第54話 お兄様説得が難航しています
だが、今後行動を起こす時、真に問題になるのはウルベス……彼ではない。
ウルベスを説得した後、今度は兄が反対してきた。
兄は心の底から心配しているような表情で、私自身が知らぬ間に怪我をしていたこちらの手をとる。
憂い顔も絵になる自慢の兄だが、見とれている場合ではない。
「アリシャ……。お前、それは本気で言ってるのか? いくら俺のお姫様でもその我が儘は聞けないね」
それはよく見ないと分からないほどのかすり傷だった。
それなのに、兄は私よりも私の事をよく見ていてくれたようだ。
「俺やウルベスはどれだけ怪我をしたって良いんだ。それが務めだし、男の役目でもあるからね。でもお前は違う。俺の妹で、お姫様で、そして守られるべき人間だろう? お前がそんな風に体をはる理由はどこにもないんだよ」
兄の言う事はもっともだ。
間違ってはいない。
確かにそうだろう。
兄達から見たら、私はか弱い女性で、ただの一般人。
こんな状況をひっくり返すどころか、その中で生き残るための力すらロクに持っていないのだから。
けれど、だからといって引く事はできない。
私は兄の目を真っすぐ見つめて言い返した。
「けれどお兄様、私はあの方を放っておけないんです。ここで彼の苦しみを見逃してしまったら、後悔することは決まっていますわ。だって……全く知らない方ではありませんのよ? 確かに今まで邪見にされてきましたけれども、あの方と一緒に過ごした時間がありますもの」
私は、自分の意見をそう告げて相手の反応を窺う。
妹思いの兄だったイシュタルお兄様は、しかし次の瞬間には冷徹な騎士団長の仮面をつけていた。
甘い顔をしていては、話し合いに終止符を付けられない。
情に流されかねないと警戒したのだろう。
「駄目だ。これは命令だ。一般人が関係する事は許さない」
「お兄様……」
説得はできなかっただろうか。
兄に関する事は、ゲームでは横道にそれる形で取り扱われている。
兄自身に関係するイベントは必ず本編で発生するものではなかった。
だから、私はこれまでに兄にあまり関われずに来たのだが、その弊害が出てしまった様だ。
しかし、そこでウルベスが割って入った。
「失礼ですが、団長」
割り込む様に話をしてきたその一言。
それはおそらく兄にとって意外なもの。
ウルベスに割り込まれる形となった兄は、一瞬だけ目を丸くして驚いたようだった。
おそらく今まで彼から、そんな風に意見をされた事が無かったのだろう。
ウルベスが優秀な兄の事をどれだけ評価しているかは、これまでのふれあいの中でよく聞いていた。
尊敬していると、立派だとよく耳にしていたのだ。
だから兄もきっと、ウルベスのそんな感情を日ごろから感じていたのだろう。
そんな関係があったからこそ、正しいはずの言葉を述べたこの場で、意見を挟まれる事になろうとは思わなかったのだ。




