第6話 ウルベスの境遇
それで。
エルフの種族の者達の事だが、彼等のほとんどが人間とは交流しない者達だ。
人の多い町などには出て来ずに、森の奥などでひっそりと暮らしている者達が多い。
だが、やはり個体差というものがある。
一部の者達……積極的な性格をした者は村や町などによく足を運ぶ事があった。
ハールエルフの血筋から察する事ができように、ウルべスの両親も好奇心の強い変わり者で、そんな人間の一人だったらしい。
彼の父親が好奇心に負けて町に出てきた所で、貴族の娘である母親と出会ったというのが、ウルベスが生まれた理由となる。
だが、町に出てくるエルフ自体が珍しいという事があって、さらに珍しいハールエルフのウルベスは子供の頃によくイジメられもいたらしい。
彼自身はそんな幼少の頃の出来事を、「大した事がない」と言っているのだが、それは表面上だけだ。
内心では腸が煮えくり返っているという事を、私は知っている。
何せ……、彼の前で父親を侮辱したりエルフの血について悪口を言ったりすると、容赦なくハーフエルフの特殊能力の一つによって殺害されるくらいなのだから。
森の民である特権で様々な動物と仲良しになれる彼等なので、その力で生きたまま食料にされるのは中々凄惨な最後だ。
痛みを感じなくても御免こうむりたい。
彼らは大抵の動物を操れるらしかったが、私には絶対けしかけないでほしい。
だが、そんな彼でもこの屋敷の庭に住み着いている黒猫は操れなかったらしい。
「あら?」
彼の手の甲に数本の切り傷の線のようなものがあった。
「ウルベス様、そのお怪我は? どうなさったのですか?」
私の言葉を聞いたウルベス様は、何でもないと言う風に傷のある右手を軽い動作で上げて、手の甲を冷静に眺めている。
「ああ、玄関の前で例の猫に引っ掻かれた」
「気ままな猫ですものね。何が気に障るのかまるで分からなくて困ったものですわ」
例の猫、というのは最近この屋敷の付近に住み着いてしまっている黒猫の事だ。
こちらが近づいて餌付けをしようと思っても、「ふしゃーっ!」とか「にぎゃーっ!」としか反応しないので、なかなか人に慣れない性格らしい。
不用意に近づくと容赦なく引っ掻かれるので、普段からあまり刺激しないようにしているのだが、知らない間に近づいてしまい引っ掻かれたり噛みつかれたりする者が続出していた。
とにかく、彼の負ったその怪我をそのままにしておくわけにはいかない。
前世生きていた世界とは違って、こちらの医療事情はまだまだ及ばないのだから。
良くない菌が入って、傷が化膿したりすると困るだろう。
「手当てをしないといけませんわね。先に医務室に寄りましょう。生憎とかかりつけのお医者さんは今屋敷には控えておりませんけれど、消毒をして包帯を巻くくらいなら私にもできますわ」