第三話 カルデア王国の難問
カルデア王国の外交官ピボット。
愛想が良く饒舌で、なかなかやり手な感じの外交官だが、『大陸公路』の話の途中で彼の言葉が途切れた。
「ただ?」
あの砂漠では、狼牙軍がカルデアの『結界』の中に入ってしまい、凄く面倒なことになったからな。
その件の話かと思って俺たちは身構えた。
ピボットが一同を見回した後、難しい顔のままで言う。
「実を言うと、先月『ラドニール連合軍』が『狼牙王国軍』を撃退した後、彼の地をレオンハート帝国とワイルドベア王国の斥候が頻繁に出入りしております。これは私の個人的な推測ですが、どうも彼らは大陸公路を欲して、領土拡大を画策しているようです」
全然別の話でちょっとほっとした。
「それは大変ね」
「それは大変ですね」
「心中お察しします」
リリーシュも俺もアンジェリカも、そこは同情のそぶりは見せるが、あっさりと話を受け流す。
だって、他国の問題だし。
「いえいえ、お待ちを。我らカルデア王国もラドニール包囲網に参加したく考えておりますれば、そこはもう少し、真剣に考えていただかないと」
「「 エー? 」」
もちろん、俺とリリーシュは、嫌そうな顔でのエーだ。
これでは同盟に参加するというより、助けてくれと火の粉を被ったまま駆け込んで来たようなもの。
狼牙王国に対する包囲網を呼びかけたときと、完全に立場が逆になったな。
「そこをなんとか」
頭を下げるピボットだが、ここは一言、言ってやらねばなるまい。
「それはピボット殿、随分と虫のいい話ではありませんかね。こちらが同盟を要請したときは自分は関わりたく無いからと無視しておいて、自分が危なくなったらあっさり手のひらを返すわけですか」
「いや、そこを言われると、誠に心苦しいのですが、同盟相手を見極めようとして、時間をかけすぎただけでして」
「つまり、他に組める相手、選択肢があったということでは? レオンハート帝国と手を結べばいいではありませんか」
俺はそれができないのを分かっていて、ちょっと皮肉を言ってやる。
彼がラドニールにやって来たからには、レオンハート帝国とは何らかの理由で組めないのだ。
「いえ、それが……近頃のレオンハート帝国は妙なのです」
「妙?」
「はい」
そこでピボットは俺たちを手招きして周囲を気にした。
「くれぐれも、これは帝国にはご内密にお願いしたいのですが、最近の帝国は大きな改革をやっております」
「ああ、それは僕も聞いていますよ」
大商人のバッグス船長からだ。彼が行商から戻って来たときに聞かせてくれる土産話の中に、レオンハート帝国の名前が出てきている。何でも帝国は、新しく裁判所を設置し、領主が裁くやり方から、専任の裁判官を置いたと聞いた。
「それなら話が早い。以前は百獣の王として他の獣人国家を保護してきた帝国ですが、シズマという名の少年が皇女殿下のフィアンセとなってからというもの、外交方針もかなり高圧的に変わってきたのです」
「んん? 外交とその少年が何か関係が?」
司法の改革や、黒髪の平民が皇女のフィアンセになったと言う話は聞いていた俺だが、外交方針が変わったという話は知らなかった。
「大有りですよ! 皇女殿下と共に外交の場に出てきて、まるで皇帝陛下のように外交を取り仕切っているのです。私も彼と面会しましたが、それは酷い扱いでした。『小国からは取れるだけ取る』そう目の前で公然と言い放つのですよ?」
「うわぁ」
「それ、酷い」
リリーシュも顔をしかめたが、この世界の常識でもやはり常識外れなのだろう。
いくら弱肉強食と言えども、同盟国相手に建前無しにそんなことを言っていては、反感を募らせ離反を招く。
「そういうわけで、あの国とはもう組めないであろうと陛下も腹をくくられました。それが先週の話でして」
「皇帝陛下はその少年、シズマのやり方は知っているの?」
リリーシュが聞いた。
「もちろん。ご高齢とはいえ、皇帝ですぞ? 重要な外交の情報はすべてお耳に届いているはずです。ただ、シズマへの信任が厚く、重要な事柄をすべて任せておられるご様子」
「それだけ、有能ってことなのかしら? ユーヤみたいに」
「俺は有能じゃないけどね」
「何言ってるの、有能だから軍師に任命されたんでしょ」
「まあ、レムと仲良くやって、自分をデカく見せる術は身につけたかな」
「レムとは関係なくよ。ちょっとレムから離れなさいよ。いちいちレムを出さないで」
リリーシュが神経質になったが、最近、レムをかわいがろうとすると、こんな感じだからなぁ。
日に日にロリコン警戒が強くなってるのは、なぜなんだぜ?
「分かった、分かった」
「有能というのはどうでしょうかねぇ、あ、いや、ユーヤ様の話では無くて、シズマの方ですよ? 皇女殿下がお気に入りで、少し目がくらんでいるとしか……」
ピボットの目にはシズマなる人物は有能に見えなかったようだ。
「わ、私は別に、目は確かよ?」
「リリーシュの話じゃないだろ、今は」
「そうね」
「帝国の話としては、そんなところです。くれぐれも私がそのようなことを言ったと、言わないで下さいよ?」
ピボットがしつこく念を押す。
「ええ、言いませんよ。特に帝国と仲良くするつもりも無いですし」
俺がさらりと言うが、ラドニールの方針はすでに前から決まっている。
触らぬ神に祟り無し。
強大国への献上やご挨拶はやらない。媚びぬ! 退く! 消えまくる!
なるべく、地図上から存在感を消しておく。
ラドニールは辺境の小さな国のままでいいのだ。
ただし、それは他国から見た話だ。
内政はガンガン上げていく。
今年も農業を頑張っていこうという目標だが、かなり余裕が出てきたので、来年の目標は変えていこうかと思う。
「そうですか。ならば、軍師殿にもお知恵を拝借したく……」
「いいでしょう」
ピボットの都合の良すぎる頼み事に、俺はあっさりと頷く。
「おお! 真ですか!」