間章 王国歴一九七〇年・一
陛下より直々に賜った仕事の内容に驚き動揺したことは記憶に新しい。
王宮内の地下にある膨大な資料をしらみつぶしに調べながら、私は終業の鐘が鳴る音を遠くに聞いていた。
我がフーウェル王国の歴史を記述した歴史書を編纂せよ、という命が私に降ったのは、三年前の年の瀬だった。寒い季節に関わらず、最近は滅多に起き上がっている姿を見ることのできなかった王は珍しく寝台に体を起こし、一介の図書館付きの文官にすぎない私を直接呼び寄せて命じた。
——これは国家の威信をかけて行うものである。よって、この命は私が死した後であっても、次代の王に引き継がれる。
この国が建国してから、もうすぐ二千年が経とうとしている。この国に起きたすべてのことを纏めるとなれば、恐らく私の生涯をかけた仕事になるだろう。この平穏な世にあって、凡庸に生きて凡庸に死ぬと思っていた私は、そんな大役を担うことになって素直に驚き、そして喜んで拝命した。
拝命したその日から、私は早速仕事に取り掛かった。
王宮の図書館には膨大な量の資料が眠っている。定期的に手入れを行っているとはいえ、その全貌を正確に把握している者は少ない。特に地下に所蔵されているものに関しては、恐らく館長ですらその詳細を知らないだろう。
私はまず、現段階で王宮内に所蔵されているすべての資料の詳細な目録を作ることにした。
歴史書の編纂を行うためには、兎にも角にも今手元に資料がどれだけあり、どれだけの情報が残っているのかを知る必要があった。
建国の際の逸話や節目の年の資料、それと当年度の前数十年の記録に関しては、語る機会も多いために手に取りやすくわかりやすい位置に存在するが、それ以外の資料の多くは年度末に簡潔にまとめられ、そのまま奥深くに仕舞われてしまうことが多い。そうやって積み上がった誰にも読まれることのない資料の多くは、そのまま二度と開かれずに今も埃を被り続けている。そうしたものを一つ一つ調べ直し、各年代の情報を纏める必要があった。その上で、語り継ぐべき話とそうでない話——或いは歴史の闇に葬るべき話を取捨選択し、編纂方針を固める。そういうわけで、これは王命を果たす上で避けては通れない仕事だった。
目録作成をするにあたり、私は館長に許可を得て司書たちを総動員した。
彼らは皆意欲的に仕事に取り組んだ。国家事業に携われる喜びと、普段触ることのできない資料を読むことができ知的好奇心を満たせるということが、彼らの仕事の早さを大いに促した。嬉々とした表情で仕事に取り組む彼らの瞳はきらきらと輝いていた。賢王と名高い現国王の治世では良くも悪くも大きな出来事が無かったためだろう。普段から縁の下を支えている彼らが表舞台に関われることを誇りに思っているようだった。
そんな私たちは、目録の作成が終わったところで、奇妙なことに気がついた。
王国の歴史の中で、ある時代だけ資料が見つからなかったのである。
問題の年代は、一四〇〇年代後半、現国王である陛下と並んで賢王と呼ばれているトラヴィス王の頃であった。王家に古くから伝わっている話では、トラヴィス王はその知性と人柄で荒れていた国勢を建て直したとされている。同時に、お伽話においては国に仇なす悪い者たちを倒す——典型的な勧善懲悪譚において、今も国中で語られ、知られている人でもある。
そんな彼の治世の記述が、実は他と比べて圧倒的に少ないということに私たちは驚いた。この国を語る上で、トラヴィス王は外すことのできない存在である。急遽私たちは彼の治世に関する資料を収集することになった。
トラヴィス王に関して言えば、もう一つ不可解な点があった。彼の治世中に国は一五〇〇を迎えたはずだったが、記念となるような活動を行った形跡が無かったのである。そういった点も含めて、私たちは皆この時代に関して、数少ない資料を片手にあれこれと議論を交わした。
何はともあれ、意図的に資料が無いのか、或いは賢王のミスか。この小さくも不可解な謎に、私たちは興味を惹かれ、やがてあるきっかけからその解明に全力を注ぐことになった。