第二話 カルデア王国の使者
聖法国オルバのさらに西に位置するカルデア王国。
アンジェリカによると、かの国との会見はラドニール史上初ということだそうだ。
まあ、国境を接していない少し遠方の国だし、ラドニール王国自体が端っこの辺境だから、それほど驚くことでもないだろう。飛行機で飛び回れる現代世界と違って、馬車で何日もかけ危険も伴うこの世界では気軽に外交と言うわけにもいかない。
「おお、これは勇者様! 名高いユーヤ様に直接まみえるとは、このピボット、実に感激でございます!」
太った中年男が、どうせ演技なのだろうが、顔を紅潮させ大げさに喜んでみせた。
というか、この人、体がワンサイズ、いや、二回りはデカいな。
巨漢だ。
狸のような耳で、どうやら獣人のようだが、言葉が通じるのだからそこは問題ない。
しかし――聞き捨てならないその物言いに、すぐさま俺は冷たく言い放つ。
「おっほん! 王女殿下の御前です。許可無く面を上げるとは!」
「こ、これは申し訳なく」
「それと、我が名は文官ユーヤである! ラドニール王国内で次に『勇者』などと呼びつけたら即刻打ち首にするのでそのつもりで」
「は、ははぁーっ! 大変失礼をば」
「ちょっとユーヤ、何もそこまでしなくたって良いでしょ」
リリーシュが呆れ顔で物言いを付けてくるが、ここは妥協しないぞ。
「ダメだ」
「勇者様の軽い冗談ですので、お気になさらず、ふふっ」
アンジェリカが冗談にしてしまったが、青ざめているピボットはもう軽々しく呼ばなくなっただろうから、それでよしとしよう。聖法国の予言を無視するわけには行かないのだ。許せ。
「では、さっそく本題に入りましょうか。それとも、こちらの自己紹介が必要ですか?」
アンジェリカが問う。
「は、大変申し訳ございませんが、重要人物の名前と役職は調べして参りましたものの、万が一、顔を間違えたとあっては許されざる無礼、伏して、伏して、名前だけ簡単にご紹介いただければと」
「ええ、そこまで平伏されなくても大丈夫ですよ。顔をお上げ下さい。私が第一王女のアンジェリカ、そして彼女が第二王女のリリーシュ、そして勇者にして軍師のユーヤ、軍師のお付きのローク、以上の四人です。あいにく、国王陛下は多忙で、この席は私が代理として謁見させていただきます」
「ははっ、お忙しい中、王女殿下お二人と軍師殿……にお出迎えいただき、誠に痛み入ります」
ちらりと俺の顔色を窺いながら軍師と言ったこの人は、かなり外交に手慣れている感じだ。
俺が彼の立場だったら、間違いなく王女様だけを持ち上げて後は『ご重臣の方』なり、適当に省略していたと思う。
「ええ。では、用件をどうぞ」
「は、まずはこちらの品をお納め頂きたく。カルデア王国より持って参りました献上の品にございます」
パンパンとピボットが手を打つと、ラドニールの兵士が四人がかりで大きな宝箱を運んできた。
こういうのって自分の手下に運ばせるのがこの世界の通例らしいが、セキュリティ上、問題がある場合や、格上の国が格下の国に親善の品を持ってきた場合はこうなる。
どういうつもりなのか。
ここは確認しておいた方がいいだろう。
「失礼ですが、貴殿の護衛は?」
「は、腕の立つ護衛を連れて参りましたが、幾分、宮中には無粋な者どもでして。失礼があっては良くないと考え、このような作法にさせていただきました。決して、ラドニールを格下に見ているわけではございませんので、誤解無きよう」
「ふむ」
これって、口ではそう言ってるけど、それを額面通りに受け取っていいのかね?
内心で舌を出してたりしてたら、嫌だなあ。
「本人がそうおっしゃったのですから、構わないでしょう」
アンジェリカが言うので、大丈夫だろう。
「ささ、どうぞ、お手にとってお確かめ下さい」
大きな宝箱に、まず目に付くのは大型の木製の盾。派手なペインティングがしてあるが、実用的ではなさそうだ。
「そちらの盾はカルデアに古くから伝わる幸運の盾でございます」
「へえ」
盾と聞いてリリーシュが興味を示し、ミスリルの剣で試し切りをしようと思い立ったようだ。
柄に手をやる。
しかし、それを見るなりピボットがサッとその前に立ち、「ご寝所の壁などにお飾り下さい。悪夢を防ぐという言い伝えの飾り物にございます」とニッコリ顔で言った。
そんなことだろうと思った。
「これは、パピルス紙ですね」
アンジェリカが小箱に入れられた紙をめくって言う。
「はい、我が国自慢の紙でございます。中でも、とびきり上質な物を厳選して参りました。重要なご契約や、大切な記録などにご活用いただければと」
枚数としては十枚程度。狼皮紙を今や好きなだけ使えるラドニールから見ると数も質も物足りない。
それでもこの物言いなのだから、どうやら狼皮紙については、カルデア王国も知らないようだ。結構な数を各国に輸出してるんだけども。
下調べが足りないね、ピボット君。
「ありがとうございます。ローク、狼皮紙をお土産に用意してくれるかしら」
「はい、持って参ります、アンジェリカ様」
「おお、これはありがとうございます」
「いえいえ」
意味ありげに微笑んでいるアンジェリカはこちらの紙の質をカルデア王国に見せつけてやりたいようだ。
「後は……、服とアクセサリーだけみたいね」
リリーシュがちょっと残念そうに宝箱の中身を確かめて言った。
「ええ、こちらはカルデアの伝統衣装でございまして、王女殿下にもきっとお似合いになると思いますよ。この瑪瑙の腕輪と合わせてお召しになって下さい」
乳白色の筋が入った青色の宝石だが、これは一粒五センチくらいで結構な大きさだ。金額がいくらぐらいになるのか、俺にはさっぱり分からないけど。後で商人に鑑定してもらおう。
「これは随分と上等な品ですね。カルデアでは瑪瑙も産出するのですか?」
アンジェリカが腕輪を見て言うと、ピボットは苦笑した。
「ああ、いいえ、こちらは大陸公路から仕入れた物にございます。紛らわしい申し方をしてしまいました。お許しを」
「いえ、構いません」
「あれ? カルデアって『大陸公路』が通ってたかしら?」
リリーシュが地図はうろ覚えだったようで、首をかしげる。
「もちろん! 通っておりますとも! まあ、通っていると言っても北東の端っこをかすめる程度でして、それに少々、微妙な位置にありますので、今はもっぱら、北西の紅玉内海を渡ってレオンハート帝国内の西側の公路をよく使っておりますが」
最初だけ力強く断言したピボットだが、カルデアの外交官としては、領土紛争地帯の領有権はしっかり印象づけておきたいところだろう。近年は狼牙王国が我が物顔で使っているので、なおさらだ。
「ああ、ごめんなさい、私はあの辺の地図、よく覚えていなくて」
「お気になさらず。あのあたりは砂漠で目印も無いですからな。ただ……」
そこでピボットは難しい顔をした。