第四十話
「―もともと、ショアン兄さんはボスになるつもりは無かったのさ。
メイが適齢になった時、代替わりをするつもりだった。
当然、『あの時』の真実を話してね。
だが、その事に納得がいかない人間もいた。
それがショアンの秘書だったのさ。」
「どうしてその秘書は納得しなかったのですか?」
「秘書の地位は、その支えている人間によって決まるからだよ。
もしボスである兄さんから、妹であるメイに、それも無条件で変わるとなると…。
組織に属していないお前でも何となくわかるだろう?」
『アヒャヒャ』と相変わらず気味の悪い笑い声を上げていたが何となく理解出来た。
それをメイが大人になる前に『口外』すると騒いだのだろう。
そうなると、ショアンがしなければならないのは『口封じ』だ。
メイのためを思ってやったのだろう。
その事もメイは気付いていたのだろうか、しばらく目を伏せてキジュツに聞いた。
「兄上、どうしてじゃ、どうして二人とも殺さなければならなかったのじゃ?」
「ああ、あれは事故だったのさ。
ショアン兄さんを殺すつもりなんて最初になかった。」
「そんなっ、事故で済まされる問題なのですか、兄上っ!!」
メイの正論にしばらく黙ったままキジュツは懐から注射器を取り出して聞いてきた。
「魔道士、コレを覚えているな?」
忘れるワケもない、今回の始まりの道具…。
『人を怪物にするほどの強力な魔力強壮剤』
「まあ、実験の為に犠牲になったと思えばいいさ。
『この男を殺すため』にね。」
そうやって、にこやかに指を差す先にはコロウがいた。
「まるで見下すような目で見ている貴方が、まるで自分が華中会の代表だと言う、その当然の様な態度…。
兄さん、私はね。いつも貴方が憎かった…。」
漆黒の魔道士として行動していた経験上、キジュツから殺気が溢れ出ている事が見て取れた。
「ふふっ、はははは…。」
だが、コロウは自分が命を狙われているというのに笑っていた。
「コロウさん?」
「コレが笑わずにいられるか…。
仮にキジュツ、お前がその事件に関与していたと考えてもおかしいだろう。
お前に聞くがあの事件の怪物は何処にいるのだ?」
「くくっ、言われてみればそうだね…。」
今度はキジュツも笑い出した…いや、目が笑っていなかった。
「その態度が気に喰わないんだよっ!!」
『自身への薬物投与による。
自我を失わない、自身の強化。』
これこそがキジュツの目的だったのだろう。
オキナを無抵抗のまま葬ったあのスピードで手にした鎌でコロウの首元を捕らえようとした。
「っ!!」
突然、頭上に竜巻が打ち下ろされ、キジュツは驚いて凄い勢いで後ろに下がった。
「メ、メイ?」
こっちは初めて見るメイの本当の力に驚いたコロウは眼鏡をずらし、腰を抜かしていた。
「さすがだよ、メイ。
だけど今のは、おしかったね…。」
『アヒャヒャ』と自分の身体能力に酔っているのか大笑いしているキジュツを見ながらメイは耳打ちをした。
「ワシが兄上を引き付けておくから、お主は兄様を安全なトコロへ…。」
「無理ですね。キジュツさん、ドアを塞いでますよ?」
「大丈夫じゃ、ワシが何とかする。」
「…どうやって?」
「よいから、下がっておれっ!!」
再度キジュツに向かって竜巻を放つ。
だが、今度は竜巻を大きく作り出したせいで、形成に時間が掛かり過ぎて床に着弾する時には簡単に避けられてしまった。
「メイ、まだコントロールが出来ていないのならそこにいる最も弱い兄さんに協力を頼んだらどうかな?」
あざ笑うかのようにキジュツはそんな事をいうが、時間が掛かりすぎたとは言え、普通の風の西方術者がさっきの大きさに形成しようとすれば1分は余裕に掛かるのに対して、メイは2秒でやってのけただけに、やはりメイの中には計り知れない魔力量があると直感できた。
そして、床が崩れた。
これがメイの狙い、それによってコロウと自分は亀裂に呑まれて下の階に下りる事が出来たが…。
メイだけは亀裂から逃れたので、それで目があった時には笑っていた。
『しまった』と思った。
「メイさんっ!!!」
落ちながら大声で名前を叫ぶ。
気付くべきだった…。
本当のメイの目的は一人で戦う事だと…。