第五十話
この話始まって以来の最長文ですww
メイに抱き起こされて、キジュツは何か言おうとしたのだが、血を吐いてしまい明るく振舞っているつもりなのだろう。
「メイ、ごめんな…。
服汚してしまったね。」
キジュツが何か呟いたのだろうか、メイはただ首を振るだけ、そのかわりコロウがもう自分に危害が及ぶ事はないのを明らかに確認するように近づいて口を開いた。
「ふん、結局お前は覚悟がないだけじゃないか。」
「あ、兄様…っ!!」
メイが続けてなにか言おうとするが、キジュツが震える手でそれを制した。
「ふん、苦しいか、そうだろうな。
こういう時は首を切れば、格好のついたモノを…。
だから、お前は愚かというのだ。」
そう言って、コロウは槍を手にして皮肉混じりにキジュツに聞いていた。
「解釈をしてやろうか?」
あまりにも慈悲のない言葉なのだろう。
メイは怒りを感じたのだろうか立ち上がるが、それをみたキジュツの大きな笑い声にお互いが注目するワケはすぐにわかった。
「はは…」
キジュツの本来の笑い方に戻っているのだろうか、清々しさすら感じさせるその笑いは出血によって阻まれてしまうが、キジュツはようやく答えた。
「それは断る…よ。
胸を突いたのはね。自分なりに考えがあったからね。」
『げほげほっ』と咳き込んだので、コロウはまだ、ふざけているのかと思っているのだろう笑い出して聞いていた。
「この期に及んで、何が『考えがあった』だ。
お前は、今の状況がわかっているのか?」
「わかっているさ。」
「おもしろい、どうせくだらん事だろうが聞いてやろう。」
お互いに笑っているのだろうが、キジュツはもう笑う気力もないのだろう、おなかで笑いながら真っ直ぐ兄を見つめ直して、口を開いた。
「影腹だよ。」
「影腹、何だそれは?
お前は何を言っているのだ。」
「兄さん、この国にはね。
昔、偉い人に対して、地位の低い人が物申すときはね。
あらかじめ、切腹しておいて、言う文化があったそうだよ。」
「ふん、じゃあ、お前は腹を斬る代わりに、胸を突いたというのか、おもしろい、何を言うつもりなんだ?」
「ははは、そうだね…。」
咳き込みながら苦しむ兄を見ていられないのか、メイは何とかしようと部下に助けを求め、もう何も喋らないように言っているのだろうが、キジュツは構わず、それを払いのけて何かを言った。
「兄さん、メイの事を…後は頼むよ。」
この離れていてよく聞こえなかったが、あの兄にとってはよほど思わぬ一言だったのだろう。
それを見たキジュツの笑っていたのが、よほど気に入らないのだろう。
コロウはメイを跳ね飛ばし、胸倉を掴み怒りながら聞いていた。
「どういう事だっ、お前は私が憎いんじゃないのかっ!!
私を殺したいほど、憎いはずだっ!!」
「はは…、そうだね。だけど、そんなのはね。
こう最後の時を…ゴホッ!!
迎えるとなるとね。こんな恨みは小さなモンなんだよ。」
息苦しく精一杯、呼吸しながら虚空を見上げて呟いていた。
「もうショアン兄さんもいない、先代もいない。
…そして自分は死ぬ。
もうメイにとっては、頼る事が出来る人物は、兄さんしかいないんだ。
今度は兄さんの番だって事だよ…。」
「何をバカな事を、まだ勝負はっ!!」
「…もうわかってるはずだと思ったんだけどな。
この場にいる人間だって、もうわかったはずだよ。」
周りをみるキジュツは何を思っているだろうか、ただそれが理解出来ているのは華中会の部下達だけだろう。
目線が過ぎるたびに、誰もが自然に頷いていた。
「それで、私がその役をやると頷くと思うか?」
「思うさ。
僕が間違いを犯した様に。
兄さんだって、間違いを犯しているからね。」
「間違いだと…?」
自分達が近寄る頃には、キジュツの『訴え』が聞こえてきた。
「…この様子だと気付いていないようだね。
あはは…げほっ!!
まあ、いいや、兄さん、最後にこれだけは言わせてよ。
僕の様に…死んで方角を指し示すような事はしたら駄目だっ!!」
抜け落ちた鎌が、まるで最初から砂で出来ていたかの様に崩れていく。
「…最後にメイ…こういう結末になってしまったけど…っ!!」
もう咳き込む力も無いのだろう。
「別に後悔はしては…いないっ!!
だって、こんなに笑えたのは久しぶり…だからね!!
キミは…間違っていないよ…。
だから…しっかり…な。」
メイの頬に当てキジュツは、しばらく見据えていると彼女は泣いていた。
涙を拭おうとするが、それは叶わない。
何故なら彼は、自分の仕事を成し遂げたのだ…。
「くくくくっ…あははは!!」
しかしコロウは笑っていた。
「何がおかしいのですか?」
「コレが笑っていられるモノか、『間違いを犯している』だと?
誰が、どこで、何を間違えたというのだ?
そんな戯言に誰が騙されるというのだ?」
『なあ?』とアシェンや部下に聞くが、当然誰も答えない。
「貴様ぁ!!」
その代わりレフィーユが怒りを込めて飛び掛ろうとする。
だがそれを身を乗り出して止めて、代わりにこう答えた。
「教えて上げましょうか?」
これは自分の仕事だと思うからだ。
「何だと、華中会でない貴様に何がわかるというのだ?」
「そんなのはどうでもいいんですよ。
ですけど、答えがわかっているのに、教えてあげないというのは、貴方にとっては苦痛でしょう?」
「苦痛だと?」
そして、自分は『怪人であり、狂人であり、生きてて良い道理のない男』、漆黒の魔道士だ。
「けど、これは貴方が見つけなければならない『答え』だと思うのですけど?」
こういう時なら、よろこんで悪になってやろうと思った。
「…それでも、私が言っていいのですか?」
「何をごちゃごちゃと、さっさと答えろ。」
「最初からですよ。」
「何?」
「貴方は、最初から間違えていたんですよ。」
この男は知っていたのだ。
メイの実力を…
おそらく、キジュツより先にだ。
「どうして、その事から目を背けてしまったのですか?」
「盗聴したらそんな事を聞いてしまったというのか?
許されると思うのか?」
「貴方の最大の間違いはその一言も相談せず、自分の地位の保身を考えた事にあるのですよ。
そして先代であるオキナさんはね。
『盗聴』されていた事に気付いていたのですよ?
最後まで、貴方の口から言ってくれる事をずっと待っていた。
と私は思いますが?」
「それは、私だって、それを考えていた。」
「ですけど、貴方は口を紡いだ。」
「それのどこが悪いッ!?」
ゆっくりとキジュツを指差して、わからせるようにゆっくり答えてあげた。
「結果は、この有様だと思いますが?」
次に指を差すのは、穴の空いた天井の先にある部屋、それは何を指したのか言うまでも無い。
「貴方は殺人罪で罪を問う事は出来ませんから、言ってあげますけど、私は貴方が2人を殺したようなモノだと思いますよ。」
言い過ぎたのかもしれない。
だけど、これくらい言わないと堪えない気付かない人間は山ほどいる。
コロウも、その一人だ。
「ですけど、良かったですね。
貴方はキジュツさんに『死んで方角を指し示すような事はしたら駄目だ』。
なんて言われて、許されているのですからねえ。」
「…あれは許しだったのか?」
その証拠に、そんな事すらも気付いていない。
「…ホント、哀れですね。」
聞こたのか、聞こえていないのだろうか、コロウはただ拳を握り締めたまま動かなくなっていた。
その時、レフィーユの通信機の音が鳴った。
「私だ?」
「レフィーユさん、お喜びください。
ようやく警察が重い腰を上げました。
私の説得に応じてくれたんですよ。
この…。」
ブツッ…。
レフィーユは、すまなそうに自分を見つめた。
彼女自身、そんな事は頼んでいないだろうが、あと数分すれば、警察が雪崩れ込んでくる。
そうなると、自分のすべき事は一つだ。
「さて、帰りますかね。」
「帰るのか?」
「まあ、これ以上、自分には何もやる事はないでしょうからね。
後は『華中会』の自身の問題ですよ。」
「そうだな。
じゃあ、後始末は私に任せておくのだな。」
「それは駄目です。」
「どうしてだ?」
「貴女は病院に行く、いいですね?」
「ふっ、わかった。
後は治安部のアイツに任せておいて、私は忠告通り、病院だな。」
「それじゃ。」
穴の空いた天井の端に闇をくっつけ飛び立とうとすると…。
「おいっ。」
こんな感じでレフィーユが止めるので、ちらりと見るとメイが駆け寄って来たのが見えた。
だがこれ以上、関わるのはやめておいた方が彼女自身の為にならないだろうと思ったので、思い切り飛び上がった。