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第十六話 レンガ輸送計画 後編

 レンガの買い付けと輸送計画はトントン拍子に進み、大本の仕入れ先はお隣の『自由交易都市ヴェネト』で落ち着いた。

 ヴェネトにも溶鉱炉があるそうで、そのお値段は一式、五百万ゴールド。日本円で約五億円だ。

 まあ、高いね。

 活版印刷による本の売り上げも入り始めた今のラドニールなら、やりくりすれば買えないこともないが、これを買ってしまうと他の予算が完全に圧迫されてしまう。

 

「ま、ヴェネトにレンタルの交渉を持ちかけるって手もあるだろうが、レンガが欲しいだけなら、大人しく品物の方を受け取るだけにしておいた方が無難だぜ? 向こうさんがどれだけふっかけてくるかも分からねえし、あいつらだって商売人だからな。欲しいと言えば、足下を見られるのは間違いねえ」


 バッグス船長の言う通りだろう。国内に高性能の溶鉱炉があれば、色々と役立ちそうだが、それを使うには技術者も必要で、これにも人件費や維持費がかかるのだ。ギリギリで買っても動かせませんでしたじゃ持ってる意味が無い。

 

「それにね、オルバが海路でレンガを一つを、たった二ゴールドで融通してくれるって言うのよ! 二ゴールドよ! 下手したら原価割れの出血大サービスだわ。もうこのビッグウェーブの大船に乗っからなきゃ嘘ね」


 やたら前のめりになってきたベアトリーチェに俺は一抹の不安を感じてしまうのだが、相場の半分以下で聖法国が融通してくれるなら、まあ、その方がいいだろう。ジャンヌに借りを作りそうでそこは微妙だが、特に条件を突きつけてもいないようだし、大商人バッグス船長が間に入って責任を持つのだ。そこは民間同士の商売だから、おかしな条件を付けてくるならこちらは簡単に撤退できる。 


「ま、二人ともオルバにはあまり頼らないようにしておいてくれ」


「なんでだ、ユーヤ。今のところ、ラドニールとの関係は良好なんだろう? オレはそう聞いてるぜ?」


「まあ、良好と言えば良好なんだけどね……、あそこはちょっと変わってるから」


「まあな。オルバから船で南の半島沿いをぐるっと西から東に回ってくるだけの海上輸送ルートなら、海賊や怪物の心配もしなくていい。オルバとヴェネトの定期航路があるくらいだからな」


「はぁ」


「だが、近いヴェネトで現物を買い付けるのが一番安全だ。そういうことなら、ヴェネトでの仕入れを優先しよう」


「残念だわー。ま、アタシは雇われの身だし、プランを立てるのが役目で決定権は無いものね」


 ベアトリーチェが少しすねてしまったようだが、自分でも言ってるとおり計画を出すのが彼の役割だ。財務の決定権は基本的にアンジェリカにある。

 

「じゃ、こんなところかな」


「ああ、また何か問題があれば話しにくるぜ」


「では、僕が今の条件で詳細を書面にまとめておきます」


 ロークに契約書と計画書を作ってもらうことにして、これでラドニールの『レンガの安心ホーム』プロジェクトがいよいよ正式に動き出した。第一期の予算は五十万ゴールド。家としてはたった二十件分に過ぎないが、これで二十世帯約四十人が次の冬の凍死を免れることになるだろう。

 第二期の予算を冬までに組むことができれば、理論上はラドニール王国の凍死者が今年はゼロになる予定だ。

 ゆくゆくはラドニール王国すべての家をレンガに変え、皆が暖かな家の中で安心して冬を越し、落ち着いた生活が送れるようになればいい。

  

「しかし、家をタダでプレゼントしてくれるとは、ラドニール王家も気前が良いこった」


 バッグス船長が笑顔で好意的に言ったが、生活がカツカツの国民ならば違う感想を持つかもしれない。


 そんな金があるなら税や年貢を安くしてくれ、と。

 

 だから、このプロジェクトは決して増税で行うつもりは無い。

 あくまでも余剰の予算、稼げた分で行い、積極的な宣伝もやらない。

 

 こちらで調査して、困窮している家族にこちらから手を差し伸べるだけにとどめる。

 

 この政策は困っている国民を助けるのが目的であり、王家のご威光や慈悲を広く示すためのものではないのだ。 

 

 しかし、死ぬはずだった命運の凍死者が生き残れば、そこに消費が続くことになる。

 誰だって食べなきゃ死ぬのだから、食べ物を求める。食べ物のために働き、その一部が税として納められる。上手くいけば、その元凍死者(サバイバー)が結婚し子供を産み、税収を増やしてくれるかもしれない。

 

 ま、それはあくまですべてが上手く回った場合の話。   

    

 上手く回らないときにどうするか、それを考えるのが軍師、俺の役目だ。



 

「おお、そうそう、思い出したぜ、ユーヤ」


 バッグス船長が俺を見て言う。

 

「んん?」


「笑い話だ。今、レオンハート帝国じゃ国民に布告を出して、便所の土を片っ端から集めさせているそうだ」


 笑い話と言うが、笑うどころか、顔をしかめてちょっと首をひねるような話だ。


「ええ? 便所の土を? なんだそりゃ」


「オエー」


 レムも想像してしまったのか舌を出して嫌そうな顔をした。


「んまっ、嫌だわ。どうしてそんなことをさせてるの?」


 ベアトリーチェも不快そうな顔で聞く。

 

「さあな。理由は一切、告げられず、だそうだ。だが、拒否すればむち打ちか牢獄入りの重罪、集める側の兵士でさえ嫌がって、シズマ様の評判はがた落ちだそうだ」


「そりゃあ、まあ、嫌がるよねえ。あのシズマがその布告の発案者なのか?」


「そう聞いてるぜ? 有能でいろんな突飛なことを次々に思いつくそうだが、今回の布告は魂消(たまげ)ただろう」


「うーん……」


 以前、鉄血ギルドでシズマとは会ったことがあるが、そのときの彼の印象は常識的な人間に見えた。

 

 それに、便所の土って何か意外な物に使えた気がするんだよな。

 

 なんだっけ?

 

 頭の片隅に引っかかる物を感じつつ、俺は自分の部屋へと戻った。

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