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4:Privilege



浮遊する一脚の長イスをまたぐように、仲良く乗っかった二人組が、


「むってきー」


「かんたぁーい」


物が散らかる白い部屋の、空きスペースを縫うように、ふよふよと進んでいく。


「おいそこの無敵艦隊、お客さん」


革ジャンの少年が見慣れきった光景にツッコミを放棄して声をかけるのに、


「あーい」


「ほーい」


前後に座ってイスを縦向きに進行させていた二人は、


「んーしょっと」


「よーいしょっと」


のそのそと横並びに座り直してから、満足そうにほっぺをひっつけあう。

そのままふよふよと古実(このみ)のところまで近寄ってきて、その周囲をのんびりと回る。


「あーっ、ていうかこのみくん、またホンモノタバコ吸ってるー」と二人組の片割れ、史団(しだん)


「そして耳の穴増えてるー」ともう片割れ、赤髪の少女、あぶく。


擬似煙草(ヴァーガレット)にしときなよー、どーせ味おんなしなんでしょ?」


史団(しだん)のおせっかいに、


「ニコチンが、入ってねえ」


きっぱり言い切る古実(このみ)


「そんだけ開けたら穴つながっちゃうよ?」


ピアスまみれの耳をまじまじと眺めるあぶく。


「そのぎりぎりに挑戦してんだよ、この前ナノメートル単位で位置制御できるピアッサー見つけてな」


二人組が同時にくりっと首をかしげる。


「そんで、このみくんは何がしたいの?」


「ドMなんだほっとけ」


真顔でよどみなく答えた古実(このみ)が、カチャカチャと計算機をいじる。


「あ、きたきたぁ」


ぱっと顔を上げた史団(しだん)の前、空間(インフラ)に再構築されるひとつの肉体。

汚れ一つ、しわ一つない上下のセットアップ――正装姿の女性。

周囲を見回したあと、彼女は綺麗にほほえんだ。


「こんにちは。お邪魔します」


「「いらっしゃーい!」」と陽気に応える二人組。


室温に合わせて、自然と短くなっていく女性の調節袖(フレクスリーブ)。その端から露わになる、陶器のような白い四肢。


このご時世、肉体の形状なんて、容姿や性別やそんなものは、いつでもいくらでも好きなように変えれる。つまり、美男美女など、個々人の好みの差はあれど、みんな見慣れている。

そうではなく――


ほっそりとした長めの指が、目の前の空間(インフラ)をなでるように、そっと滑る。指先から伸びる、白い光。


二谷(にや) ひとえ、と申します」


そう名乗ると同時、優美な筆致の光跡が彼女の前に浮かび上がった。

彩るように、星屑がこぼれるように、色とりどりの光が散らばる。


「みなさまには大変なご迷惑をおかけしました。微力ながら、これから少しでもお返ししていければと思っております。よろしくお願いします」


右足を少し引いて、優雅な仕草で一礼する。

流れるような銀髪が肩からこぼれてきらめく。


――その一連の、なめらかな所作に、綺麗な指先の動きに、みなが思わず見とれた。


「ふぁー!」とわめいたあぶくが右から、「ひゃー!」とわめいた史団(しだん)が左から、いきなり二谷(にや)にひっついた。


「人に! いきなり抱きつくな!!!」


叫んだ古実(このみ)が二人をひっぺがして、女性に向かって、勢いよく、深く一礼。


いえいえ、と二谷(にや)はにこやかに手を振ってみせるだけ。


「なるほど。動作補助AIの扱いが、絶妙だね」


パーテーションの向こうから現れた教授が、感心したように呟いてうなずく。


「――って、え? 先輩?!」


二谷(にや)が頓狂な声をあげた。視線の先で、赤髪の少女がぺろっと舌を出す。


「えっへっへー、にゃーちゃん、おどろいてるー!」


「……おい、説明」


顔をしかめた古実(このみ)が呟くのに、あのね、と史団(しだん)が切り出す。


「会社の先輩後輩だったんだってさ。あぶくはね、おねーさん……あ、おれもにゃーちゃんって呼ぼ。にゃーちゃんがあの会社に入るずっと前から、あそこで研究員やってて」


「待ってたよーう」


「お前、この件まったく口出してこないと思ったら」


うなずく古実(このみ)の横、「あ」と史団(しだん)が声を上げる。


「もしかして、ねぇあぶく、あの新システムの唯一無事だったトコってあぶくの設計?」


「そだよー。あのコンセプトはなかなか面白かったけど、大規模システム組むのはまだ難しいねぇ」


腕組みをして神妙な顔をしたあぶくが、二谷(にや)の前にひょいっと顔を出す。


「てなわけで、改めまして。世を忍ぶ仮のIDは虻名(あぶな) あぶく。ほんとのIDは、聞いて驚けー、『大文字三文字(スリーキャピタル)』一番乗りのABC!」


得意げに両手を広げた赤髪の少女が、その場でくるりとターンする。ドレープの多いスカートが大きく広がる。


「そんでおれが、二番乗りのCDEー」


胸を張って誇らしげに史団(しだん)が言って、


「二人あわせて危なっかしコンビ」と古実(このみ)


「危なくないもん!」「安全運転だもん!」


座り直した二人組が、がったがったと長イスを揺らす。

ふふ、と笑った二谷(にや)が、続いて古実(このみ)に向き直り。


「猫さんですよね」


「……加藤 古実(かとう このみ)


ちょっと照れくさそうに、ぶっきらぼうに名乗る少年。


「きょーじゅは紹介いらないかー」とあぶく。


「有名だからねぇ」と史団(しだん)


「ええ……」と肩を落として情けない声を出す教授。


「とりあえず、今いるメンツはこんなとこ。ああ、あとこいつらは、」


古実(このみ)がアゴで示す先、長イスの二人組が互いのほっぺをむいむいとつねりあっている。


(カイリ)システムの基礎理論を設計し、その根幹を作り上げた、言い出しっぺコンビにしてウチの主要メンバー。たいていの発案はこいつらだから、まぁなんか困ったら、こいつらに言うとだいたい解決する」


「やだなぁ、このみくん、ほめても何も出ないよー?」


と言いながらも、照れたように笑い、周囲からぽこぽこと嗜好品やら情報群やらを取り出す少年少女。

宙にただようそれらの中から、目ざとくタバコを見つけた古実(このみ)が、さっと一本手にとって火をつける。


「見てのとおり、オレらはただのシステム屋さんでね。<瓦解>後、政府に泣いて頭下げられて、仕方ねぇなってちょっくら世界に自作システム貸してやってるだけの、ただのエンジニア集団。人間よりも、システムとかインフラとか、そういうもんが好きな連中の集まり。システムの内部構造の隠匿とか保守管理なんかはやってるけど――政府じゃないからね、秩序維持とか、人類の精神衛生の管理とか、そういうのは専門外」


そっと表情を曇らせる二谷(にや)に、「だから、」と紫煙を吐きつつ少年が続ける。


「あんたが好きにやればいい。ここで」


その言葉に、そこに含められた歓迎の意味に、女性は表情を緩めてうなずいた。


「それに、見てのとおり人手不足でね」


きょとんとした二谷(にや)が、まわりを見る。


浮遊する長イスの上で、仲良くほっぺをひっつけあっている少年少女。

パーテーションの前、なぜか子猫と子犬を大事そうに抱えている、白衣姿の世界的権威。

タバコをふかしながら、手元の小型計算機をいじっている革ジャンの少年。


「……え、え?! まさか、これだけなんですか?」


「もうちょっといるけどねぇ」とあぶく。


「しょーすーせーえーなんだよ」と史団(しだん)


古実(このみ)が、火のついたタバコで二人組を指さす。


「色々見たろ。そこそこチートなんでね」


史団(しだん)が両手を挙げて、イスの上で飛び跳ねる。


「はいはーい! そんなおれからチートな名案!」


青い光とともに、ずらっとあらわれる、大小さまざまな青い箱。


「要はさ、にゃーちゃんの不安を解決するにはさ、世界中にいっぱい謎をバラまけばいーんだよね!」


疑問符を浮かべる二谷(にや)の前、あぶくが箱を一つ手にとって、フタを開けてみせた。

中から長ったらしい数式を引きずり出して、ごちゃごちゃと組み替えてから、また元の箱にぎゅっと押し戻す。


「解けそうなのに絶対に解けないやつから、ちょっとした謎解きゲームまで、各種取りそろえてみましたー」


「な、なるほど……」


「ひととおり、先に見せろ」


神妙な顔の古実(このみ)が言うなり、すべての箱が同時に開く。


(カイリ)に関わるやつとか、変なのは入れてないよー?」とふしぎそうに言うあぶく。


「霊的存在うんぬんを科学的に解明したことで安眠できるようになったやつもいるんだよ」と古実(このみ)が早口に言う。


「カンタンにいうと?」と史団(しだん)


紫煙を吐きつつ、古実(このみ)が小さく答えた。


「ホラーっぽいのは、やめろ」


「あっはっは!」


「笑うな!!」


「じゃあちょっとバラまいてくるねー」


すべての箱が閉まると同時、二人組の頭部を覆うように青い光が現れる。


さてと、と呟いた古実(このみ)が、再び女性に向き直る。


「ここにはあんまり決まり事とかないんで、やりたいことやってくれて構わないんだけど」


「にゃーちゃんは営業さんだよね!」


「だいばってき!」と笑うあぶくの声に、二谷(にや)は困ったように古実(このみ)を見る。


「いえ、渉外役は古実(このみ)さんですよね、私はお手伝いとか」


「オレが矢面に立ってたのは、金勘定がしたかったからってだけ」


パチンと手元の古めかしいアナログ計算機を鳴らしてみせる。


「あと、オレはこいつらの世話もあるし……渉外役は今後、あんたに任せたい」


「このみくんはみんなのオカンだからねぇ」


青い光をパッと消して史団(しだん)が言うのに、


「誰がオカンだ!」


古実(このみ)がかみつき、突然出てきた知らない単語に二谷(にや)がきょとんとする。


「オカン?」


「ああ、この子たちと話すときは、古いデータベース漁るといいよ」


教授が女性に情報群を差し出す。

にんまり笑った二人組が、両手をぱちんとあわせて、ほっぺたをひっつけて、嬉しそうに、声高に叫ぶ。


「ひゃくねんまえの言い回しとか超ロマン!」

「化石化した価値観とかちょう萌える!」


小躍りする二人。古実(このみ)が半目になって女性を呼ぶ。


「えーと、こういうやつらなんで、めんどくさかったら話半分に……」


「いえいえ、なるほど、すてきですね。レトロは私も大好きです」


読み終えた情報群をしまいこんでから、にっこり微笑む。


「にゃーちゃん、わかってるー」


またも飛びつく二人を古実(このみ)が引っぺがした。


***


「ひとつ、お聞きしても?」


こぽこぽとのどかな音を立てて、ガラスの曲面に小さな泡がいくつもたちのぼる。

周囲にひろがる、香ばしいかおり。


部屋の隅にあるカウンターキッチン。教授が手ずからコーヒーを淹れる様子を、なにやら談笑しながら楽しげに眺めている二人組。


そのすぐそばで、中空を流れる文字列をぼんやり読んでいた古実(このみ)に、二谷(にや)がふとたずねる。


「こちらのラボのこと、史団(しだん)さんのご学友の方がご存じの口ぶりだったのですが、あの方々もこちらの?」


「いや? あんたとおなじだよ。何度か連れてきたけど信じやしねぇ」


「見られたらマズいものだけ隠してるけどね」と教授。


「あと、万が一、何か企む奴がいても、ここから情報は持ち出せないようにしてあるよー」


ハイスツールの上、ぶらぶらと足をゆらしながら史団(しだん)が言う。


「システムの構造に関わる記憶は、このラボを出るときに自動で脳内から消去するようにしてあるんで」と古実(このみ)が補足して、


「お役人さんと、メンバー以外はねっ」


さらにあぶくが補足した。


「だから、あとはまぁ、そこのうっかりコンビがうっかりやらかさなければ問題ない」


腕組みをした古実(このみ)が、ジト目で二人を見る。


「ええー」「信用ないなぁー」


淹れたてのコーヒーを受け取って、温度を確認していた二人が、ほおを膨らませてみせたところで。


「そうだ、そもそもの発端をうっかり失念するところだった。史団(しだん)


古実(このみ)の、いつにない重低音に、ぎくりと身をすくませる少年。


「は、はぁい?」


「お前、カギ、いつ落とした?」


「ああー」史団(しだん)はぺしりと自分の額に手を当てて。「いやーついうっかり、うっかり、落としちゃったんだよねぇ」


「お前がそんなにボロボロ落としてるの、予想外だったんだが?」


「別にいーじゃん、ほら、あのカギだけあったって、にゃーちゃんもご存じのとおり、なーんもできないし?」


逃げ道を探すようにちらと視線をよこす史団(しだん)に、二谷(にや)が大きくうなずいてみせる。


「あのね、逆に言うとねー、あれなくっても扱えるんだよねぇ」


二谷(にや)に説明するように、のんびり言ったあぶくが、しゅん、と指を振る。

少女の前に浮かび上がる、どこかの市街地の映像。


道行く一人の手元にあったテディベアがパッと消え失せる。と、全く同じぬいぐるみが、いつのまにか赤毛の少女の手元にある。

そのクマの耳にガーベラの造花を結びつけたあと、あぶくが再び指を振る。

路上で立ちすくんでいた女性の手元に、パッと戻る、右耳に花を飾ったテディベア。


「え?」


二谷(にや)古実(このみ)をみる。古実(このみ)が肩をすくめて説明。


「カギっつうのはな、こいつらがお遊びでつくった後付けのガジェットなんだよ」


「へ」


ぱちんと両手を合わせる、赤毛の少女と黒髪の少年。


「だってかっくいーじゃん!」

「だってロマンじゃん!」


「世界にアクセスするための物理的なシステムキーとか!」

「一見すると何の変哲もない物体なんだけど、分かる人にだけ分かる特別なチートアイテムとか!」

「それ使った多重自動認証機能とか!」


はいはい、と古実(このみ)が気のない返事をして、コーヒーカップを傾ける。


「操作してることが他のメンバーに分かりにくいから、あんま使わないようにしてるけどな」


「動作ゼロ、思考だけで操作することもできるよぅ」とあぶく。


「ほら、にゃーちゃんの前でも一回使ってみせたでしょう?」と史団(しだん)


「え? いつです?」


にんまり笑った少年が、両手を広げて胸を張る。


「おれは何万分の一の偶然の事象を意図的に引き起こす、すんごい魔法遣いなので!」


「ああ!」


「あれ、ほんとにあの短時間で不良品みつけて差し替えたのか?」と古実(このみ)


「まっさかぁ。中身押し出すときに、廃棄インフラに直結させただけだよー」


なるほど、とうなずこうした古実(このみ)が、気づく。


「……お前それ、動作ゼロで(カイリ)動かしたんじゃなくて、単に動作ゼロで、普通のゴミ捨て操作しただけ、だろ?」


「あーバレたか。とっておきの手品だったんだけど」


「だからそういう無意味にややこしくするのをやめろ!」


「敵を欺くにはまず味方から!」


「敵いねーじゃん」


むいむいとほっぺをつねる古実(このみ)


「――失礼します! 大変です! 輸送インフラの処理エラーで行方不明者が!」


あわてた悲鳴が聞こえて、空間(インフラ)に再構築されるひとつの肉体。


「ああ、お役人さんだー」

「いらっしゃーい」


のんびり手を振る二人組。

カップを置いた教授と、現れた役人が同時に一礼を交わす。


「それ、さっき元通りにしといたー」


「いつだよ?」


古実(このみ)がふしぎそうに聞くのに、


「さっき、謎の箱ばらまいたとき、ついでに」


こともなげに史団(しだん)が答える。


「宇宙空間に放り出されそうになってたから、治療してお家に帰しといたよ」


「『ごめんねby政府』ってお手紙添えて!」とあぶく。


「はいこれリスト」


史団(しだん)が言うなり、役人の前にずらっと差し出される情報群。


「お役人さん、お仕事これで終わり? ならバックギャモンしよう? こないだのつづき!」


目を輝かせたあぶくが、役人の手を引く。


「あ、そうだ、みてみて! さっきのついでに新種の生き物みっけたんだよ!」


「いま分析中なんだけど、軽く公表しといたよー」


「わーもう問い合わせ来てるよ」


教授があわてて対応に追われる。

あぜんと固まる役人と二谷(にや)


「まーこういうこともあるよねー」


のんびりとコーヒーのおかわりを淹れはじめる二人に、


「世間をナメくさってるよなぁ」


紫煙を吐きつつ、小さくぼやく古実(このみ)の隣、


古実(このみ)さんもですよね」


ふふ、と二谷(にや)が笑った。




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