第49話 私が今まで殺されなかった理由
「……」
向かい合いながらも、私は相手をじっと観察する。
こちらも向こうもも同じように互いを警戒している様だった。
人間である私ならともかく、あの邪神が騎士でも鍛えてもいない女性を警戒するなど、普通はありえない事だ。
相手が何かをする前に、私は単刀直入に問い掛けた。
「ねぇ、貴方はどうして今まで何もしてこなかったの?」
黒猫の丸い瞳が見開かれて、瞳孔がひらくのが分かった。
その様子は、まるで聞かれては都合の悪い事を聞かれてしまったように見える。
トールが慌ててこちらの前に立とうとしたが私は手で制止。
「お嬢様、何をおっしゃるのですか。現にお嬢様は命を狙われているではありませんか」
「違うの、そうじゃないのよトール」
彼の言葉に私は首を振る。
ウルベスの騒ぎの時も、アリオの時も、この黒猫は裏で状況を操っていた。
だが、それらは全て最近の出来事だ。
今まではそんなに物騒な事は何も起こらなかった。
「殺すならいつでもできたでしょう。なのにどうして、貴方は今まで何もしてこなかったの? 私達、ずっと前に出会っているわよね」
「……」
猫は答えないが、その無言が事実を物語っていた。
そう、屋敷に猫が住み着く事になったのは最近の事だが、実はアリシャは、子供の頃にこの猫と出会っているのだ。
そもそも、自分が「痛みを感じない」加護をもらったのはその時の事が原因なのだから。
今度はそれを聞いたアリオがこちらに尋ねて来た。
「本当なの? お嬢」
「ええ、そうよ。あの時は邪神だとは思わなかったけれど」
ぼんやりとだが、話せと言われれば思い出して語るくらいはできた。
「猫を追いかけて崖を落ちた時の事、知ってるでしょう?」
それはこの場にいる者達には、以前全員に話した事のあるものだった。
「あの時にか」
「あの時に……」
直接怪我をした私の姿をみた兄と、トールが同時に言葉をこぼした。
屋敷の裏手にある崖に落ちて、大怪我を負った幼い頃の出来事。
そうそう忘れられれるものではない。
「あなたはあの時の猫と同じ猫でしょう? なら、非力な少女一人、簡単に殺せたはずよ。違うかしら?」
声の調子はどうだろうか、震えていたり高圧的に聞こえたりしていないだろうか。
緊張で自分がどうしゃべっているのか分からなくなりそうだ。
だからせめて、相手の細かな変化だけはしっかり把握していようと、視線をまっすぐ固定する。
見つめている先の黒猫は、私の言葉に狼狽えた様に後ずさった。
その姿を見て私は強く確信した。
「貴方が邪神なら、この世界に広まっている神話の出来事は本当なのよね。ユスティーナ様の事は分からないけど、貴方は私達の事が、嫌いになれないんじゃないの……?」
私が放った一言への、相手の反応は顕著だった。
肩をびくりと跳ねさせた黒猫は、すぐに背を向けてしまう。
そして彼は何もしないまま、とうとうその場から逃げ出してしまった。




