第57話 決行の朝
屋敷付近 裏手
朝方の冷たい空気の中、屋敷から外へと音楽の演奏が流れてくる。
どこまでも響いていきそうなその音楽は、二つの楽器によって奏でられたものだった。
冷たく澄んだ水の様な旋律と、熱く情熱的に奏でられる旋律。
二つのそれは相反しながらも、互いに見事に絡み合って、それぞれの良さを引き立てながら一つの音楽を作り上げていた。
そんな演奏を聴く私は、屋敷の外にいる。
それは、なぜか。
昨夜決めた作戦を実行に移している最中だからだ。
アリオとトールの二人には今、玄関ホールで創世曲を演奏してもらった。
邪神ミュートレスは音楽の神様だけあって、古の時代から伝わり続けている創世曲がかなり気に入っている。
アリオが小さい頃、屋敷に来てくれて演奏してくれた時や、昔トールがピアノを弾いてくれた時に、黒猫の彼がいつもその曲に耳を傾けていたというのは、原作や兄の話で分かっていた。
黒猫の彼にとって創世曲は特別で、その曲が流れた時は必ず彼は屋敷の外から耳を澄ませていたらしい。
つまり、彼をおびき出す為にはこれほど良い方法はないはずだった。
彼はこちらから逃げ隠れている身だが、己の安全よりもその曲の中に大切な思いがあるのだろう。
準備の時に、こんな状況の屋敷で演奏する事への言い訳を考えるのにはかなり苦労したが、お兄様達の知恵を借りて、屋敷の中で邪神に怯える者達への気遣い……という事で何とか押しきった。
そんな諸々の後で私達は、彼等が演奏している間に移動。屋敷の外へと出てきている。
向かう目的地は、屋敷から離れた場所。
裏手にある、子供の頃に転落した思い出のあるあの崖の前だった。
ここなら人気もなく、よく演奏の音が聞こえる。
思った通りだ。
訪れてみればそこで、黒猫が一匹佇んでいて静かに耳を傾けている最中だった。
「やっぱり、ここにいたのね」
私達の気配に気づいて彼は目を開ける。
傍に立つ兄と、ウルベスが警戒の空気を滲ませる。
対する黒猫は、それに応じてこちらを警戒して毛を逆立てた。
やはり、私達が敵意を見せる前に彼は、自分の立場を明確にしようとはしなかった。
それは、話し合いの余地があるという証拠に他ならない。
「お兄様、ウルベス様、少しだけ下がっていただけませんか?」
彼を無用に警戒させないように、と二人をそう下がらせてから私は話しかける。
「聞いて、ミュートレス様。私は貴方と争いに来たわけじゃないの」
「シャアアア!」
しかし、おびき出されたのだと分かった猫は、こちらの話に応じようとはしなかった。
小さな体を変化させ、大きくしていく。
獰猛な肉食獣を思わせるような体躯になった彼は、こちらを威嚇する様に鋭い爪で地面を引っ掻いて見せた。




