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第四話 獅熊競食の計

「ええ。とっておきの秘策……と言うわけでもないですが、レオンハート帝国とワイルドベア王国が欲しがっているなら、そのままくれてやればよろしい」


「は?」


「くれてやれ、と申し上げました。二国が欲しがる肉を」


 きょとんとするピボットに俺は悠然と言い放つ。


「ば、バカな……! そんなことができないから、軍師殿にお知恵を拝借に参ったのですぞ!」


「ちょっと、ユーヤ、少し真面目に答えてあげたら?」


 ピボットが怒り、リリーシュも俺の冗談と思ってしまったようだが、これは真面目な策だ。

 二虎競食の計……いや、片方がライオンで片方が熊だから、獅熊競食の計かな。


 戦略家や歴史マニアならピンとくるはずだが、彼女たちには説明が必要なようだ。


「まあまあ、落ち着いて話を聞いてくれ。真面目な策だから」


「本当ですか?」

「聞こうじゃない」


 半信半疑のピボットと、さあ言ってみろと腕組みのリリーシュ。アンジェリカだけは俺の策の意味が分かったようで微笑んでいる。


「レオンハート帝国は領土も広く、ライオンの獣人で力も強い。『百獣の王』とこの世界でも呼ばれている。それは間違いないね?」


「ええ、おっしゃるとおりで」「間違いないわ」


 二人も頷いた。


「もう一つの国、ワイルドベア王国は熊の獣人で、こちらも力が強い。領土はそこまで広くないが、非常に守りが堅い。『穴熊陣形』はちょっとやそっとじゃ破れない、これも間違いないね?」


「よくご存じで」「強いとは聞いてるわ」


 リリーシュはワイルドベア王国については詳しくないようだが、強いなら問題ない。


「じゃ、この強国の二つが、同時に一つの領土を欲しがったら、どうなると思う?」


「それは……あっ」


「ああ、争うわね」


「そうだろ? 二つの国が争った場合、片方は勝つにしても、争った後はかなり傷を負って弱るはずだ。そこを最後に突く。後で取り返すんだ」


「「 おお 」」


 いいね、この尊敬のまなざし。

 ま、完全にパクり作戦だけどー。

 だが、下手に守るより、あんな砂漠地帯、一度捨てた方がいい。


「素晴らしい! さすがは『戦略の――」


 ピボットが勇者と言いそうなので、俺は凄い目つきでキッと睨む。


「おっと、オホン、失礼、さすがはラドニールの軍師殿。狼牙王国を破った実力ですな」


「いやいや、それほどでも」


「じゃ、頑張って下さいね、ピボットさん」


 アンジェリカが微笑んで優しく応援。


「頑張れ、カルデア!」


 俺も握りこぶしで力強く応援。


「んん? いや、ラドニール連合として戦っていただけるのでは?」


「そこは、説明が足りませんでしたね。ラドニール連合軍は元々、狼牙王国の脅威に対して結成した包囲網です。今もなお狼牙王国は健在ですから、それに対して今もお互いに同盟してはいますが、それ以上でもそれ以下でもありません。あなた方が狼牙王国から襲われたのならば、我々も全力をもって戦いましょう。ですが、他は知りません」


 晴れやかに。


「そ、そんな……!」


 真っ青になったピボットだが、他国の争いに好き好んで戦いに行く奴なんてピーとピーくらいしかいないだろ?


 しかも、自分の利害に関係しない戦いをやるなんて、この世界では勇者くらいのもんだろう。


 勇者――

 確かに、俺は勇者としてこの世界に召喚された。


 だが、すでに俺の方針は固く決まっている。

 ラドニール王国だけを守る。

 それ以上は手を出さない。


 そりゃもちろん、大陸全土、この星すべてを守る!

 みんなを、人類すべてを守る!

 なーんて言えれば格好良いに決まってる。


 だが、実力と被害を考えた場合、ラドニールの兵士に、俺の理想のために死んでくれなんてとても言えやしない。




 だから、勇者とは名乗らない。




 俺はラドニールの軍師である。




 そう決めたんだ。


 じっちゃんの考えていた教訓とは少し違うかもしれない。

 だけど、じっちゃんもこの方針でダメだとは言わないと思う。

  

 真剣に考えた末の結論だ。




「なんだか、見るからに落ち込んでて可哀想だったわね」


 会見が終わった後、リリーシュが軽く肩をすくめて言う。

 カルデア王国とは十年間の不戦条約、並びに、狼牙王国に攻められた場合の相互防衛条約を結んだ。

 ゼロ回答ではないが、ピボットにとってはそれに近い物だっただろう。


「ああ。できれば、なんとかしてやりたかったが、ラドニールの被害と義理を考えたら、あり得ない選択だ」


「そうね。うん、私もそれで良いと思う」


 リリーシュもこの決定には文句が無いようだ。


「ま、それなりにできる外交官だったし、周辺国と同盟を結んで対抗って可能性もあるかな」


「でも、周りと言っても、カルデアの東側は狼牙王国と聖法国でしょう? 今は両方とも参加しないんじゃないかしら」


 リリーシュの言うとおり、今は先月の決戦を終えたばかりで、どちらも傷を癒やしている状態だ。狼牙族は内輪揉め、王位争奪戦もあったからな。


「まあ、そっちがダメでも、カルデアには西側や南側があるさ」


「南? 南って海でしょう?」


 眉をひそめたリリーシュだが。 


「海でも魚族がいるじゃないか」


「ああ、フーゴ諸島の。でも、彼らは内陸まで来るのかしら?」


「さあね。それなりの見返りを提示できれば、可能性はあるかな」


 あくまで可能性。

 そこは冷淡だが、わざわざカルデアのためにあれこれ調べるほどの余裕は無い。



 それでも少し気になったので、俺はロークに頼んでおく。


「ローク、フーゴ諸島の資料、集めておいてくれるか」


「はい、カルデア対策ですね? 急ぎましょうか?」


「いや、急がなくて良い。あくまでそっち方面がどうなってるか、予備知識として知っておきたいだけだから。本命はあくまでエルフだ」


 エルフは外交使節団を確信犯で襲ったのだ。

 帰国してからはあれから何も無いが、ラドニールにとっては最優先で警戒すべき脅威度である。


「分かりました。ですが、狼牙王国やエルフの例もありますし、やはり離れている国にもそれなりに注意を払っておいた方が良さそうです。来週までにはまとめておきますね」


「悪いね」


「いえ、僕にできるのはそれくらいですから」


 ロークは謙遜したが、資料のまとめは大仕事である。

 特に一番大変なのは初動、必要な資料をそろえる段階だ。

 データベースもググレ先生も使えないこの世界では、文字通り手作業で片っ端から資料に目を通していく必要がある。

 俺も手の空いたときに、ちょくちょく図書室に通ってはいるものの、ずらりと並んだ本棚を見るとやる気が失せてしまう。巻物だとパラパラっと中のページをめくるなんて芸当もできないし。



「せめて、目録がしっかりしてりゃあなぁ」


 図書室にやってきた俺は、カオスな本棚を見て唸る。


 それなりに分類はしてあるのだが、誰かが適当に収めてしまったのか、まったく関係の無い書物がぽつんと混じっていることがよくある。背表紙の色で区別できるのは希、いや、スーパーゴッドレアなので、ますます分類が怪しくなる。


「ゆ……ゴホン、軍師殿、何かお探しですかのぅ」


 図書室の管理をしている司書のお爺さんも結構な高齢で、彼の記憶はとても頼りになるが、整理整頓でバリバリ仕事をしてくれと期待するのは無理な話だ。


「いえ、特には。エルフか魚族でも調べようかと」


「ほうほう、魚族ですか。いつも熱心なことですのぅ。魚族は、上が魚で、足だけ、人間の姿をしておりますじゃ」


 俺もそこまでは調べて知っているが、凄く残念な人魚だ。

 下半身とは言わない、せめて、上半身だけでも人間にしてくれと……!


「そのお勧めの本はありますか」


「ちょっと待ってくれるかのぉ。確か、この辺に……おお、あった。カルデアの漁師が遭難してフーゴ諸島でサバイバルをやったときの日記、これが一番リアルじゃて」


「へえ。ちょっと借ります」


「うむ」


 かなり茶色に変色した巻物を受け取り、読書用のスペースに腰掛ける。


 初めの行に、写本と書いてあり、これがオリジナルの原本でないことが示されていた。

 オリジナルは板だったようで、まあ、海に遭難して戻ってこれたら、紙とインクじゃ濡れちゃうだろうしな。



 さて……これには何が書いてあるやら。




 ――俺の名はジャック=ボーア。


 今はしがない漁師だが、生まれは貴族の血筋で、若い頃は舞台俳優をやっていたこともある。

 つっても、今じゃ誰も信じないがな。

 カルデア王都のオペラハウスで『荒くれ者ジャック』と言やあ、ちょっとした有名人、若い女の子やマダムに街中で声援を受けるほど人気もあったもんさ。

 大物の舞台監督に頭突きを食らわして、牢屋にぶち込まれたこともある。なにせ、荒くれ者だからな。

 ま、ちょいと飲んべえで、あのときも酔ってたんだ。そこは勘弁してくれ。

 後悔してるかって? そんなものはしていない。

 上司には受けが悪いが、仲間からは信頼が厚い。それがオレ、ジャック=ボーアだ。


 だが、最初に一つだけ言っておく。

 男は飲むか、飲まれるか、だ。


 飲まないなんて選択肢は、いいか、たとえ神様が認めたとしてもオレが認めない!



「いや……ちょっとカッコイイなんて思っちゃったけど、これタダのアル中親父じゃん。しかも前置きの自分語り、長ぇ……これを省略せずに写本した奴も気合い入りすぎだろ……」


 ジャックさんにはまるで用はないので、俺は適当に十数行ほど読み飛ばし、フーゴ諸島という単語を見つけてそこから読むことにする。



 ――ふぅ、ここはどうやらフーゴ諸島のようだ。

 その証拠に、足だけ人間の魚族がうようよいやがる。

 オレはツイてるんだか、ツイてないんだか。

 

 奴らは人族との接触をあまり好まない。

 もう十年以上漁師をやっているが、奴らをこうして間近に見たのはこれが初めてだ。

 ま、こっちも毛深い足なんてお断りだ。


 奴らの顔は、笑っているのか怒っているのか、表情が無いのでよく分からん。まんま、魚の顔だ。

 今、こうして打ち上げられた難破船の板に釘で文字を書いているが、それを奴らは興味深そうにじっと見ている。

 ああ、書き忘れたが、奴らも人間の手がある。ちゃんと指もオレとそっくりなのがツイてやがる。


 となると、掴めるか……格闘は要注意だな。

 グラップラーは危険だ。

 昔、掴みの上手い子供に油断して、殺されかけたことがある。


 しかも相手は三人だ。囲まれているが、奴らは数で有利だからきっと油断していることだろう。

 そこがチャンスだ。

 一人目はタックルで不意を突いて転がし、二人目はハイキック、三人目はこの釘で首筋を狙えば――いや、待て、その前に奴らの首はどこだ?!


 首が、無い、だと……!


 魚のエラは見えるが、仕方ない、あそこに釘を刺すとするか。


 奴らはまだオレを観察しているままだ。

 それでいい。

 格闘のためには、もう少し休んで体力を回復させる必要がある。




「ど、どうしてこの人、何もしてこない相手を最初から攻撃する想定なんだ……!?」




 お前、どこから来た?


 魚族の一人が喋った。

 どうやら、普通に話せるようだ。

 オレは遭難したことを伝えたが、すると彼らはそれは難儀だったなと同情してくれた。


 いや! 油断するな、ジャック!


 奴らはそうやってお前が隙を見せるのを待っているかもしれないんだぞ。


 たとえ、子供であろうと背中は見せるな。

 恋人に背中から刺されたあの痛みを忘れたのか?



 落ち着きを取り戻したオレはまず――酒を持ってないか、彼らに聞いた。




「ダメだこりゃ……」

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