第十八話 圧勝のシズマ
(視点がシズマに変わります)
帝国歴1304年、大陸歴では528年11月31日。
この日の正午、カルデア王国北東部の大陸公路上において、レオンハート帝国とワイルドベア王国の軍勢が激突した。
理由はレオンハート帝国の国益と、往来の商人の安全のためである。
帝国は本日をもって『大陸公路の永遠なる保護者』を名乗り、その大義名分をもって、大陸公路を不法に占拠していたワイルドベア王国軍に宣戦布告したのだ。
ま、帝国にとっての不法だけどね。
そこは細かく追及しないで欲しい。
展開していた兵は、ワイルドベア重歩兵一万に対し、帝国軍歩兵はわずかに一千。
『穴熊陣形』の堅さで有名なワイルドベアだけに、なかなか苦労させられるんじゃないかと考え、後方に帝国騎兵一万騎を控えさせていたのだが、必要なかった。
目の前には無数のワイルドベア兵の死体が横たわっている。
彼らも途中で退けば、ここまでの被害にはならなかっただろうに。
「お見事でございますな、シズマ様」
ライオンの顔をしたライオネル将軍がニコリともせずに祝辞を述べてくれた。
「いえいえ、ライオネル将軍の指揮があってこそですよ。オレはその手伝いをしたにすぎません」
「だが、この『テッポー』がなければ、ここまでの戦果は上がらなかった事でしょうな」
「ええ」
そこはオレも否定しない。事実その通りだし、謙遜ばかりしていても無骨なライオネル将軍は快く思わないだろうからね。
「威力は認めましょうぞ。ですが、このような戦い、それがしは気に入りませぬ」
ライオネル将軍がはっきりと言う。
そうだろうなあ。
この人は馬上で勇ましく剣を振るうことを誉れとする騎士であり、正々堂々の一騎打ちを好みそうな将軍だ。彼からすれば、今回の戦闘は戦いなどではなく、ただの虐殺であったに違いない。
「オレも気に入ってるわけじゃないですよ。正直、ここまで死体が出るとは思ってなかったです。熊族もほとんど全滅するまで退かないとは」
「彼らも戦士としての誇りがありますからな。あと一歩で崩せそうとなれば、なおさらでしょう」
「そこは反省点でした。もっと威力のある銃で、圧勝しないと」
「フフ、これを圧勝と言わずして、どのような戦を圧勝と言われるのやら」
「いえ、オレはただ、途中で逃げてもらいたかっただけですよ」
本音なので、肩をすくめるしか無い。
「お優しいことですな。だが、これも戦。『大陸公路の永遠なる保護者』を名乗ったからには、もう後には引けませぬぞ?」
「分かってる。一刻も早く大陸を平定し、天下太平の世を作り出す。家を無くし親を亡くしてさまよう難民を減らすこと、皆が笑って暮らせる世の中にすること、それが皇女殿下のお望みです」
オレは皇女殿下の理想を述べる。
「大きな理想でございますな。血でこの理想を洗い上げるには、あまりに大きすぎる。いったい、どれだけの生け贄を用意することになるやら」
皮肉なのか、ライオネル将軍が嫌な言い方をする。
だが、これも事実。
目の前には熊族の大量の血が流れ出ていた。
「ええ。でも、この鉄砲があれば……可能なはずだ」
「できるやもしれませぬ。ただ……」
「ただ?」
「いえ、小官は戦うしか能の無い男。あれこれ考えるのはシズマ様にお任せするとしましょう。たとえ竜が我らの前に立ち塞がろうとも、この剣で切り伏せてみせましょうぞ」
「それは頼もしい。では将軍、後はお任せします。オレは鉄砲の改良点を工房へ伝えに、一度、帝都に戻ります」
「承知した」
護衛の黒騎士団を引き連れ、戦場を後にする。
オレは後ろを振り返った。
「竜ね……南東でよく目撃されているという話だったが」
「斥候を放ちましょうか?」
部下の黒騎士が言うが。
「いや、いいよ、そんなの。敵でも無いのに迂闊に近づいて藪蛇になっても困るしさ」
「はっ」
「シズマ~!」
「えっ、ジェシカ! なんでここに」
髪の色と同じオレンジ色のバンダナを頭に巻き、軽装の冒険者といった出で立ちの少女が馬を走らせてくるのを見て、オレもちょっと驚く。
「えへへ、来ちゃった」
「来ちゃったって、お前なあ、皇女様が前線に来てどうするんだよ」
「いいでしょ、シズマが勝てるかどうか心配だったし」
「戦場は危ないんだぞ?」
「だから、ちゃんと部隊も連れてきたわよ」
「連れてきたって……指揮系統もあるんだからな? 勝手に部隊を動かされても困るぞ。オレがあとで将軍に何か言われるんだしさぁ」
「私が言ったって言えばいいでしょ。それより、勝ったの?」
「ああ、それが……」
からかってやろうと思い、オレはわざと視線を落として落ち込んだフリをする。
「えっ、だ、ダメだったの?」
「いいや、圧勝だ」
ニヤリ顔で報告してやった。
「やった! もぉー、一瞬、ダメだったのかと思ったじゃん」
ジェシカが本当に心配してくれたのか、唇を尖らせてちょっと不満そうに笑った。
「ごめんごめん、だが、前に言ったろ。オレのスキルは『異世界賢者』なんだから、この世界のコトワリを超えた物を知ってる。それを使えば何だってできるさ」
「本当に無敵のスキルね! 凄い。お父様が他の貴族の反対を押し切ってまでシズマを重臣として迎えただけのことはあるわ、ふふ」
「ああ、レオナルド陛下は先見の明がある。正直、謁見したときは嘘だと思われて斬り殺されるかとヒヤヒヤしたけどさ。オレにもようやく運が回ってきた」
貧しい農夫の家に生まれ、一生畑仕事で終わる人生だと思っていたのに、今や皇族とタメ口を聞けるほどの立場に上り詰めた。ジェシカと結婚すれば、いずれは皇帝の座も射程圏内だろう。
「私も正直お父様はちょっと怖いわ。でも運と言えば……スキルって普通、天からの授かり物、生まれたときから持ってる物だと思ったけど……どうしてシズマのスキルは最近になって出てきたのかしら?」
「さあね。そればっかりはオレにもさっぱりだ。どうせなら天ももっと早くくれれば良かったんだけど」
そうすればひもじい思いをして草を食べるなんて真似をせずにすんだし、弟だって死なせずにすんだかもしれないのに。
「まあまあ、そう言わずに。もらえないよりはもらえて良かったでしょ?」
「そうだな。さて、ジェシカ。君はこれからこのままオレと一緒に帝都に戻るつもりなんだろ? それとも将軍に挨拶していくのか?」
「やめとく。私、ライオネル将軍って苦手なのよ。子供の頃からよく叱られてたし。修行だって言われて谷から突き落とされたりしたのよ?」
「はは、そんな感じの人だな。じゃあ、先に『飛竜』の準備をして待っててくれるかな。ちょっとオレはまだここでやることがある」
「いいけど、早くしてよ?」
「ああ、すぐ終わる。時間はかけないよ」
「分かった。じゃ、先に行ってるわね」
オレはジェシカに笑顔で手を振り、彼女が砂丘を越えて見えなくなったところでほっと胸をなで下ろした。
「ふぅ、危ない危ない。ジェシカにあいつらを見られたら、ちょっと面倒だからな……婚約解消なんてされたら、さらに面倒なことになっちまう」
「奴隷くらいなら、皇女殿下も大目に見て下さると思いますが……」
オレ専属の騎士が言うが、ジェシカの気性が分かってないね。
「大目に見てくれなかったら、どうするんだよ」
「は……申し訳ございませぬ」
「まあいい、連れてきてくれるか」
「はっ」
犬耳と猫耳とウサ耳、首輪を付けた三人のグラマー女性がやってきたので、オレは満足して笑みをこぼす。黒い猫耳はそれを見て嫌そうな顔をしたが、それが良い。
「やあやあ、君たち、ちょっと予定が変わったから、君たちは馬車で帝都まで向かってくれ」
「ええ? 何日かかると思ってるのよ」
「仕方ないだろ、お姫様が飛竜でここまで来ちゃったんだから、彼女と一緒に帰るわけにもいかないじゃないか」
「それなら、アタシ達が乗って来た飛竜だけ置いていってくれれば」
「ダメだ、飛竜の数は少ないんだぞ? ジェシカに怪しまれても事だからな。心配しなくても、黒騎士を何人か護衛に付けてやるし、路銀もちゃんと渡してやる」
「フン、戦場まで無理矢理連れてきたあげくに、今度は馬車で帰れとか、ホント、シズマって勝手なんだから」
「そう言うなよ。奴隷はご主人様に逆らっちゃダメなんだぞ?」
「奴隷ね。恋人じゃなかったの?」
「まあ、恋人だ」
「フィアンセに内緒で愛人を囲うなんて、シズマもなかなか大した物ね。でも、結婚した後で私に子供ができたら、皇位継承権ももらえて、私は皇妃ってことになるのかな? ちょっと楽しみ?」
「ああ? 何を言ってる。そんなわけは無いだろう。変な気は起こすな。身の程をわきまえろ」
「ふうん、なら、ジェシカ様に私たちのことバラしてもいいのかなあ?」
猫耳女がニヤニヤと笑うが、コイツ、何にも分かっちゃいないな。
「フン。斬れ」
オレは躊躇せず、黒騎士に命じる。
「はっ」
「えっ! ちょっ、きゃあ!」
まったく、気に入っていた黒髪の猫耳だったのに、仕方ない。
斬り殺された死体を見て、青ざめて震えている犬耳とウサ耳に言う。
「お前らもこうなりたくなかったら、身の程をわきまえろよ?」
コクコクと頷いた二人は、これでもうおかしな気は起こさないだろう。
「じゃ、後は頼んだぞ」
「はっ」
黒騎士の一人に奴隷を任せ、別の黒騎士を護衛として連れてジェシカが待っている飛竜のところへ行く。
「シズマ~」
笑顔で手を振ってくれるジェシカは、きっと何も知らない――。
オレが何のために帝国に開戦させたのか、その真の目的を。
『天下統一、太平の世』など、そりゃあ出来れば言うこと無しだが、鉄砲があったとしても、そう簡単には行くまい。
割と冗談で言ったのだが、ジェシカは世間知らずなのか、すぐに真に受けて本気にしてしまったが。
『平等』にしたってそうだ。
みんなにとってはいいかもしれないけど、『持ってる側』がどうしてタダで分け与えてやらなきゃならないんだか。ジェシカはその思想を知って喜んだが、それが皇女という『持ってる側』なのだから、オレには理解できない。
「ま、せいぜい君は、良い踏み台になってもらおうか」
可哀想で無邪気な皇女を見つつ、オレはニヤニヤと笑った。