第55話 お兄様イベント簡略版を消化しました
ウルベスは、いつもよりも若干表情を強張らせ、緊張した様子で兄へと話しかける。
「アリシャ殿は……あなたの妹君は、相当に肝が据わっておられる。あの黒猫を相手取った時は、相手を圧倒していたように見えました。想像したほど危険はないはずです」
「危険はないだと? 仮にそうだとしても、年端も行かないか弱い少女を引っ張り出しても良いと言うのか?」
強い口調で反論する兄。
その態度からは、意見を受け入れたくはないという意思が浮かんでみて取れた。
しかしウルベスは、首を振ってなおも言葉を続ける。
「いいえ、違います。まず、前提が間違っておられます。彼女はか弱いだけの少女ではありません。強く凛々しい牙を持っておられるではありませんか。それに、そこらにいる少女よりもはるかに、己の立場も力も把握しているようだ。出来ない事は無理にこなさない代わりに、出来る事はしっかりとやり遂げてしまわれる。先程の戦闘から考えて、私達が必要な警戒さえしていれば彼女の身の安全は保障できるはず。そうではないのですか?」
冷静に問いかけていく彼の言葉に、少しだけ頭が冷えたようだ。
兄は少しだけ、落ち着きを取り戻した。
それに、とウルベスは、続けてこの間あった事を兄へ話した。
遠くへ出かけた時に怨霊に襲われた時の事だ。
その時の事を話す事は私との約束を破る事で、かつウルベス自身が私を危険に晒した事を伝える事にもなるのだが、彼は誠意を見せる為に話すべきだと判断したのだろう。
「彼女はあの時も正しい判断をした。そのような意味で言うのならば、この場でもっともすべき事が分かるのは彼女以外にはいないはずです」
だから、と彼は私が思っている事を代弁してくれるように、説得の言葉を紡ぎ続ける。
「お父上殿が連絡を入れた騎士団が来るまで貴方は、騎士団長ではなくイシュタル・ウナトゥーラであっても良いはずです。私は、貴方の厳しさの下に隠しているものを……確かな優しさを知っている。冷徹な仮面の下に、我々や一般人を守ろうとする強い意思がある事を知っている。だからどうか、騎士団長ではない時は、その優しさに素直になってください。貴方の妹殿も、今なすべき事とは別にそう思っておられるでしょう」
「ウルベス……」
私はそのやりとりを聞いて、少し驚いた。
なぜならウルベスが言った「騎士団長でない時は、自分の心に素直になる」というその言葉は、ゲームの中ではヒロインが言うはずの事だったからだ。
一周目の時は即殺されていたので、どんな会話になるはずだったか分からない。
今目の前にあるこの変化は、悪役であるはずの私がヒロインの立ち位置に来たからなのか、一周目とは違う行動をしてきた二周目だからなのか、どちらなのだろう。
頭の隅で考えながらも私は口を開く。
「お兄様、ウルベス様の言う通りですわ」
あのやっかいな黒猫の姿が、時々この屋敷に帰って来た兄も目にしていたはずだ。
一度、アリオが屋敷にやって来た時に、手持ちの楽器で音楽を奏でてくれた時、窓辺にその姿を見つけた事もあるのだから。
兄はその際に「とても寂しそうだ」と呟いていた。
きっと、表面状では厳しい態度を取っているものの、心の中では案じているに違いない。
「私達は家族なのです。上司と部下ではありません。だから、そうやって厳しい仮面をつけなくても良いのです。信じたいなら自分の心をそのままに、私を信じてください。そして可哀想なあの方を救いたいと思ってくださるのなら、その心のままで私達と一緒に頑張りましょう」
「……」
兄はじっとこちらを見つめた後、深々とため息をついた。
「お前は本当に小さい頃から変わらないね。少し羨ましいよ。ウルベスはこんな出来た妹を嫁にもらえるんだ。幸せになれるだろうね」
どうやら折れてくれたようだ。
「お兄様……」
「分かった。お前に何か考えがあるなら、それにできるだけ添うように行動しよう」
「ありがとうございます!」




