第1話 一周目の世界で死にました
腹部に風穴があいて、そこから血がどくどくと流れ出していくのを感じる。
そうとう大きな穴が開いたのか、周囲には大きな血だまりができていた。
周りにいる人間達が、悲鳴をあげたり、私の体を揺らしたりしているけれど、うまくそれらの情報を認識できない。
意識に霞がかかっていくような感じだった。
けれど、そんな状況でもはっきりと聞こえる声があった。
「アリシャ! しっかりしろ!!」
「お嬢! やだよ、死なないでよ!!」
「アリシャ殿! 気をしっかり持つんだ!!」
「お嬢様! 貴方にいなくなられたら私はどうやって生きていけば良いんですか!?」
それは、四人の男性の声だ。
こうなる前にずっと他の人の事を考え、意識していたからだろうか。
死を目前とした今でも、言いたい言葉が頭の中に浮かんできた。
私は震える唇で最後に言葉を紡ぐ。
「屋敷の……皆は……?」
そこで、時間切れだ。
私の心は、どこか深い場所へと落ちていく。
光のある温かいところから、暗く冷たい場所へと。
現実の世界が遠くなっていく感覚に身をゆだねていると、かろうじて「全員」「生きている」「怪我人はいない」「アリシャ以外は」というセリフが聞こえてきた。
それをしって、わずかにあった意識が働き、私は安堵する。
そして、命が途絶える。
私はその時、確かに死亡した。
これが異世界転生後、一回目の死亡だ。
時間は最初の転生前まで巻き戻る。
私は、前世でテンプレ的にトラックに引かれてあっさり死亡した。
私の人生は、特別目立つようなものではなかった。
誰かの隠し子だったとか、紛争地帯の生まれだったりとか、劇的な要素があったでもない、平凡な高校生だった。
けれど、それでも私が送っていた日常は、何気ない大切な人生だったから。
死んだ時はそれなりにショックを受けた。
その後で白い宮殿の中、輪廻転生を司る神様に「転生させてもらう」事になっていなかったら、「私の人生、もうちょっと欲しかった」と落ち込んでいたかもしれない。
幸か不幸かチャンスがあった。
だから掴んだのだ。
異世界で第二の人生を歩む生チャンスを。
だが、そんな事で得た新たな人生「一周目」は、冒頭のシーンでお知らせしたとおり、例によって例の如くあっけなく終了してしまった。
たった数か月しか生きていないというのに。
そして二度目の死を経験した私は、再び神様の前にやってきている最中。
「一周目」を無駄に死んだその時ばかりは、さすがに「もう一度転生」の奇跡はないだろうなと思っていたのだが……。
二度目の再会を果たしたその人物……現代の若者っぽい見た目の、非常に親しみのありそうな神様は、意外と優しかったようだ。
「え? 死んだ? いいよー。じゃあもう一回がんばっといで」
これだった。
転生待機室みたいな白い宮殿の白い部屋に行った時に、軽く言われたのがそんな浮力百パーセントの言葉だ。
何と言うか、非常にチャラい。そして軽い。
さすがに戸惑わずにはいられなかった。
私は、神様をどう説得したものと思い悩みながら、一生懸命残念な結末を迎えた二度目の人生の話をしていたというのに。
神様は呆れも怒りもしなかったのだから。
まさか、「じゃあしょうがないよね」みたいなノリで軽いセリフを言いながら、ぱっぱと「転生手続き」なるものまでしてくれるとは思わなかった。
正直、死に瀕した私が自分に見せている幻などではないかと思った。
けれど疑問に思っていても仕方がない。
とりあえずそんな神様に私ができる事と言えば、「ありがとうございます」と礼を言って頭を下げる事しかないだろう。
人を助けたわけでも、ちょっとドジな猫を助けたわけでもなく、歩きスマホしててトラックに引かれたとかいう残念な私に、一度目の時も親切に転生について説明してくれて、ちゃんと新しい世界に送り出してくれ、さらに二度目まで用意してくれるというのだから、それ以上変な態度はとれない。
しかしそこまでしてくれる理由が気になると言えば気になるので、
「非常の恐縮なのですが、一つお聞きしても?」
と、なぜここまでしてくれるのか聞いてみたら……。
「ヒロインがうっかり死んじゃった世界の末路が、悲惨でさー。君達の世界で言う「最後の攻略対象」のせいで収集つかなくなっちゃうから、誰か止めて欲しいんだよねー」
との事だった。
それは「一周目」に転生した時に分かっていた事だ。
確かに私が新たな人生をスタートさせたあの世界はまずかった。
どんな事が起こったのやら、その世界の中心的存在であるヒロインがうっかり死亡していて、攻略対象を導く者がいなくなってしまっているのだから。
その点を補うようにヒロインの役割を担わされ、転生させられたのが私だ。
だが、何とかなるだろう的に、軽く考えて、軽いノリでやっていたのが駄目だったかもしれない。
その結果が私死亡エンドだ。
結末が、残念過ぎる。
そういうわけなので、そのまま世界を放置するわけにもいかないといった神様は、白羽の矢を立てた人物……乙女ゲーム「ラブ・クライシス」に詳しかったこの私を、その世界に「二度」も転生させたのだった。