第八話 公募
ラドニール王国の次の課題として、衣食住の『住』を改善したい。
リリーシュやアンジェリカ、それにクロフォード先生も交えて会議を何度か重ねた結果、『では、そのための専門家を公募して雇ってみてはどうか?』という話に落ち着いた。
そりゃそうだ。俺たちみたいなド素人がウンウン唸りながらあれこれ考えるより、その道のプロに話を聞いた方が手っ取り早い。
「さすがです、先生」
この案を思いついて出してくれたのはクロフォード先生だ。やはり国王の右腕だけあって、優秀である。こちらも頭が下がる思いだ。
「いやいや、本来なら私が最長老として最初から正解の知恵を出すべきところだが、申し訳ないね」
「いえいえ、出た案の中で一番正解に近いと思いますよ」
「ホントね。昨日と、おとといの悩みに悩んだあの会議はいったい何だったのかしらって感じだわ」
リリーシュも無駄骨を折ったとばかりに拍子抜けの顔で言うが、会議は一度で案がポンと出るものじゃあない。考えてもよく分からないから、みんなで集まって案をあれこれ考えるのだ。三人寄れば文殊の知恵とも言うし。
「それも必要な途中経過だよ。無駄なんかじゃない。こうして顔を合わせて話し合えば、それぞれの考え方も分かるし、意思統一は大切だからね」
俺は言っておく。
重臣が勝手にあれこれバラバラの事をやっていては、『船頭多くして船山に上る』だ。
「ああ、そうね。うん、ユーヤが何を考えているのか、考え方も分かって良かったわ」
リリーシュもそこは認めたようで笑顔で頷く。
「では、雇う給金も含めて公募の諸費用として、ひとまず五万ゴールドほど、予算を計上しておきますね」
内政長官を兼務するアンジェリカがそう言って即決してくれた。これまで黒松露やサスペンション、狼皮紙など、様々な収入源ができた今のラドニールにとって、五万ゴールドは借金してまで工面する必要も無い金だ。予算に余裕が生まれている。
「ありがとう。良い人が来てくれると良いなあ」
「そうね」
「ええ」
「うむ」
「それで、雇う専門家の給金はいかほどにしましょうか?」
ロークが具体的な金額を問うた。
「ええと、こういうのは年俸と月給と、どっちのケースが多いのかな?」
この世界の慣習に疎い俺は、周りに聞く。
「そうですね、公募の場合は年俸が多いですね。それだけ額面が見かけ上大きくなって、魅力が増します」
アンジェリカが言う。なるほどな。
「じゃが、他の国の役職と比較されてもまずい。月給でごまかした方が良いじゃろう」
クロフォード先生が指摘する。決定だな。
「じゃ、月給で。専門家で長官就任予定だから、兼任は無しで、大工の親方の三倍くらい……でどうだろうか」
優秀な人材を呼び込むには高い報酬が良いに決まっているが、他の官職との兼ね合いもあるからな。城の重臣よりも高い給金を与えてしまったりすると論功行賞に問題を抱えてしまう。
「大工ってどれくらいなの?」
俺の提案にリリーシュが聞いてくるが、俺も知らん。
「腕前や評判によってそれぞれ違いますが、だいたい、家の大工の親方は月給三千ゴールドくらいでしょうか」
頼れるロークが教えてくれたが、物知りだよなあ。
「じゃあ、月給九千ゴールドね。うっ、私の報酬の倍近いわね……」
初耳だが、リリーシュも将軍職としての報酬を得ていたらしい。
ま、将軍も何かと金がかかるだろうし、彼女のことだから武器を買って部下に配ったりと、必要経費になっているのだろう。剣姫が無駄遣いしている様子は無い。
「でも、それくらいの額でないと、良い専門家は来ないでしょう。裕福な他国ならこれでも一般の高級官吏がもらう程度の金額ですし、領地付きというわけでも無いですから」
アンジェリカが言うが、領地を与えて貴族にするという手もあるんだよな。
「ああ、それがいいじゃない。領地付きにすれば」
リリーシュが簡単に言ってしまうが。
「ダメよ、リリー。領地は永続的にその貴族の物になってしまうし、その人物の見極めもできていないのに早すぎるわ。ラドニールは肥沃な土地では無いのだし、タダの野原をもらっても、もらう方が嫌がるでしょう」
予想通り、アンジェリカが渋った。
領地を与えるからには、国王の領地である『直轄地』がその分減ると言うことである。特に永続的に利益を生み出しているような重要な土地はホイホイ手放せる訳がない。国王の力が有力貴族より下になってしまえば、傀儡や謀反の心配さえしなくてはいけなくなるからな。
「あー、そうね。姉様の言うとおりだわ」
「その話で思い出しましたが、ユーヤ、あなたの領地はいらないのですか?」
「お城の部屋だけでいいよ、俺は。他に使わないし」
「ほほ、欲が無い事だが、まあ、自分が暮らす分にはその方が良いじゃろうて。管理もなかなか大変だからな」
それなりに大きな領地をもらっているらしいクロフォード先生が苦笑する。
「そういえば、私の領地も、姉様に任せっきりになってたわね」
「ええ、ずーっと永遠に忘れたままで良いわよ、リリー。管理は最後の最後まで私に任せてね。しっかり管理してあげるから」
ニッコリと、よそ行きの営業スマイルで笑う姉様は、リリーシュの土地をすでに他の貴族に分け与えたか、どうにかしたようである。酷えな。
「ま、いいけど」
そんな姉様にやや呆れつつ、抗議はしないリリーシュ。
「あ、あはは……では、月給九千ゴールドで、『住宅計画長官』という役職を用意して募集致しますね」
やや引きつり気味の笑顔で話をまとめようとするロークだが、俺は待ったをかけた。
「待った! 役職名だが、もうちょっとひねって、カッコイイものが良いと思うんだが」
なにせ『住宅計画長官』なんて、そのまんまだし。
「私は別にこのままで良いと思うけど、ユーヤは何か良い名称があるの?」
そう思うリリーシュはセンスが無い。
「そうだな、こう……大蔵大臣みたいな、ガツンとくる名前で」
「ええ? どこが?」
「重臣にしか用いぬ『大臣』を使うのはどうかと思うが、となると、『家大臣』かのう……」
クロフォード先生が問題点を挙げたが、なるほど、重臣だから大臣か。そりゃそうだな。
でも、家大臣は却下。大臣らしくない。
「そうですね。ううん、他に良い名称は……では、家を城とみなして、『パレス大臣』はいかがでしょう?」
アンジェリカが洒落た響きを出してくるが、それだとなんだか家っぽくない。
それに、ライオン族が応募してきて、名前がレオだった日には凄く縁起が悪い気がしてきた。
不正はダメ、絶対!
「やっぱり『住宅計画長官』でいいです」
「決まりね!」