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第32話 使用人が錯乱しました



 外から屋敷に戻った途端に本格的な雨が降ってきたので、切り上げ時としてはちょうどよかったのかも知れない。

 それでも、わずかに濡れてしまった。


 寒さにさらされた私の体調が気になるのか、トールが慌ててタオルを持ってきて、急ぎながら拭いてくれる。


 かいがいしく彼にこちらの身の回りを動き回られるのは、こそばゆい様な恥ずかしい様な。


 これは使用人というよりは家族に近い距離感だ。


 特にトールは他の使用人より一緒にいる時間が長いせいもあって、少しばかり接する距離が近い。そのため私は、気恥ずかしい思いをする事がよくあった。


 攻略対象の一人である私の使用人トール・ゼルティアス。

 彼の態度はまるで心配性な兄が妹を思う様なそれに近かった。表面的には……、だが。


 雨が降って来た影響なのか、湿った空気が部屋の中に入り込んでいて、屋敷内部がジメジメしてくる。

 その湿度を不快に思う。


「雨の日って憂鬱よね」

「外に出て遊ぶ事ができない……からでしょうか」

「いつの頃の話かしら。髪型が崩れて身だしなみを整えるのが面倒なのよ」

「失礼しました。お嬢様もあの頃と比べて立派な淑女になられましたからね」


 雨の日は、空気中の水分の影響を受けて、髪の毛がへそを曲げた様になってしまうので、私としては良い思いをしないのだ。

 髪型や身だしなみに気を使う女性なら、大抵そうなのかもしれないが。

 だが、屋敷に勤める使用人達にとってはこの雨がありがたかったようだ。


 離れた所で「埃が舞わなくてすむ」と喜ぶ声が上がっていた。


「あら? もしかして……」

「そういえば、大掛かりな清掃をすると聞いてましたね」

「忘れてたわ。確かに聞いていたのに」


 使用人達が喜ぶその理由は、屋敷の中にある大きな物置の清掃をする事になったからのようだ。

 何年も忘れられたように放置されたその部屋は、普段全く使用されていないのだが、父の仕事の関係で昔の荷物を引っ張り出す事になったので、それを機に綺麗に掃除する事になったのだ。


 雨で湿度が高いなら、あまり埃が飛散しないのでやりやすいのだろう。


 だが、その物置で問題が起きた。





 部屋に戻る途中。使用人達の様子が気になって、あちこち寄り道をしていた私は、すぐ横から上がった声に驚いた。


 肩を震わせたあと、声の発生源を見やる。


 そこには、頬に手を当てて叫ぶ有名な絵画……ではなく悲鳴をあげる人間トールの姿があった。


「あああぁぁぁ!」


 目を丸くしていると、突如トールが絶叫しながら、物置の中へ。


 そこには、部屋を掃除をしていた人間が数人。


 トールは鬼気迫る様子で、一番入り口の近くにいた男性使用人に詰め寄った。


 ゲームで知っているイベントの一つだが、こうも豹変されると驚く。


「ななな、何故それがそこにあるっ! どういう事だ!!」


 清掃にいそしんでいた男性は、いきなり肩をつかまれて、ぎょっとした顔になった。他の者たちも同じような顔になって手を止めている。


「トール、落ち着いて。どうしたの!?」


 私が二人の間に入るようにして、トールに声をかける。


 すると、少し冷静さを取り戻したらしいトールが、男性使用人の肩から手を離した。


 改めて使用人の男性の方を見る。

 その手には、一枚の丸められた画用紙が握られていた。


 その画用紙を丸めたリボンには見覚えがあった。

 用紙の端の方には、子供の頃の私が書いた私にしか分からないへたな名前の文字。


 それは私がトールにあげた似顔絵をまとめたものだった。

 そうだ。

 この屋敷にやってきたばかりの頃のトールに直接手渡したもの。つい先日、アリオに再会した時に思い出していたのものだ。


 ならばその画用紙は本来、トールの部屋にあるはずのもの。


 それが知らない間に移動している事に、彼は動揺しているのだろう。


「いつの間に私の部屋から、一体どうして」


 とりあえず疑問を解消する前に、私はまず錯乱一歩手前気味のトールを落ち着かせる事にした。

 かなり大切にしていた様なのが見て取れたので、そこは嬉しい。のだが……普段冷静な人が激しく取り乱す様は少々怖かった。


「お、落ち着いてトール、とにかく見つかったのなら。良かったじゃない。いつまでもそうしてると、原因が分からないわよ」

「はっ、すみません。とんだ醜態をお見せしてしまって」



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