第九話 勇者の交渉術
「お前ら、本当にあれこれと手が掛かるなあ……」
俺をお姫様だっこで持ち上げて飛んでいるルルが面倒そうに言う。
ま、人間は飛べないものね。
他の者も、ルルが仲間を呼んで、一人一人抱き上げて運んでくれている。
竜人族は楽々持ち上げているが、筋力もかなりあるようだ。
「申し訳ないっす。あと、落とさないように、一つ」
割と高所恐怖症の俺は、小声で言う。
「わーってるっての。でも、空も飛べないなんて、生きてて人生、楽しいか?」
「まあ、それなりに」
幼女がいれば生きていける気がする。
「ふーん。ほれ、あそこが頭領の館だ。っていうか、アタシの家なんだけどな」
「んん? ルルさんは頭領の娘さんで?」
「そうだよ。三人姉妹の真ん中だ」
「へえ。竜人族って結構、子沢山なんですね」
長寿と聞いたが、結構な人口がいるのかな。
「違う違う。人族と違って滅多に生まれないから、全員養子なんだよ」
「ああ、そうでしたか」
「子供もほとんどいなくて、爺婆ばっかりだぜ、嫌になる」
少子高齢化かぁ。竜人族も大変そうだな。
「ルル! その者達はなんですか?」
下から砦の一番高い場所に陣取っていた竜人が聞いてきた。白いぱっつん前髪だ。爺婆ばっかりとルルは言ったが、まだ若い竜人のようだ。
あと白のレオタード、うん、個人的に気に入った。
「ああ、姉者、こいつら、貢ぎ物を持って来たそうだ。肉だぞ!」
「……そうですか。使者よ、帰るまで武器はこちらで預からせてもらうが、構わないな?」
その問いにリリーシュが頷く。彼女はお姫様だっこはよしとせず、片手だけで引っ張ってもらっていた。
「ええ、構わないわ。戦いに来たわけでも無いもの。その代わり、きちんと帰るまで使者としての待遇を要求します」
「ふん、人間風情が一人前の小賢しい口を利く。我々はお前達と違って文明人で、礼儀も心得た一族だからな。余計な心配はするな」
そう言ってる割に、言葉の端々に見下してる感があるから心配なんだよなあ。
「よし、着いたぞ」
「どうも」
ようやく自分の足で立ってほっとする。
砦は丸太を組み上げて板張りにしているようだが、ラドニール王国より技術は数段、劣っているようだ。
これで文明人ねえ?
ま、その辺は彼らのプライドだろうから、あまりつつかないようにしよう。
「我らが頭領がお会いになるそうだ。くれぐれも粗相の無いようにな。それと、靴はそこで脱げ」
先程の白いレオタードの竜人が言い、奥の間に通された。そこには竜人達が円を描くような配置で床に座り、全員あぐらだ。
その一番奥に頭領らしき大男の竜人が座っていた。白髪交じりの黒髪をオールバックにした鎧武者だ。
俺達はその輪の中心に並んで同じようにあぐらで座り、まずは一礼をする。
竜人族の室内における礼とは、あぐらで座り両手の拳を床に突いたままで頭を下げるとのことで、これはルルにお姫様だっこしてもらう前に教わった。
「む、人族にしてはまともな奴」
「左様、挨拶ができるとはな」
彼らは保守的で伝統を重んじると書物で読んでいたので、彼らの流儀で挨拶するのは非常に重要なことだった。
覚えるまでしつこくルルに確認して彼女をちょっとキレさせてしまったが、その甲斐はあったようだ。
「うむ、頭を上げよ」
「ははっ」
「我がこの辺り一帯の竜人の頭領、ダーンと申す」
「私はラドニール王国、第二王女のリリーシュ=メリグ=マケドーシュと申します。お目通りが叶い、恐悦至極」
「うむ。此度は貢ぎ物を持って来たという話であったが」
「は、こちらに。我が国王より、皆様への親善の品でございます」
リリーシュが言い、ロークが背負い袋をそのまま差し出す。
一人の竜人の男が立ち上がって、それを開けると、周りから声が上がった。
「ほう、すべて干し肉か!」
「おお、結構な量ではないか」
「ラドニールの頭領もなかなかに話の分かる奴」
好印象だ。
だが、まだ会談は始まったばかり、ここからが本番だ。
「あい分かった。ラドニールからの貢ぎ物、大儀であった。国王によろしく伝えよ」
「ははっ」
「では、喉も渇いたであろう。茶を飲んで帰ると良い。振る舞ってやれ」
「おお、茶でござるか」
「人族に茶などと」
「客として扱うとおっしゃるか」
「しかし、肉をもらって何も振る舞わぬというのも非礼であろう」
「これも返礼というもの、さすがはお館様、礼儀を心得ていらっしゃる」
周囲の竜人達が少し騒いだが、ここで茶がもらえるって結構ランクが上なのかね? そこまではルルに聞いていないのでよく分からないな。
「お館様、お言葉ですが彼らは急ぎの様子。また次の機会にされてはいかがかと」
誰も急ぎなんて言っていないのに、ルルの姉者、白い竜人が余計な事を言い出す。
「ふむ?」
ここは余計な口を挟む間を与えたくないし、俺が直接交渉するとするか。
「お待ちを、我らは急いではおりません。恐れながら、この度は、お館様に耳寄りな話を持って参りました」
「そなたは?」
「勇者ユーヤ=スドーと申します」
「ほう。かつて千年のその昔、魔王を倒したという人族の称号か」
「はっ」
「勇者だと!? あれが?」
「ふん、どうせ嘘に決まっておる」
「左様左様、人族が我らも歯が立たぬような相手に勝てるはずも無い」
「お伽噺でござろう」
周りの竜人達がせせら笑ったが、頭領は笑わなかった。
「静かに。それで、ユーヤよ、話とはなんだ?」
「は、三年も続いた大飢饉は誰にとってもゆゆしき事態。ここは種族同士で反目し争っている場合ではございませぬ。互いに協力し合い、切り抜けるのが最善かと」
「うぬう……」
「確かに、大飢饉は我らにとってもゆゆしき事態ではあるが……」
「ふん、人間なんぞと協力したところで、利用されるだけだ」
「だが、奴ら、食料が余っているのではないか?」
「なに……?」
「ふむ……よかろ――」
「お待ちを。お館様、具体的に協力の内容について確認なされた方がよろしいかと」
この白髪の人、頭が回るね。隣に座って参謀役のようだし。ルルはこの場にはいないが、同じ姉妹でも立場が少し違うようだ。
「そうだな。エマの言うことも、もっともだ。ユーヤよ、何を協力するか、具体的に申せ」
「は、まずはお互いに、お互いの領土を荒らさず、攻撃しないという『不戦条約』を」
「それはすでに結んでいる『縄張り協定』の一部であろう。許可無くお互いの縄張りに入らぬのであるから、戦いも起きぬ。余計な心配だ」
「は、浅慮でした。お許しを。次に、ワンランク上の『防衛条約』を結んで頂ければと」
これを言うために、俺はここに来た。そして、もうすでに目的を達したと言って良い。
「防衛条約? それは、どのようなものだ?」
「は、お互いに防衛する。我らがどこからか他の敵に攻められたら、お館様の竜人兵を助っ人として貸して頂き、逆にお館様が攻められたときには我らが兵を送ってお守りする、そういう条約です」
さらにこの上には『攻守同盟』があるのだが、これは問題があるので、最初から結ぶつもりが無い。
「ワッハッハッハッ、聞いたか! 人間が、我らを守るなどと抜かしおったぞ」
「何を馬鹿なことを。あり得ぬ!」
「空も飛べぬ奴らがか?」
「冗談だろう。弱い人間など足手まといなだけだ」
「いやいや、諸兄、笑い事ではござらぬぞ。これは結局、一方的に我らがラドニール王国の防衛に駆り出されるという条約ではないか」
「そうだ。ミストラや南の獣人どもも最近、軍備を固めていると聞いた。ならば、ラドニールが攻め込まれると焦っておるのだろう」
「大損だ。話にならぬ」
「……ふう、ま、不戦条約の確認が取れただけでも良かったかしらね」
リリーシュが小声でため息混じりに言ってくるが、俺の提案が断られるのは初めから分かっていた。
俺が笑顔でウインクして(両目をつむってしまい、ウインクにならなかったけど)話を続ける。
「オホン! 近頃、この地の西にはオルバ聖法国が急速に力を付けているとのこと。その聖法国もかつては獣人の国であったと聞きます。人間の力をあまり侮られない方がよろしいかと」
「ハハハ、何を言い出すかと思えば、西のよその国の事か」
「他力本願とはこのことよ」
「いやいや、それを言うなら虎の威を借る狐であろう」
「左様、何もラドニールと結ばずとも、オルバと結べば良いではないか」
「そうかもしれませんね。ところで、オルバとはそのような条約を?」
俺は聞く。
「…………」
皆が一斉に押し黙った。
やっぱり結べていないのね。
人間が反乱を起こした国で新興の革命国家だから、保守的で伝統的な竜人国としては、テロ国家や海賊王国みたいな認識だったのかもしれない。
それに、宗教国の外交官や、その前にやってきたはずの宣教師は、彼ら独特の宗教的な挨拶をするだろうから、竜人族が受け入れるはずも無い。もしも聖法国と同盟を結んでいたなら、こちらも同じ人間族ということで一緒に参加させてくれと頼む事も一応は考えていたけれど。
「ふん、奴らは自分達の神を信じろなどと、いきなり押しつけてきたからな」
「我らが大事にする祖霊石を捨てろなどと、言語道断だ」
「挨拶もろくにできぬ野蛮人だ」
「そうだ! 腹を撫でてお腹が減ったと要求する挨拶など下品というものよ」
「領土を広げたと言っても所詮、人間の国、我らの敵では無い」
「人の神を崇めよなどと!」
バシーン、バシーンと、よほど腹が据えかねたのか、床にシッポを叩きつけてみんな怒ってるし。
「静まれ、客人の前でシッポ叩きなど無礼であろう」
「「「 ははっ 」」」
一人だけ落ち着いている頭領がたしなめ、すぐに収まった。
「勇者ユーヤよ」
「はっ」
「先程の防衛条約の話であるが、これは正式に断らせてもらおう。我らに益は無いからな」
「それは、もし益があれば同意して頂けたと?」
「そうだ」
「お、お館様!」
「お館様! 相手は人族ですぞ!」
「お館様!」
「分かっている! だが今は飢え死にが出るほどの大飢饉、相手が人族であろうとも、我らが生き残るためには手段も選んではおれぬ。組む相手を選り好みしている時では無いのだ。こちらに益があれば組む。
この決定に従えぬ者はいつでも我の首を取って次の頭領となるがいい。竜人は力こそすべてだ」
そう言った頭領が、カッと見開いた目で皆をじろり睨む。
おっかない。
「うぬう……」
「お館様……」
その場にいた竜人達も首をすくめて畏怖したようで、反対の声はもう上がらなかった。
「では、我らが強さを証明し、皆様に益があるとご判断頂けるその時を待つとしましょう」
俺は静かに言う。
「そのような日が来るとは思えぬが、待つと言うならば好きにするがいい」
言質は取れたかな。
「ははっ」
経済協力の話も持ち出したかったが、それはまた今度で良いだろう。
必要な『仕掛け』――仕込みは済んだ。
一度にたくさん案件を持ち出すと、聞く方も面倒になるし、そもそも俺達は歓迎されている客人などではない。
――今は。