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第十七話 帝国の野望

2019/7/8 銃の知識と、火薬の作り方の知識は別モノという可能性についてご指摘を頂きましたので修正。やっぱり作者が「どうかなー?」と思ったところは読者も引っかかってるんでしょうねえ……(;´Д`)

 便所の土を集める。

 ラドニール王国でその策の真意に気づいた者がたった一人だけいた。

 

 残念ながら俺では無い。

 

「ユーヤ、話がある。城の中庭に来てくれ」


「なんですか、クロフォード先生」


 他にもリリーシュやアンジェリカなど、ラドニールの中枢を担う者達が全員中庭に集められた。

 

 先生が狼皮紙を一枚、庭の芝生の真ん中に置き、何やらこれから儀式か実験を始めるようだ。

 狼皮紙の上には黒い粉がひとさじ程度、乗っている。


「これは便所の土と灰汁をまぜたものじゃ」


「ええっ? 先生までやめてよ、もう」


 リリーシュが何の冗談なのかという呆れ顔をしたが、クロフォード先生はしかし真面目な顔で小さく首を振り、その場を指で示した。

 

「先に、何も無い方で比べてみよう。この魔術の威力をよく見ておきなさい」


 クロフォード先生がそう言うと樫の杖を振りかざしつつ呪文を唱える。


「四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもってその燃えさかる爪を借りん。ファイアボール!」


 老魔術師が呪文を唱えると、拳大サイズの火の玉が地面に勢いよくぶつかり、一瞬だけ燃えさかるとすぐに消えた。

 使えるとカッコイイ呪文だが、それほどの威力でもないな。先生も本気を出してはいないし、タダの初級魔法だ。

 

「次は、これじゃ」


 先ほどと完全に同じ呪文を唱えて同じ大きさの火の玉をぶつけたが、その途端、パンッと爆竹が弾けるような音がして、狼皮紙に載せていた土が一瞬で消えた。後には白煙のもやが残り、狼皮紙にも穴が空いていた。

 

「ええ? 何、今の……」


 リリーシュにはいったい何が起きたのかよく分からなかったようだが、俺はすべてを理解した。

 

「か、火薬……! くそっ、なんてこった! 帝国がそれを作っていたなんて!」


「火薬と言うのですか……」


 ロークが不吉なものを見たかのようにつぶやく。


「ふむ、ユーヤの世界にはすでにあったか。となると、色々とコレの使い道も知っておるのかな?」


「ええ。色々と。ですが、これは非常に危険で、文明にとてつもない(・・・・・・)影響を与えます。できれば無い方がいいと思っていたのですが……」


「やはり、戦の道具……武器か」


 クロフォード先生もその火薬の性質から、すぐに推測はついたようだ。

 

「はい。子供でも一瞬で人を殺せるような、しかも大量殺戮が可能になります。戦のやり方そのものがすっかり変わってしまう」


「そんなに?」


 リリーシュが驚きの声を上げたが、確かに今の小さな爆発では想像もつかないことだろう。

 だが、できる。

 俺はその未来を地球の歴史として知っている。


「では、私たちはどうすればいいのでしょうか……」


 アンジェリカが悲しそうな目で俺に問う。

 

 火薬を急ピッチで用意しているとなると、おそらく鉄砲も作る気でいるのだろう。だからこそ、シズマは鉄の加工に()けた鉄血ギルドのドワーフたちを百人ほどお抱えにし、その技術を門外不出にしようとしたのだ。

 

「シズマも俺と同じ異世界人なのか……? いや、そんなことはどうだっていい。俺たちは……」


「大丈夫よ、こっちにはユーヤがいるんだから。同じ武器が作れるのよね?」


 リリーシュが楽観的に言うが。

 

「大まかな仕組みは知ってるけどね。作ろうと思えば試行錯誤の上で、たぶん、作れるだろう」


「やった!」


「だが、それじゃ帝国には勝てない(・・・・)


「なんでよ?」


「領土、人口、予算、技術、すべて向こうが上なんだ。時間的にもこちらは後れを取っている」


 その遅れを取り戻そうとするなら、多くの犠牲を払うことになるだろう。抵抗する者をムチで打ち、牢獄に入れ、多くの人間を不幸にするのだから、俺とラドニール王家の評判もがた落ちだ。

 

「待って。技術なら、鉄血ギルドの親方に協力してもらえば」


「ああ、そこは望みが有るかもしれない。だが、親方にしたって鉄砲を作るとなれば金はかかるんだ。時間もね」


「それは……」


 リリーシュも時間とお金ばかりはどうしようもないようで、言葉が途切れる。

 だからこの(ルート)はBADエンド一直線だ。

 しかも細かい作戦で帝国に常に勝利し続けることが大前提となるだろう。

 相手の方が有利な状況で。

 セーブロードとリセット無しでそんなことができたら奇跡だ。


 ――さらに。

 鉄砲は剣と違い、素人でも撃てるから、鉄砲と兵士の数を多くそろえた方が勝つ。

 物量の戦いである。

 そうなれば、両国はどちらも鉄砲と兵士を限界まで(・・・・)増やしまくって、文字通りの総力戦へと突入していくだろう。文字通り命をくべて(・・・)燃やし尽くす戦いになる。


「ですが、ユーヤ様、まだ帝国と開戦したわけではありませんし、ラドニールと帝国の関係は中立です」


 ロークが言う。外交で友好的な関係を維持すれば、悲惨な総力戦や負け戦も回避できるだろう。


 だが、秋までに鉄砲を急ピッチで量産しようとしている帝国は、必ず秋にどこかと戦争を始めるはずだ。

 『備えあれば憂い無し』で、ただの専守防衛ですよ、と言うのなら、彼らが急ぐ必要はどこにも無いのだから。

 だいたいレオンハート帝国は今でさえ突出した大国であり、そんな物が無くても周りから攻められる心配など無いのだ。

 

「ああ、だが、鉄砲の開発を急がせているようだから、必ずどこかと開戦するはずだ。ラドニールはすぐには標的にならないだろう。でも、そうなったあとで手を結ぼうとしても、簡単には行かないだろうな」


 現在、帝国が斥候を送っているというカルデア王国だけでその侵攻が止まればいいが、どこまで攻めるかは帝国次第だ。

 カルデアを飲み込み、狼牙王国を飲み込み、鉄血ギルド、そしてラドニールへと南東方面へ攻めてくる可能性は否定しきれない。

 

 国の命運を運任せにしていては、その運次第で滅ぶ。

 

 せっかく国が豊かになりかけているというのに、『祈り』や『博打』で運営なんて俺はごめんだ。

 

 だから、少しでも確実な道を進みたい。

 

「決めた。『最悪の事態』を、つまり帝国が鉄砲を作ることを前提として、こちらも新兵器の開発と量産に取りかかろうと思う」


「わ」

「ほう」

「はい!」


 みんなが期待したまなざしを向けてくる。

 この期待を裏切らないようにしないとな。

 

「鉄砲に勝てる武器は――クロスボウだ」


 俺は真面目な顔で言う。

 「エー?」「そんなバカな」という声はここでは上がらなかった。

 ラドニール、いや、この世界ではまだクロスボウが存在していないのだ。

 弓矢を撃つための覗き窓は城にあったが、十字の形をした弓は俺は一度も見たことが無い。

 

 クロスボウとは、板バネの力を利用して強力な矢が撃てるようにした機械式の弓だ。


 その最大の特徴はなんと言っても『素人でも簡単に撃てる』という点である。

 

 バネを引っ張るのに多少の力は要るはずだが、それを一度セットしてしまえば、あとは引き金を引くだけで矢が撃てる。

 

 これに比べ、一般の原始的な弓矢は、まず矢を持ったまま弦を後ろまで引き絞り、体の向きを標的に合わせつつ撃たなければならない。

 俺も剣がダメならせめて弓矢だけでもと思ってこちらで試してみたのだが、はっきり言って矢が前に飛んでくれない。狙って命中させるなど至難の業だ。二メートル先の的でさえ当たらなかった。それどころか弦が自分の頬に当たって死ぬほど痛かった。

 

 しかし、これがクロスボウならば――力を込める段階(フェイズ)と、照準を合わせる段階(フェイズ)が別々なので、求められる撃ち手の技量(レベル)は格段に(やさ)しくなる。

 

 そして、クロスボウは歴史上、鉄砲よりも先に登場し、火薬を必要としない。

 

 つまり、技術レベルが低くても作れるのだ。

 

 シズマがどういう知識を持っているかは不明だが、銃器メーカーの開発技術者並の専門知識を持っているとは考えにくい。もしもそれほどの専門知識があれば、おそらく、便所の土などと言わず、もっと化学的な方法で火薬を大量生産していると思う。


 ――いや、専門分野が違えば、銃の作り方は知っていても、火薬の作り方は素人レベルってこともあるかな。

 

 いずれにしろ、この世界に無いものを一から作るのだ。

 帝国は真っ直ぐ弾が撃てる銃を作るのに相当苦労するはずだ。たとえ設計技師として図面が完璧に書けたとしても、量産するには腕の良い現場の職人の数がどうやっても足りないはず。国外の鉄血ギルドに足を運んで雇おうとしたのもそのためだろう。

 

 研究開発にはコストがかかる。

 未知の物ならなおさらだ。

 難しい技術になればなるほどそのコストは膨大になり、手間がかかる。

 だから。

 シズマが鉄砲を一丁作る間に、俺はクロスボウを五張作ってやる。

 

 そして、鉄の矢も作るとしようか。

 威力は可哀想な鴨のニュースで明らかだ。

 

 リリーシュ達に『クロスボウ』の説明を簡単にしたあと、俺はさっそくレムに乗って『鉄血ギルドへ』と向かった。もちろん、親方に量産してもらうためだ。

 

 そして、こちらが帝国に先制攻撃で(・・・・・)奇襲を仕掛ける。 

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