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バーキンで夕食を

タイトルはダジャレでしかないです。

 

わたくし気づいてしまいましたの。

わたくしが求めていたもの、それはこれであることに。


 ジョキン、ジョキンと厚めの生地を鋏で切る音、分厚い生地を縫うためにガタンガタンと激しく走るミシンの震動、ああ全てが()()()()。あの頃、打ち込んでいたものに、やっと出会えましたわ。


 あら、申し遅れましたわ。

わたくしヴァネッサ・ヴィリアーズと申します。家族や友人はわたくしのことをヴァンと呼びますわね。この国では、中の上くらいの貴族令嬢として生まれ育っておりますわ。


 光を浴びるとキラキラと輝く白金の髪に、森の奥深くにある澄みきった泉のような(みどり)の瞳の美少女ですわ。

 でもわたくし、今気づきましたの。


 わたくし、いえ、私は伴 千咲季(ばん ちさき)だったことに。前世の私は文明の発達した国でバッグ作りをするデザイナーだったわ。最新のモードとにらめっこしながら流行を読んでバッグを作る、それが前世の私の仕事だったの。


 まあ、今のわたくしは、貴族令嬢のヴァンですから、もって生まれたセンスを武器に、社交界で彗星のごとく煌めきながら数々の新進気鋭なドレスを産み出して参りましたの。ですが、わたくしずっと思っておりましたの。


わたくしには何かが足りないと。

わたくしに足りないものそれは、、、バッグ作りですわ!!


 あら?わたくしが今横たわっておりますのはくたびれたソファーの上ですわね。ええっと、ここはどこなのでしょう。


 先ほどから正面で作業をしていた少年が、私が起き上がっているのに気づき、声を掛けてきましたわ。


「なんだ、おまえ気がついたのか?」


 んんっ!?このかすれにかすれきったハスキーなお声、夏の青空のような瞳に、亜麻色の髪の少年はどなただったかしら、、、



 そういえば、今日は月に一度のお忍びデーでしたわ。お忍びデーと言いますのは、侍女のベルに協力してもらって、両親に代わって私を見張っている、こほん、見守っている執事のセバスチャンを巻いて、いえ、セバスチャンに気づかれないようこっそりと街に出かける日のことですわ。


 だって街には、たくさんの新しい生地や刺繍やビーズや金具があって、次のドレスの開発の参考になるアイデアがそこかしこ散らばっているのですもの。

 今日も今日とてベルが用意した町人少年風の衣装を来て意気揚揚と街に繰り出しましたわ。


 にしてもベルは毎回腕を上げておりますわね。実は侍女でありながら毎回わたくしの衣装を製作するのはベルなのですわ。日頃、私の希望を全て叶えながら、新しいドレスたちを産み出しているだけあって、今日の衣装も素晴らしいできですわ。一見くたびれて見える生地で町人っぽくしあげながら、着心地は軽くてしなやかで極上、しかも鏡を見ればそこに写るわたくしはきちんと美少年に見えますわ。町人風に髪を紐で一つに縛って、さあ出掛けますわよ。


 ここ、シェスターの街はこの国で一番栄えておりますわ。最近は近隣からの移民も多く、色んなルーツを持つひとやもので溢れかえっておりますの。


 そうですわ。今日は東街の辺りに言ってみようと思っていたのですわ。近頃あちらには遠い東の国の方が多く住むようになったと聞いておりまして噂の甘味を食べてみたいと思っておりましたの。


 練っとりしていながらしつこくない甘さの小さな丸い餡をぷるんぷるんの柔らかな皮が包み、その周りに芳ばしい小さな実がふんだんにかかっていて、食べると口の中で、プチプチとした歯ごたえを感じながら、もっちもちの弾力を噛みしめ、その割れ目から甘い餡たちが溢れ出て、すっと淡雪のように溶けゆき、それはそれはえもいわれぬ極上のハーモニーを醸し出す食べものだそうですわ。わたくしがその胡麻団子とやらを食べられるお店を探していたところ、ある声が聞こえてきましたの。


「エリカちゃんごめんなさいね、ママお買い物したばっかりなの。おててが塞がっているのわかる?だから抱っこできないの。おうちまで我慢できるよね」


 声のした方を見ると大きな荷物を抱えた女性と小さな女の子がおりましたわ。

 ふと足を止めてその親子眺めていると突然後ろから

「ドンっ!!」

 と衝撃が来まして、

「チャリンっっ」

 と何かが落ちたような音が聞こえましたの。

 そこでわたくし意識は途切れたのですわ。



俺は気付いたんだ。

俺に足りないものに。


 俺はリオン。親父から受け継いだかばん屋で職人をしている。


 かばんって知ってるか?出歩くのに必要なものを入れて持つことができるんだ。昔はポシェットなんて呼ばれていたこともある。俺のような道具をもって動き回る職人から、たくさんの荷物を持って移動する旅人や、最近は、自分の荷物を自分で持つことなんかしなかった貴族まで持っていたりする。


 俺は昔から手先が器用で、親父が生きていた頃から親父と一緒に色んなかばんを作ってきたけど、親父がいなくなってからは、てんで売れやしない。


 材料の革も残り1枚だし、これからどうやって生きていけばいいのか。なんて悩んでいても仕方ない。とりあえず、気分転換に散歩でもするか、とふらふら歩いていたところ、ひったくりを見つけてしまった。そいつは、サラばあちゃんの懐からさっと金を取って走って逃げて行ったから、俺は思わず、

「おい!!待てこのひったくり野郎」

 って追いかけた。


 走って、走って、そいつにもう少しで手が届きそうな時に、そいつは慌てて後ろを振り返って、俺との距離を確認した。その時、そいつは前が見えてなかった。まあ、つまり、そいつの前には小柄な少年が立ち止まっていた。

「あ」

 と俺が声を上げる間もなく、ひったくり犯は少年にぶつかって倒れ、サラばあちゃんから奪った金を落とした。


 とりあえずひったくり犯を捕まえて、散らばった金を拾い、騒ぎを聞き付けてやって来た保安官にどちらも引き渡し、一件落着と思ったら、ひったくり犯にぶつかられた少年が転がったままだった。


「大丈夫か?」

 と声を掛けてみたものの反応がなく、保安官もそいつは引き取ってくれなかったので、とりあえず置いとくのも危ないし、抱えてうちに連れて帰った。

 同じくらいの年だと思ったんだが、そいつはとても軽くて俺よりなんだか柔らかくていい匂いがする気がした。いや、俺にそっちの趣味はないんだ。信じてくれ。って誰に言い訳をしてるんだ俺は。とにかく、うちに着いた俺は、そいつをソファに転がしておいた。


 でもこいつが家にいるのもなんだか落ち着かないし、何か作るか。そういえば、こないだかばん作ったときの余りで小さい生地があったはずだ。あれでサラばあちゃんに懐に入れやすい小銭入れでも作るか。と、何かを振り払うかのように一心不乱に製作に没頭してたら、ソファに寝かせておいた少年が起き上がって、なぜか熱心にこっちを見ていた。

 というか、少し熱心すぎやしないか?ま、まさか俺に気があるのか?いや、待て俺。あいつは男だ。あいつは男だから。俺はどぎまぎしながら声を掛けた。


「なんだ、おまえ気がついたのか?」


 とりあえず、うちに連れて来たいきさつを一通り話すと納得したみたいだ。心なしか言葉遣いが丁寧でオネエっぽいが、気のせいってことにするぞ俺は。


 突如「リリーン」と店の扉に付けていた鈴がなって、店の扉が開いた。

「ただいまリオン。今日は仕事の話を持ってきたぞ」

 どうやら兄のハミルトンが帰ってきたようだ。


 弟の俺から見ても兄のハミルトンは見た目もよく、性格もよく、勉強もできたので、店は継がずに役人となり、今は国の外務省というところで働いている少々出来すぎな男だ。


 そうやって神は兄に二物も三物も与えたのだが、兄にはなぜか女性に全くもてないという不思議な、というか残念な特徴がある。弟としては結構心配な部分なのだが、、、


 閑話休題。


「兄さん。仕事の話ってどういうこと?」

「実はなリオン。兄ちゃん恋に落ちたんだ」

 ま、まずい。また始まった。

そう、兄ハミルトンは惚れっぽく、すぐ恋に落ちては女性にアプローチするものの、そのやり方が最悪な上に、兄が恋に落ちる相手は決まって別に好きな人がおり、フラれてばかりなのだ。

 あまりに毎回同じパターンなので、俺は一種の呪いではないかと思っている。


「ブリジット先輩はな、見た目可憐でシロツメグサのように可愛らしくて儚げなんだが、性格は獰猛で、どんな難しい交渉でも国に有利な条件を勝ち取ってくる、鷹のようにかっこいい女性なんだよ。でな、いつも仕事でたくさんの書類を持ち歩く彼女にリオンの作ったかばんをプレゼントしようと思ってな」


 兄ちゃん。可憐で獰猛ってどんなんだよ。相変わらず変わった趣味だな。極めつけに俺の売れないかばんなんて渡した日には間違いなくフラれるだろうが。と思いながらどう答えようかと思案していたところ


「そのお話、このヴァンがしかとお聞きしましたわ。わたくしにプロデュースさせてくださいまし」


 と少年が声を上げた。


ハミルトン、出来すぎくんめ。

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