僕はこの世界の誰よりも〇〇を愛しているよ
どんなに足掻いても、もう彼女は戻ってこない。自分を犠牲にしてまで僕を守る必要なんてなかった。君がいたからここまで生きてこられた。それなのに、どうして君は僕を置いていってしまったんだ……。
僕は昔から弱かった。いつも誰かにいじめられてばかりでやり返そうとしなかった。なぜやり返さなかったのかと訊かれたら僕はきっとこう言う。「誰かが傷つくのを見たくなかったから」と。僕は「はぁ……きっと僕はずっとこうなんだろうな」と心のどこかで諦めていた。けれど、そんな僕にもたった一人だけ味方がいた。それが彼女だ。
彼女は僕たちを助けた直後になぜか自分の名前だけ消し去ってしまった。なぜそんなことをしたのかは分からないが、そのせいで僕は彼女の名前を忘れてしまった。だが、彼女と過ごした日々は忘れていない。
両親の話によると彼女は僕と同じ病院で産まれ、僕のとなりで寝ていたらしい。だから、僕たちは幼馴染というより、義理の兄妹のような関係だった。困っている時は助け合い、どちらかの両親が留守にした時は寝食を共にした。しかし、そんな幸せな日々は一瞬にして壊された。世界を滅ぼす魔王がやってきたからだ。やつはこの世の全てを破壊すると言った。その直後、やつは本当にこの世の全てを壊し始めた。数日後、やつは死体で作った椅子に座るとこんなことを言った。「この星は脆い、脆すぎる。俺が壊す価値もない。あー、そうだなー、誰でもいいからこの星の代表を決めろ。そいつの命と引き換えにこの星を宇宙の塵にしたことにしてやる」と。僕は怖くて動けなかった。世界を救う代わりに自分を犠牲にすることができなかった。誰もが死を恐れ、自分のことを考えていた。だが、その時一人の人間が手を挙げた。それは……彼女だった。彼女は自分の命を犠牲にしてこの世界を救うことなど当たり前のような顔をしながら、やつに自分がこの星の代表だということを伝えた。
僕は彼女に「だ、ダメだ! 君はこの世界に必要な存在だ! 僕が君の代わりに犠牲になるから君はもっと生きてくれ!」と言ったが、彼女はニッコリ笑って「私はね、君がいない世界で生きている意味なんてないって思ってるんだよ。だから、お願い。私に任せて」
「どうして……どうして君はそんなことを言うんだ。僕なんかよりもっといいやつがいるだろう!」
僕は泣きながら、そう言っていた。しかし、彼女は僕を抱きしめながら、こう言った。
「そんなの君のことが好きだからに決まってるでしょ、バーカ」
「え? そ、それってどういう……」
「じゃあ、もう行くね」
僕が言いかけた言葉を聞かず、彼女はやつの元へ向かった。僕は彼女の後を追った。しかし、彼女との距離は縮まらない。待て! 僕にはまだ君に伝えたいことが!
だが、もう遅かった。彼女はやつの放った紫色の球体に直撃したせいで跡形もなく消え去ってしまった。
そ、そんな、嘘……だろ。なんだよ、これ。どうしてこんなことに。やつは僕が絶望する中、高笑いをしながらどこかに行ってしまった。
こうして世界は救われた。だが、彼女だけは助からなかった。僕は彼女を守れなかった……。ずっとそばにいたのに、ずっと助け合って生きたのに最後の最後に僕は何もできなかった。
君はバカだ。僕も君と同じなんだよ。君がいない世界なんてどうでもいいんだよ。本当は僕が消えるべきだったのに僕はそうしなかった。なぜ、僕はあの時手を挙げなかったんだ! そうしていれば今頃、彼女は……! 悔しさと怒りから生まれた胸の痛みは次第に僕の中で爆発した。僕は歯を食いしばりながら走り始めた。もしかしたら彼女がどこかにいるかもしれないと思ったからだ。そうだ、彼女はきっと生きている。いつものように笑顔で僕に手を振りながら僕のことを呼んでいるに違いない。ただそう思うだけで僕はどこまでも走れるような気がした。
彼女が消えた場所に着くと僕は辺りを見回した。しかし、彼女の姿はどこにもなかった。その代わりにありえない方向に曲がったビルや原型が何だったのか分からないものがたくさんあった。死んだ人は二度と帰ってこない。そんな当たり前のことを知っているのに僕はここにやってきた。けれど、僕はまだ彼女はきっとどこかで生きていると信じている。可能性はゼロではないと思っている。しかし、彼女はどこにもいない。やっぱり、無駄だったのかな。その時、僕の背後から声がした。
「無駄じゃないよ、君はここにいるし世界も無事。これ以上にいいことなんてないよ」僕がゆっくりと振り向くと、そこには彼女がいた。僕は涙を流しながら彼女を思いきり抱きしめた。彼女は僕の頭を撫でながら「ただいま」と言った。
「君はバカだ。僕なんていつでも死んでよかったのに、どうしてあんなことしたんだ!!」
「言ったでしょ? 私はね、君がいない世界なんてどうでもいいんだよ。私にとっては君がこの世界そのもので私の全て。だから、私はここに帰ってきたんだよ」
「君は昔から無茶しすぎなんだよ! もう少し自分を大切にしてくれ!!」
「反省はしてるよ、でも、こうしてまた会えたんだからいいでしょ?」
「そ、それはそうだけど、それだと君が……」
「それでいいんだよ。さぁ、早くうちに帰ろう。今日は何が食べたい?」
「まったく、君ってやつは。まあ、いい。とにかく無事で良かった」
僕と彼女の日常はこれからも続く。何気ない日常も彼女がいれば何倍も楽しくなるし、嬉しい気持ちになる。だから、いつか僕の気持ちを彼女に伝えようと思う。
「今日はハンバーグがいいな」
「分かった。じゃあ材料買いに行こ! ほら早く! 早く!」
「ま、待って! 置いてかないでよ! カナミちゃん!」
「カナタ、早く早く! スーパー閉まっちゃうよ!」
こうして、僕たちの日常は元に戻り、僕たちは末永く幸せに暮らした。
そういえば、僕が彼女の名前を思い出せなかったのは魔王が彼女の名前だけを消したからだそうだ。けど、どうして彼女は帰ってこられたんだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。君がいるだけで僕は幸せなのだから。