かってるよ、それくらい」
納得して聞き分けてくれたので、バルコニーに上がる。
ここから城の周囲が一望できた。
「多いなあ」
南側に獣人達が集まっていて一斉にこちらに向かって走ってくるのが見えた。
アンジェリカの話だと、『獣人部族連合』の兵士の数は二千五百から三千。
対するこちらは二千の兵士が城に詰めている。
さすがに、全員分の弓を作るのは無理なので、盾を構えているだけの兵士や待機しているだけの兵もいる。
だが、何もしていない兵は交代要員として絶対に必要なのだ。
人間、24時間は戦えません。
「なるほど、これは勝ったな。奴ら、攻城兵器すら用意していないと見える」
エマが下を見て言った。
「ま、最初からいきなり籠城するとはみんな思ってなかっただろうからね」
そこまで兵数差があるわけでも無いし、籠城では街や農地は守れないのだ。
できれば、畑はなるべく荒らさないで欲しいんだが……小麦は種まきが終わったばかりで、戦が終わればまた蒔けるかもしれないが、たぶんすぐ、北のミストラ王国との戦争に突入してしまうだろう。
だから今回の戦、人的被害だけは何を犠牲にしようとも最小限に抑える必要があった。
俺達はこの戦の後も考えなくてはいけないのだ。
畑はまた耕して種を植えればいいが、人はすぐには増えてくれない。
人は道ばたの雑草では無いのだ。
「よし、煮えたぞ。壁を登ってくる奴らに熱湯を掛けてやれ!」
兵士が桶を運んできて、それを壁際でひっくり返す。
「ぎゃー!」
「あちちち」
下で可哀想な悲鳴が聞こえてきたが、薪と鍋と炎系魔術士でいくらでもお湯は作り出せるので、残弾数を考えるとお湯攻撃が一番良い。
ただし、壁際に張り付いている敵兵にしか当てられないのがネックだ。
カツン、カツンと、近くの壁に弓矢が下から飛んできて当たったので俺は慌てて階段へ引っ込んだ。
流れ矢に膝をやられては困るからな。
三日ほど、そのような城攻めが続いた後、獣人族の戦い方に変化があった。
ドーン、ドーン、と城の扉に向かって大きな丸太の杭を二十人ほどで抱えてぶつけている。
一番、原始的な攻城兵器だな。
「放て!」
リリーシュが命じたが、上から矢で狙い撃ちだ。
相手は両手が塞がっているから、剣で弾くことも、盾で防ぐこともできない。
「ぎゃー!」
「ニャー!」
「キャイン!」
生き残った獣人は慌てて丸太を捨てて逃げていく。
「好機ね! 騎馬隊の用意を!」
リリーシュが好戦的な将軍の一面を見せた。
ここだ!
「待ったぁー!」
「ええ? 何よ、ユーヤ」
「姫! 相手はまだ戦意が衰えてはおりませぬ。ご自重下され」
「だからなんでクロフォード先生の喋りを真似るのよ」
雰囲気で。
「今は目先の戦果よりも、自軍の被害を最小限に、一兵も失わない覚悟でお臨み頂きたくッ! それでも無双するとおっしゃるなら、どうぞ、私めを斬ってから覇道をお進み下さい!」
「あ、じゃあ、斬ろうかしら」
「えええっ!?」
「嘘よ。まったくユーヤは心にも無いことを言うんだから。分かったわ。自重しとく」
「ふう」
「でも、この戦、あなたの戦い方だと、相当、酷いことになるわよ」
リリーシュが真顔で言う。
「うん……それは分かってる」
決着を長引かせるということは、それだけ死人が出ると言うことだ。
すでに城の周りには獣人達の死体が積み上がっていて、そろそろ腐敗も進んでくるだろう。
いずれ地獄絵図ができあがるのは必至だ。
だが、獣人達には人口を減らしてもらわないと、こちらも後の統治が立ちゆかなくなる。
自国民を飢えさせるのはもってのほかだが、今は敵だからな。
聖人君子や真っ当な勇者なら素早く勝利して敵の民も助けるのだろうが、俺達にはそこまでの器量も才能も無い。
一度、徹底的に地獄を見せてからで無いと、彼らをこちらに従わせるのは無理だろう。
だから、反乱すら起こす気力を無くすまで、徹底的にやってやる。
退却も許さない。
これは平和のための、酷い酷い戦争だ。
『戦争とは、敵をしてわれらの意志に屈服せしめることを目的とする暴力行為のことである』
――クラウゼヴィッツ
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。