第十話 運命の愛は突然に
竜人族の砦で必要な話ができた。
今回、特に何かを約束したわけでは無いが、竜人族の考え方や状況が知れたのは大きな収穫だ。
人間を軽蔑している点が厄介だが、同時に、彼らは誇り高き戦士であり、力がある者に対しては敬意を払う。
長に対しては従順で組織や伝統を重視する。
そして彼らが相互に礼儀に重きを置いているのもポイントだな。
「勇者ユーヤよ、他に話はあるのか?」
「いえ、お館様、お忙しい中、時間を割いて頂き、ありがとうございました」
「よかろう。そちらが礼を尽くすのであれば、こちらも礼で返す。茶を飲んで帰るが良い」
パンパンと頭領が手を叩くと、竜人族の女衆がお盆を持って入ってきた。陶器の湯飲みに入ったお茶と、お茶請けに果物をということらしい。
「どうぞ」
「どうも」
竜人族のその場にいた長老衆にも配られたので、まずは彼らがどう飲むかを観察し、それを真似て片手で湯飲みを持って豪快に呷る。
すると、爽やかな香りが喉元から鼻腔に突き抜けていった。
「あ、美味しい。これ、お花かしら」
リリーシュが少し驚いて湯飲みを覗き込む。
「はい、高原の花を入れてあります」
「長寿の秘訣じゃぞ!」
「気分も落ち着く」
ハーブティーってところかな。
「果物もどうぞ。美味しいですよ」
四センチくらいの細長いプチトマトのような果物を口に頬張る。
皮は少し固かったが、これはビワみたいな味だな。
なかなかいける。
俺は種をそっと軍服のポケットに忍ばせた。
「みずみずしくて美味しいです」
「美味しいわね」
「旨い! オレ様はもっとこれを食いたいぞ」
「ちょっと、レム」
レムは話し合いの時はグースカ寝ていたので放っておいたが、食い物になると元気良いな。
「ふふ、気に入ったようでこちらとしても嬉しいが、生憎、採れる量が激減していてな。今、出せるのはそれだけだ」
「エー?」
「貴重なものを、ごちそうさまでした」
「うむ」
お茶を飲み終わり、これで会談は完全に終了だな。
「じゃ、帰るわよね?」
「ああ」
「こちらへ」
白い髪の竜人、エマが俺達を再び案内して先を行く。
俺も付いて行こうと立ち上がったが、むむ、あぐらで足がちょっと痺れたか?
正座で無いから気にもせずに油断した。
「おっと。うぎゃ」
足に力が入らず、思わず転んでしまう。
「もう、何やってるのよ」
「あはは。や、すみません」
ちょっと顔からシッポにぶつかってしまったので、エマに苦笑して謝りつつ、俺は起き上がろうとした。
が、彼女がプルプルと震えて変な顔をしている。
「おい……」
「いや、今のは偶然であろう」
「エマも油断しおったな」
「人間ごときに……」
周りの雰囲気も何かおかしい。こちらをじっと見てヒソヒソ話になっている。
「リリーシュ、ハンカチ」
「え? ええ」
人間の汚らわしい手でシッポを触られるのは彼らにとっては不快極まりない事だろう。ちょっと内緒だけど口と唾も付けちゃったし。
まあ、事故だしね。
そこはこうやってふきふきしてあげて――
「ああああっ!」
え?
「な、なんと!」
「ふ、拭いたぞ」
「拭かせたな」
「ふん、人族などに」
「き、貴様ぁ!」
エマちゃんが顔を真っ赤にしてシッポを隠したが。
なんかまずったちゃったね?
フォローしようとして、さらにおかしな事になった予感。
ここはまず、素直に謝ろう。
「申し訳ないです」
「あの、悪気があったわけでは無いので。やはり、シッポに触るとまずかったですよね?」
リリーシュが聞くが。
「「「 ……… 」」」
「ちょっと、みんな沈黙って凄く恐いんですけど、どうするのよ?」
「いや、俺に言われても」
「おう、お前ら、帰りか? じゃあ、まーた送ってやらないとな」
ルルがやってきた。
俺とリリーシュで手招きする。
「んん? どうかしたか」
「ルルちゃん、ルルちゃん、あなたたちのシッポって触ったらどうなるの?」
「どうって、どうもならないぞ?」
「でも、さっきユーヤがエマさんのシッポを触ったら、みんな変な顔して……」
「ああ、ぷぷっ、男が触ったか! 姉者、ひょっとしてこいつに気でもあった――ぐえっ!」
うお、いきなりの正拳パンチですかそうですか。
「痛ったぁ、そんなに怒ることないだろ!」
「うるさい! 誰が気など……! 一生の不覚!」
今のやりとりだと、恋人にしか触らせないとかそんな感じか。
俺も正拳パンチを食らっては叶わないので、あぐらで手を突いて正式な謝罪のポーズ。
「申し訳ござらん」
「ほう、こやつ、本気の申し込みらしいぞ」
「人族が申し込むなど、初めて見たが」
「で、エマよ、どうするのだ?」
「ふざけないで頂きたい。お断りだ」
「お、おい、ユーヤ、早く姉者のシッポを触れ!」
ルルが言うが。
「えええ? いやいやいや」
そんな見え透いた罠に乗るかっての。
「なんと、見上げた男だな!」
「本気であったか!」
「しかし、エマも困るであろう」
「くっ、貴様、本当にその意味を分かっているのか? ええい、早く私のシッポを触れ」
「ええ? いや、それはちょっと」
たぶん、竜人族にとってはお尻の一部みたいなもんでしょ?
男が触ると色々問題があるみたいだし、もう触れないよね。
触らせておいて正拳パンチみたいなコンボも食らいたくない。
「一つ、二つ、三つ! よし、成立だ!」
「「「おおおっ!」」」
……今のスリーカウント、なんだったんだ?
「お前なぁ……なんで姉者なんかに結婚を申し込んだんだ?」
「「ええっ!?」」
「き、貴様、やはり何も知らずにやったのか! 誰だッ! こいつにこんな儀式を教えた不届き者は! 斬り殺してくれる!」
「よせよせよせ! それがしではないぞ――ぐえっ!」
「ま、待て、落ち着け――ぎゃっ!」
「貴様か! さっき数を数えたな」
「いや、あれはそういうしきたりであるから――ぎゃあっ!」
エマが片っ端から男衆を殴り飛ばしていくが、怖え。
「さあ、ユーヤ、あなたも観念して殴られてきなさい」
リリーシュが俺の両肩を持って真顔で言うし。
「い、いやいや、無理。死んじゃう」
「手加減はしてくれるでしょ。それでチャラって事にしてもらいなさいよ」
「ええ?」
「それはならぬぞ」
「「「 お館様! 」」」
「仮にも、外交の使者、客人として招いたのだ。傷つけることは我が許さぬ」
「しかし父上! コイツはどうやら偶然に姉者に申し込んだみたいで」
「それでもだ。しきたりはしきたり、完全に成立した以上、軽く扱うわけにはいかん。後から『知らなかった、間違えた』でごまかすような輩が出ては、儀式がこれから成り立たなくなってしまうであろう」
「うぬう、確かに」
「断られそうになった途端に、今のは無しでは、女衆も堪ったものでは無いぞ」
「触るだけ触っておいて、二股を掛ける奴も出てくるかもしれんしな」
「それ、前にトビーがやって女衆に半殺しにされてただろう」
と言うわけで、僕たち、結婚しました。
――え?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
竜人族の伝統的なプロポーズのやり方
1 気に入った成人の未婚女子のシッポを触らせてくれるように成人の未婚男子が頼みこむ。
2 女子はその男子が気に入ったなら、シッポを触らせる。特に、男子に両手の頬ずりをさせると気を許した証拠になる。
3 ステディな関係になったら、男子が「あなたのシッポを一生僕に磨かせて下さい!」と頼む
4 女子が拭かせて同意したら結婚成立
5 女子が恥ずかしがって何も言わなかったら、男子はあぐらで両手を突いて「結婚してくれないなら殺してくれ」と再度の申し込みが可能
6 この場合、女子は相手をスリーカウント以内に殴り倒さないと、結婚成立
7 スリーカウント以内に女子が断って男子にシッポを触らせたら不成立。これをやると男子はその女子には二度と申し込めない。
8 離婚はタブーであり、長の同意が必要。ただし慣例として二回までは鉄拳制裁で追い返される。