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第七話

「男らしいとは、どういうことなのか。まずは、その定義からハッキリさせようじゃないか」

 夏期講習、午前の部を終えたばかりの昼休み。

 メインで使っている四年二組の教室から、三つほど離れた(ほこり)っぽい空き教室の中、僕は授業用の指し棒を手のひらにポンポンと打ち付けながら授業を開始する。

 普段なら決して許されないであろう、教壇(きょうだん)に立って教鞭(きょうべん)をとるという教職者(きょうしょくしゃ)にしか許されない行為に興奮する気持ちを抑えつつ、雄弁な口調で講義を続ける。

「近藤くん、キミは男らしいとはどう心得るかね?」

 唯一の生徒である近藤くんは、筆箱とノートの配置を終えると、ゆっくりと顔を上げる。

 そうですね……と、少し思案した後、

「まず、運動神経がいいという要素は不可欠だと考えます。体育や運動会などで、八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ができる男子は、間違いなく男らしいと評されるでしょう」

「ほお……鋭い。実に鋭い視点ではあるが、足りない。足りないなぁ」

 僕のもったいぶった口調に、彼の眉が怪訝(けげん)そうに上がる。

「して、どういう意味でしょう?」

「考えてもみたまえ。たしかに、運動会のリレーでアンカーを走るような男子は一目置かれる。トップでゴールすれば、クラスのヒーロー待ったなしだろう。けれど、それはあくまで子どもの時だけじゃないかね。大人になった時、足が速いという要素が、果たしてどれだけの意味を持つというのだろう。いい年した大人が、俺って足が速いんだぜ! ってアピールしたところで、得られるのは尊敬ではなく、失笑ではないかね」

「た……たしかに!」

 目からウロコといった様子で、筆箱から鉛筆を取り出すと、あわただしくノートに要約を書きつけていく。さながら、宗教的指導者の語録をまとめる信者といった様子だった。もしくは今風にいえば、オンラインサロンの主催者とそのメンバーといったところか。

「では、運動神経は男らしさの必要条件ではないと」

 くるりと鉛筆を回し、嬉々とした表情で確認をとってくる。彼の残念すぎる運動神経を思えば、これほどポジティブな情報もないだろう。

「いかにも!」

 僕は指し棒を最大限まで伸ばして、近藤くんの鼻先に向かって突き出す。すると、彼はウッとのけぞり手中の鉛筆をノートの上に落とした。

「他には、何が考えられるかね」

「そうですね……」

 と、手中からこぼれた鉛筆を回収しつつ、

「ルールを守る人は男らしいと思います。周囲に車の影がないとしても、信号の色が変わるまで横断歩道を渡らずに待っているような人は、子ども大人に関わらず、尊敬の対象となるでしょう」

「……ルール」

 僕は顔をしかめる。

 チッと舌打ちまで飛び出てしまった。

「ルールを守る人は、全く男らしくないと思うね。ていうかさ、ルールを守らなくちゃいけないという社会の考え方自体がくだらないよ。たとえばさ、うちの学校って、シャープペンシル使用禁止ってルールがあるじゃん? でもさ、あれって合理的な理由何もなくない? どう考えてもシャープペンシルのが便利じゃん。鉛筆と違っていちいち削る必要もないし、芯もすぐに補充できるし。いや……百歩譲ってシャープペンシル禁止まではいいよ。でもさ、ロケット鉛筆まで禁止するってどういう了見なのよ。そんなのルールにないじゃん! ロケット鉛筆禁止なんて明言されてないじゃん! 拡大解釈が過ぎるよ! ちくしょう、僕のおニューのロケット鉛筆を没収しやがって。絶対に許さないからなっ。ということで、ルールを守る人は男らしくないです、はい」

「はぁ……」

 今の話には同意できなかったのか、かえってきたのは覇気(はき)のない返事。

 徐々に尊敬の念が()がれ落ちているのを感じ、空気を切り替えるためにゴホンと空咳をはさむ。

 このまま学級崩壊(ひとりしか生徒がいないけど)に(おちい)ってしまったら、職員会議(僕しか先生はいないけど)になってしまうので、さっさと結論に入ることにしよう。

 僕は差し棒を教卓に立てかけると、真新しい白のチョークを手に取り、

「男らしいってのは、すなわち」

 その答えを黒板にガリガリ書きつけていく。

「友が困っている時に――迷わず手を差し伸べられることを指す」

 この時、僕的には一番の見せ場のつもりだったのだ。

 ちょっと声を低めにして重厚感を出したし、普段の悪筆を()じ曲げて読みやすい文字を書くよう心がけた。

 だが、友が困って、のところでチョークがポキリと折れてしまった。

「…………」

 なんと言いましょうか。

 この水たまりに(すべ)ってずぶ濡れになったようなカッコのつかなさを。

 原則として、師とは弟子の前では常にカッコよくてはならない。

 常に威厳(いげん)を保ち、弟子を導く存在でなければならず、たとえ虚栄(きょえい)だと言われようとも、見栄を張れなくては師とは呼べないのだ。

 ほら、たとえばさ、めっちゃいかつい感じの師匠がさ、陰でこっそり女子向けのスイーツとか食べてたらさ、なんか違うなーって思っちゃうじゃん。急にゆるキャラ感が出ちゃうじゃん。単行本の巻末にあるオマケ漫画の裏設定感が出ちゃうじゃん。

 ってなことを秒で考えた後、さて、どうやって威厳を取り戻そうかなぁと近藤くんを見ると、

「…………」

 彼は、黒板の字をじっと見つめていた。

 思わし気にあごに手を添え、背中を丸めた姿勢で、食い入るような瞳をして、途中までしか書かれていない不完全な文章を見つめている。

 極度に集中した生徒が見せるような、(したた)り落ちる知識の(しずく)を一滴すら逃さまいとする、吝嗇(りんしょく)さを感じさせる勉学の態度であった。

 その態度に、面食らったのは僕の方だった。

 正直、何かしらの深い意味を込めた回答ではなかったからだ。

 そもそも、これが僕自身の言葉であるかも怪しく、マンガかアニメかで取り入れた一句かもしれないし、酔った父さんが語る胡散臭(うさんくさ)い人生論が記憶の奥底に残っていたものかもしれない。

 真剣に受け止められるとは思っていなかったので、端的(たんてき)に言えば動揺していた。

 ……どうやって二の句を継ごうか。

 近藤くんは、校門に立つ二宮金次郎像のように全く動かず、ノート上の鉛筆を拾い上げようともしない。

 この生真面目すぎる、むず痒い空気に、僕はいよいよ困り果ててしまって、

「だから近藤くん、僕が先生に怒られている時は、即座に援護射撃をするように」

 と、いつもの軽口によって、空気そのものを破壊してしまう他なかった。

 シャボン玉がはじけるように、ハッとした表情で我を取り戻した彼は、

「嫌ですよ。〇〇くんが怒られているのは、いつもあなたが悪いからでしょう。自らの悪行の報いを受けている人をフォローする(すべ)なんて知りません」

 器用に弟子の仮面を脱ぎ捨てて、いつものクラス委員長の仮面に取り替える。

 うーむ、オンオフの切り替えが素晴らしい。一瞬で、師に対する尊敬の念が消え失せてしまったぞ。社会人になったら、仕事とプライベートをキッチリ分けるタイプだな。仕事終わった後に飲み会とか誘っても絶対に来なさそう。まあ、僕も絶対に行かないだろうけど。

 なんとなく(しら)けた雰囲気になってしまったので、黒板消しで中途半端な文字列をかき消す。

「それでは、第一回〇〇プレゼンツの漢塾(おとこじゅく)は終了。各自(かくじ)、復習は(おこた)らぬように」

「各自といっても、おれしか生徒はいないですけどね」

 さらっとツッコミを入れつつ、筆箱とノートをリュックにしまう。代わりに取り出したのは弁当箱で、しゅるりと包みを紐解(ひもと)きながら、

「それじゃあ、昼食にしましょうか。早くしないと、午後の授業が始まってしまいますし」

「そうだね。お腹ペコペコで背中とくっつきそうだよ」

 僕もさっさと師匠の仮面を脱いでしまい、近藤くんと一緒にランチタイムを開始する。

 切り替えの早い者同士なので、こうしてすぐにクラスメイトとして接することができるのは、案外ありがたいことなのかもしれない。大人ならもっと面倒なしがらみとかがたくさんあるんだろうな、とかちょっと考える。

 たとえプライベートであっても、会社の上司と部下が全くフラットな状態で接することが不可能なことは、日々の父さんの愚痴(ぐち)から想定できる。

 やっぱり大人って、いいところないなぁ。

 おにぎりを頬張(ほおば)りながら、そう素朴に思った。


 とまあ、こんな形でスタートした漢塾(おとこじゅく)(漢と書いてオトコと読む)ではあるが、なかなか好調な(すべ)り出しだったのではないでしょうか。

 果たして、僕の益荒男(ますらお)論が近藤くんにどの程度の効用をもたらすのかは謎ではあるが、今のところ、興味深そうに講義を聞いてくれているので、僕としてもありがたい。冷め切った観客ばかりの音楽フェスみたいな様相を(てい)さなくてよかったよ……。

 今回、人生で初めて教師役を務めることとなったのは、僕としても貴重な経験だった。おかげで、いろいろと実感したことがある。

 まずひとつは、授業というのは教師と生徒の両者で成り立たせるものということだ。

 教師からの一方通行の授業がいかにつまらないものであるかは、今さら説明するまでもないだろう。一時停止のきかないムービーのように、だらだらと垂れ流されるだけの講釈(こうしゃく)は、ほとんど耳に残りやせず、終始あくびを噛み殺すハメになる。

 授業がつまらないのは、全部教師のせいだ。

 今までは純粋にそう考えていたのだが、今回でそれが浅薄(せんぱく)な考えだと気づいた。

 我々生徒側にも反省すべき点はあったのだ。

 先ほどの近藤くんのように、積極的に授業にコミットする姿勢を見せれば、自然と教師側のやる気も湧いてくるし、眠そうな顔をしている生徒を相手にしていれば、モチベーションは下降線(かこうせん)辿(たど)っていく。

 つまり、授業はお互いに(おぎな)っていく必要があるのだ。

 どうすればわかりやすく伝わるだろう、どうすれば興味を持ってくれるだろう。教師はそう考えなくてはならないし、生徒もどうすれば理解できるのかを必死で考えなくてはならない。

 それを実行できれば、互いの相乗効果により、授業はもっと充実したものになっていく。

 先ほどの音楽フェスの例を用いれば、ミュージシャンも観客もノリノリの方が会場全体が盛り上がるのと一緒だ。

 そして、次に気づかされたのは、近藤くんがいかに優秀な生徒であるかということだ。

 正直に告白するけど、僕にとって、近藤くんのいい子ちゃんな態度は鼻につくものだった。

 教師からの質問があれば、いの一番に手をあげる。説明不足だと感じれば、逆に教師に質問する。

 以上のような、ちゃんと授業を聞いてますよアピールは、僕をはじめとする悪ガキにとって好ましく(うつ)らないのは当然だった。

 ケッ、()びを売りやがって。内申点稼ぎ、ご苦労様ですね!

 ってな感じで、彼に対しては(しゃ)に構えていたところがあったのだが、どうやら間違っていたのは僕の方だったみたい。

 単に、近藤くんは授業をより充実したものにしようと動いていただけなのだ。我がクラス委員長は、僕なんかよりもずっと前に、授業の本質というものに気づいていたらしく、教室内に硬直化した空気が生まれないように、常に気を使っていたのだろう。

 流石(さすが)だよなー。

 先生に可愛がられているのも、うなずける話というものだ。

 ってなことを考えながら、おにぎりを食べ終えると、

「そういえば、〇〇くん。夏休みの宿題はどの程度まで進んでいますか」

「あのさぁ……食事中に夏休みの宿題の話はマナー違反だって、親に教わらなかった? ったく、これだから育ちの悪いやつは」

「どこの世界の行儀作法(ぎょうぎさほう)ですか。まあ……その様子だと全然進んでいないようですね」

「おいおい、一方的な決めつけはよくないな。クラス委員長たるもの、クラスメイトのことをもっと信用すべきではないかね?」

「信用していますよ。〇〇くんなら絶対に夏休みの宿題に手をつけていないってことを」

「マイナスの方の信頼だったかー」

 あちゃーと(ひたい)に手をやると、彼は(あき)れたようにため息をつき、

「〇〇くん。提案なのですが、明日からは夏休みの宿題を持ってきてはどうでしょう」

「夏休みの宿題を? もしかして、夏期講習が終わった後に夏休みの宿題をやらせるような鬼畜(きちく)所業(しょぎょう)を……?」

「できれば、そうしたいところなんですけどね」

 フッと意味深(いみしん)な笑みを浮かべる近藤くん。マジでやりかねないから、変に行間を匂わせるのはやめて欲しい……明日から不登校になっちゃうぞ。

「やるのは放課後ではなく、夏期講習中にですよ。プリントの方も順調に進んでいますし、平行して夏休みの宿題に着手してもいい頃合いだと思いましてね」

「え、夏期講習中に夏休みの宿題をやってもいいの?」

「全く問題ないです。むしろ、夏期講習を夏休みの宿題をやる場として考えている子もいるくらいですよ。ちなみにですが、宿題をやる場合であっても、わからない点があれば挙手して()いていただいて大丈夫です。おれか先生かが教えに行きます」

「でも、二足の草鞋(わらじ)を履いていいのかな。夏期講習用のプリントと夏休みの宿題とじゃ混乱しちまいそうになる。どっちかに集中した方がいい気がするけど……」

「どうして、そこで謎の(しぶ)りを見せるのですか。おれはもう嫌ですよ。夏休み明けに、担任の先生と醜悪(しゅうあく)攻防(こうぼう)を繰り広げる様を見せつけられるのは」

 近藤くんとは、去年も同じクラスだったからな……九月一日が修羅場となるのをご存じらしい。なんなら、今年も夏休み前に名指しで牽制球(けんせいきゅう)投げられているからな。「今年こそはマジで頼むぞ」と全然笑っていない瞳で念押しされたっけか……。

 ふーむ。

 でも、これはチャンスではないか。

 どうせ、家でコツコツ夏休みの宿題をやるタイプではないのだ。この夏季講習という場の勢いを借りて、一気に終わらせてしまうのも手ではないか。

 というか、近藤くんの言う通り、これを断る理由が全くなかった。

 何も僕だって、好きで担任の先生とバトルしているわけではないのだ。僕もそろそろ中学生になるわけだし、悪童を卒業するタイミングが来たのかもしれない。

 というわけで、僕は近藤くんの提案を——

「いや、やっぱりやめとくよ」

 ——その直前で、断った。

 僕の回答を受けて、彼は露骨に顔をしかめている。またぞろ、僕が無意味な反抗をしていると思っているのだろう。

「いい加減にしてくださいよ。少なくとも〇〇くんの場合は、夏期講習用のプリントよりも夏休みの宿題の方が、優先度は断トツで高いでしょう」

「近藤くんの言っていることはわかるんだけどさ……ほら、まずは基礎をしっかりさせないと。せっかくプリントが着実に進んでいるんだから、一歩一歩、確実に階段を上がっていく必要があると思う。それにさ、僕がプリントと宿題の両方を同時にやれる器用さを持っていると思うかい?」

 自分の提案が断られて不満に感じるところはあるようだが、僕の言うことにも一理あるとは思ったのか、近藤くんは弁当箱のフタを閉めると、わかりましたと脱力してうなずく。

「〇〇くんが、そこまで言うのなら強制はしませんが……けど、宿題は家でしっかり進めておいてくださいね。アサガオの観察日記は、ちゃんとつけていますか」

「大丈夫。無駄に書かなくて済むように、もう枯らしておいたから」

 説教する気力すら失せてしまったようで、メガネの奥の瞳はひたすら軽蔑の色に染まっている。

 ……明日からの漢塾(おとこじゅく)は大丈夫だよね? 師匠に対する尊敬の念は死滅してないよね? 授業をボイコットしたりしないよね?

 僕はハハハと乾いた笑みで誤魔化しながら、同じく弁当箱のフタを閉めたのだった。


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[一言] 面白いのにィ!面白いのにィ! エタってる!かなしみをかんじる
[一言] ヤンデレスレから来ました。 とても面白かったです。 続きがとても気になりました。
[一言] 更新嬉しいです! 久々の更新がまるまる1話近藤君で草
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