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第60話 決着



 兄やウルベスがこちらを守りやすいようにと、今まで同じ場所に留まっていたが、それで説得できないのならこちらがもっと歩み寄るしかない。


 もっともっと、手を伸ばして、よく見て、こちらを分かってもらうしかない。


「お兄様、ウルベス様」


 彼らの名前を呼びながら、黒猫へさらに近づいていく

 対して邪神の方は隠しきれないほどの動揺をあらわにした。


 今まで以上に、こちらを遠ざけようと抵抗するが、前に出ている兄達がそれを抑えてくれた。


 頼もしい二人に守られながら進んだ私は、とうとう悲しい邪神のすぐ近くまでやって来た。


「ミュートレス様、私を信じてください」


 兄とウルベスの背中に、戦っているそのすぐ近く。


 そこまでくればこっちのものだ。

 以前はどうだったのか分からないが、邪神に堕とされた彼のプライドは結構高い。


 猫の姿をとりながらも、長い間己の近くで生活していた人間達と少しも慣れあわなかったのだから、そう思えるのは当然だろう。


 だがそれゆえに、ただの人間達にここまで接近を許した事自体が、彼にとっては敗北するにも等しい衝撃となったのだ。


 戦闘を止めた黒猫は、じっとこちらを見つめる。


 兄とウルベスがそれを見て、背後にいる私に道を開けてくれた。


「……」


 間近まで寄って、すぐ近くまで来た私を見る邪神は、呆然としている様子で何の反応も返さない。


 彼にとっては信じられない事の連続なのかもしれない。

 きっと先程からは、こちらの事を『よく分からない事を言い続けて』いて『よく分からない事に力を尽くして』いる人間だとでも思っているのだろう。


 けれど、とても正気には思えないものでも、私の言った事は全て本心で、やっている事はすべて本当にやりたい事だ。


「……っ」


 黒猫が吐息を漏らす。

 納得するような、何かの存在に気づいた様な。

 己の心の内にふと湧いて出たものの存在を発見したような、そんな調子で。


 彼はこの期に及んで分かってしまったのかもしれない。

 自分が本当に人間の事が嫌いではなかったのだということを。

 そうして彼は、改めて自分の心の中を見つめる様に、視線を揺らし続けていた。


 そして。


 なぜ、とその瞳が私に問いかけてくる。


 なぜ、そこまで、とこちらに歩み寄るのだと。


「見知った相手を助けるのに、いちいち理由を探して動くわけがないわ」


 考えている内に、助けて仲良くなった方が早いのだから。

 それが私だ。

 アリシャ・ウナトゥーラの考えだ。


 私は、手に持っていたそれを黒猫の首へかけた。

 手作りの笛。


 猫でも吹けるよに小さめに職人に作ってもらった特注品だ。


 音楽を愛する彼にこれを渡したくて、中庭をずっと探していたのというのに、最近は姿が見つからなくて困っていたのだ。


「もう少し譲歩するなら……そうね。どうしてもと言うのなら、復讐は止めなくても良いわ。ちょっとだけでも我慢してくれない? 方法を変えてくれるだけでも」


 最後まで感情を否定しなかった私の言葉に。

 復讐を止めなかった私の言葉に何を思ったのか分からない。


 けれど、目の前の黒猫は完全に戦意を失った状態で、己の喉元にある笛を揺らしながら、静かにその場を離れていった。



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