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DNA二重螺旋構造史

作者: セカンドD

この世界は残酷だ、という薄っぺらな言葉だけで世界を語るのは子供染みた単純化に過ぎない。

しかし世界の歴史を紐解くと単純化と本質の差は紙一重のように見える。

アドルフ・ヒトラー、ポル・ポトと言った自己紹介を丸々血で綴るような独裁者の下に如何程の残虐が成されたのだろうか。歴史書の数行に収まる虐殺で殺された人間の一人一人の人生は数行で語り尽くすことができるほどたわいないものだろうか。

青臭い正義感に従えば、その様な暴虐に対しての反応は怒りと憐憫を混合した若々しいものとなるだろう。


単なる記録上の暴虐に対しての怒りと憐憫は何ももたらすことは無い。少なくとも数百年前までは。時空間移動という本来空想の産物だったものが今では暴虐と憐憫を力に変えることのできるツールになったのだった。ただ、暴虐と憐憫という情動的な力は容易に新たな暴虐の火種になりかねない。力を振るうための秩序がそこには必要なのであり、僕はそれに従っているのだ。


少なくとも僕のすることが秩序を乱していないと断言することは神をも恐れぬ所業と言えるだろう。それでも僕はそれを行うのだ。

『人間は凡人と非凡人とに分かれ、非凡人は既成道徳をも踏み越える権利を有する』

『一つの些細な犯罪は、数千の善事で償われる』

ドストエフスキーを引用しての自己正当化と誹られようとも僕はそうすると決めたのだ。

そうした決心とともに、時空間移動船の起動ボタンを押した。


時空間移動が実用化、法制度化した時代とは言うものの、気軽さというものとはまだ無縁だ。やはりある程度の時間はかかるし船内での時間の潰し方は課題になる。

そこで僕は目を閉じ、問いかける。

何故このような残虐が人間に成せるのかを。

何の罪も無い幼子をどうして殺せるのか。

慈悲の心は無いのか。

どうしてこんなことを繰り返すのか。

そして吐き出すように一人ごちる「どうして僕なんだ」


幼子を手にかけることの罪悪感を感じない人間がいるだろうか。中にはいるのかもしれないがそういう人間は人間性というものを喪失しているだろうから人間としては扱いたくはない。罪悪感を感じているだけ自分はまだマシだろうと自己正当化の上塗りをする自分が可笑しくて僕は笑った。そろそろ目的の時代に着きそうだ。


つまるところ僕の行おうとしている正義は正当化された殺人に過ぎないのだ。

厳密な基準を設け、何重もの説明と承認を経て人を殺す。時空間移動技術まで開発する叡智を持ちながらも一方では秩序を作って秩序の中で人を殺すのだ。

獰猛な野生動物の方が慈悲深く思えてならない。人間は優しくなりすぎたまま本質を保っている。

時空間移動船のアラームが目的地が近いことを教えてくれている。


目的地に着いた僕は周囲を見回してほうとため息を吐いた。いや、どうということはないのだが、時空間移動に感動してしまったのだ。

歴史書のモノクロに色が付いた街、いや本来歴史書こそ色を奪ったからこちらがオリジナルなのだが。

ああ、あの子だ。

「ねぇ」


やれやれと思いながら持ってきた装備の確認をする。罪悪感が無いと言えば嘘になるが今更どうしようもないことだ。

船内での苦悩も殊更に感じたのは初めての時だけだった。ただこの苦悩を感じなくなるのも人間性を捨てているような気がして苦悩できていることには不思議と感謝を覚えているのが本音だ。

ああ、この子は


「アドルフ君、だよね?」

自動翻訳装置は問題無く機能した

ああなんとあどけなくて

弱々しいのか

僕は彼を


この幼子にどんな罪があるのか

大罪人の証明書は僕の手の中にある

だから僕は

引き金を


ついにやってしまった。後戻りはできない。僕は時空間移動船に飛び乗る。

罪悪感を感じたのはその瞬間だけだった。

今は興奮してしまっている。


脳漿をぶちまけるなんてグロテスクさは僕の時代には無くなってしまった。昔の時代のSF映画によく出てくる光線銃という描写が1番しっくりくるかもしれない。

あの子の脳は沸騰してしまった。

遺体が綺麗なだけ無惨さが薄れるように感じるのは僕だけだろうか。

時空間移動船に戻り、ため息をついた。


さぁここからが本番だ。

元の時代に着いた僕は歴史書を捲り続けた。

お終いの索引までをたっぷり目を通して、

僕は、英雄になった。


元の時代に着いてからは淡々としていた。報告書を書いて提出して家に帰るだけだ。

家の明かりが点いている。

「おかえり」と母さんが


ラスコーリニコフの言葉を反芻しながら僕は救った命に酔いしれた。僕は英雄だ。もっともっと人を救いたい。もう躊躇わずに出来る。救済の為の殺り


この仕事のことは親には詳しく話してはいないし話したくもない。親だって聞きたくはないだろう。

「今日ねぇ、お父さんと原始人観察ツアーに参加してたのよ。」

夕食を運びながら母さんが言う。

「原始人観察ツアー、ちょっと気持ち悪かったけど迫力あったわよ。ねぇお父さん」

「あぁ」

「私達が見てる時にネアンデルタール人とホモサピエンスの衝突が起こってね。逃げるネアンデルタール人をホモサピエンスが追い回してて可哀想だったけど…」

「そしたらガイドの人が、『ネアンデルタール人の絶滅はこのような現生人類の祖先との暴力的衝突によって引き起こされたとも言われています。』って説明してくれたのよ。」

「そうなの…じゃあ母さん達は歴史の、それも人類史の一部を生で見たんだね。」

たわいもない会話。

食事の後に歴史書を開いた。ホロコースト、文化大革命…

歴史上の虐殺を眺めた。

僕は

人間は

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