第三十三話
「それでも、ワシにとってはかけがえのない、『家族』なのじゃ。
確かに将来、兄上達と殺し合う事になっておった。
じゃが、幼少の時に味わう事が出来た家族のぬくもりを教えてくれたのはお爺様なのじゃ。
兄弟の大切さを教えてくれたのは兄者なのじゃ。
ワシはそれを教えてくれた二人を偉大じゃと思っておる。
それを踏みにじったモノをワシはただ…。」
聞く所によると、メイは孤児院で育ったらしい、その手前、『家族』というモノを知らずに育ち、当然『兄弟』というモノも知らずに育ってきたのだろう。
そして、その中で例え悲しい儀式を控えていたとはいえ、そこで学んだ『家庭』というのはメイはもう手にする事が出来ないとわかっているのだろう。
「許せないだけじゃ…。」
ただその一言で、彼女の決意は十分に受け取れた。
「道を開けてくれるのであれば、ぬしに手荒なマネはせん。」
『そこをどけい』とそういって自分を睨みつける、そんな彼女はもう可愛くなく、そこにあったのは殺意だった。
「…それでしたら、余計に行かせるワケにはいきませんね。」
格好をつけたそんな台詞しか言えなかった。
自分に決意を固めた人間がどれくらいの言葉で正論を言っても、もう止める事が出来ないというのが、『漆黒の魔道士』として忌み嫌われ続けた自分の中での経験からわかっていたからだ。
何かがメイの右手に集まって圧縮されていくのを見て、自分の中の何かが悪寒で必死に命の危険を知らせる。
もうこれ以上彼女を止める事が出来ない。
もう手は一つだけ…。
…彼女を拘束する。
例え正体がバレてしまっても…。
決心してメイの影に潜ませた『闇』を発動させようと指先に力を込める。
すると、その時…。
「…もう騒がしいですわね。
こんなトコロで、何をやっているのですの?
ああっ、あなた!!!」
メイの後ろでユカリの声が聞こえた。
さらに自分を見つけるなりに自分の方に向かってきた。
「お姉さまだけじゃ、あき足らずこんな小さな子供までっ!!?」
「えっ、あのユカリさん、違いますよ!?」
突然の襲撃に、幸い暗がりだったので慌てて闇を消してユカリを見ると、もう自分が何かしらの犯人と決め付けるように言って来た。
「何が違うのか言ってもらおうじゃない、こんな衣装まで着させて。」
メイも、そんな突然の事に驚いたようだった。
だがいくら、メイが戦闘の経験・能力が低いとはいえ、このチャンスを逃すわけがなかった。
まるで手のひらを扇子のように、一回、二回と回す。
ただそれだけ…。
正確には、観察できたのは『それだけ』だった。
らせん状に『何か』の渦がゆっくりと徐々に速度を速め、コッチに向かってきたのだ
最悪な事にユカリは、まだそれに気付いていない。
「っ!!」
「えっ、きゃあああっ!!」
思い切り跳ね飛ばし、自販機にユカリをぶつけてしまう。
「最後は暴力に訴えるなんてホント最低ですわ。この事はお姉さまに…。」
のんきにユカリはそんな事を言ってくる。
そんなのは構わずメイを向く。
「ぐあっ!!」
体が捻り上がっていくのを感じながら、吹っ飛んで壁に叩きつけられ、まるで大きな通路が出来上がったかのように壁に穴を空けた。
「ほう、加減をしていたとはいえ、まだ立てるとはのう。」
捻り上げられて悲鳴を上げる身体を起こし前を向くとメイはそんな事を言ってきた。
奥の方にいるユカリは、何が起こったのかわからずメイをただ見ているようだ。
メイはそんなユカリに構わず外に出て、自分の傍によって来て見下ろしたまま夜空に手を掲げ無造作に下に下ろした。
「がっ、はぁ」
突然、呼吸が出来なくなる。
「ぬしに教えてやろう、ワシの『風』は『空気』、ワシが操るは、不可視の衣じゃ。
ぬしの周りの空気の流れを操らせてもらったぞ。」
おそらく、この技でレフィーユも気絶したのだろう。
そんな事を考えながら、何とか気絶すまいとあがく。
「……。」
視界ががぼやけて頭がしびれて来たのを、メイは確認したのち、そのまま雑木林の中へと歩いていくのをみて。
「ま…て。」
自分も膝まつきながら、逃がすまいと、手を前に出して『闇』だそうとするが…。
ユカリの姿が視界に入り…。
「……。」
あっけなく、そのまま気絶した。