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1 子供の落書き「Maman je」

革命の嵐が吹きすさび、恐怖政治テロルがはびこる暗黒時代。

王国最後の王と王妃は断頭台のつゆと消え、幼い王子は塔の中に閉じ込められたまま、天国エリゼを夢見ていた。

塔の住人が去ったのち、革命家たちは幼い筆跡の「らくがき」を見つけた。

王子の問いに、応える声はいずこに?

 フランス共和国の大統領官邸、エリゼ宮殿の「Elysee」は「楽園」という意味である。

 また、シャンゼリゼ通りとして知られている「Champs-Elysees」は「楽園の園」という意味になる。

 意訳すると極楽浄土、天国の庭園だろうか。


 なお、「Elysee」の反対語は「Abyss」。


 「奈落」という意味である。



***



 真新しい断頭台(ギロチン)

 赤い雫が染み付いた石畳。

 広場に漂う血の匂い。


 それは、恐怖(テロル)の道しるべである。


 恐怖を煽るため、広場の公開処刑はわざと人目に触れるように行われてきたが、その少年は、できるだけ人目に触れないように暗く閉ざされた場所に監禁されていた。


 干からびた花を握り締めたまま、這いずりながら少年は笑っていた。

 忘れてしまわないように、何度もめぐるように思い浮かべる愛しい笑顏があった。

 現実と夢幻の境界はあいまいで、世界の果てに手を伸ばすように、少年は開かずの扉に手を伸ばした。


「ねぇ、ママ」


 革命家たちの高潔な夢想は、残酷な惨劇となり、少年の穏やかな現実は——いまや儚い悪夢に成り果てていた。


 小さく咳をするたび、体中が痛み、生を遠ざけていく。


「ぼく、平気だよ」


 ベッドが腐ってしまっても、温もりに包まれていた日々を覚えている限り「夢」は見られるから。

 眠るように意識が沈んでいく。愛しい世界もまた水底へ。

 その時、夢幻の果てが手を招くように、開かずの扉が開かれた。


 ――ママ、その楽園ではどんな花が咲くの?

 ねぇママ、その楽園ではどんな鳥が歌うの?

 ねぇママ、その楽園では体はもう痛くないの?

 ねぇママ、その楽園ではずっと一緒にいられるの?


「ねぇママ――」


 そして、少年の現実は砕け散った。






 かたく閉ざされた窓。

 弾むような吐息。

 暗い部屋。

 楽しそうな「談笑」。


 月明かりさえ入らない虚ろな塔。

 吐き気をもよおす臭気。

 汚い部屋。

 痩せこけた「子供」。


 何度も繰り返される無邪気な問いかけ。

 尽きることのない「外の世界」への好奇心。

 もう少年には、次々と積み上げられていく愛しい人たちの首が見えていなかった。







 ――ねぇママ。お花を持ってきたよ。


「うふふ、ありがとう」


 ねぇママ、聞いてもいい?


「なぁに?」


 今日はなんの日か知ってる?


「この国で一番かわいい王子様の誕生日かしら」


 くすくす。

 ぼくね、お誕生日プレゼントは何かなぁってずっと考えてたんだよ――







 とある国で、革命の嵐が吹き荒れた。

 歓喜の中で、国王と王妃は処刑され、塔の中に遺児が取り残された。


 革命家たちが夢見た楽園は永遠の奈落となり、少年の閉ざされた奈落は、幽玄な楽園となって現れた。


 ――ママ、その楽園ではどんな恋が咲くの?

 ねぇママ、その楽園ではどんな愛を歌うの?

 ねぇママ、その楽園では心はもう痛くないの?

 ねぇママ、その楽園ではみんな一緒にいられるの?


 ねぇママ、その楽園ではどんな花が咲くの?

 ねぇママ、その楽園ではどんな鳥が歌うの?

 ねぇママ、その楽園では体はもう痛くないの?

 ねぇママ、その楽園ではずっと一緒にいられるの?


 ねぇママ――







 少年の死後、両親とともに監禁されていたタンプル塔の独房で小さな落書きが見つかった。

 つたない花の絵と、子供の筆跡で「Maman je」


 その意味は、「ねぇママ」


今回は〈生前〉編。続きは〈死後〉編。

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