第三話
実際見たほうが速いだろうと思った自分は、手のひらから黒い球体を作り出しレフィーユの足元に転がした。
…当然、成分は自分の西方術の『闇』。
「強度は自分の魔力によって変わるという事か…」
昼時の日射しが屋上を照らす中、夜の球体がそこにあった。
西方術は火や水などの物質を作り出す魔法である。
自分は本来だと気味悪がれるモノだが、彼女はそんな事は関係ないらしく、いろんな角度から観察したり、サーベルで突ついていた。
やがて、なんの害もないのを理解したのだろうか、サーベルで引っ掛けて、こちらに転がしてきた。
「まあ、イメージ的には、強度のある粘土と思ったほうがわかり易いですかね?」
転がる途中で人形に変え、『マイムマイム』を踊る黒い『闇』は、ジャンプして石畳に溶けた。
「じゃあ、レフィーユさんのサーベルを見せてくださいよ」
「別に構わないが、恥ずかしい事だが私のは、普通の東方術で作るサーベルと変わらないぞ?」
「構いませんよ、レフィーユ・アルマフィのサーベルなんてなかなか手にする事はないですからね」
『なるほど』とそう言って、彼女は手にしていた自分のサーベルを足元に放り投げた。
魔力を行使して、このように武器を作り出す事が、東方術という魔法だった。
彼女が作り出したサーベルを拾い、『ヒュンヒュン』と振り回していると、よっぽど不器用に扱っているように見えたのか不意に彼女は笑い出した。
「サーベルなんて使った事ないんですから、笑わないでくださいよ」
「ふっ、それは失礼した。
『漆黒の魔道士』でも、初めてのモノがあるのだな」
「そりゃ、緊急時に敵の武器を奪って投げ付けた事はありますけど、こうやってじっくり使う事はなかったんですよ」
「仲間とか、貸してもらう事は…あっ、すまん。
お前は…何というか…」
何を言いたそうだか何となく想像が出来た。
それは自分が『漆黒の魔道士』だという事は、基本的に単独行動、すなわち味方なんていないのだから…。
「別に謝らなくていいですよ」
「そうか、すまない」
「だから友達がいないって事じゃないんですから、謝らないでください」
「だが…」
「はい、謝らない」
まるで苦虫をすり潰したように、後ろを向きながらレフィーユは空を見上げて黙り込む。
「一ついいか?」
「何ですか?」
「味方がいないというのは、どうなのだ?」
「どうって言われても、一人で情報収集するのに時間掛かりますし、現場に行ったら、360度、攻撃が飛んできますから大変ですよ」
「…どうしてお前は、そんな状況でも事件に立ち向かうのだ?」
「周りの人と一緒ですよ。『自分も治安を守りたい』とね。
ただ『周り』と違うのは、仲間がいないだけです」
「気軽に言うモノだ。周囲はお前を認めてはいないのだぞ?」
「でしょうね、感謝なんてされた事ないですよ…。
この前なんか、助けたのに喚き散らかされましたよ」
「…お前は、それでいいのか?」
「『もう慣れた』と、そう言い聞かせてますよ」
「体のいい冗談だな」
彼女は、呆れたようにそう言う。
「確かに、その気持ちは何度もありますよ。
でも、最初に受けた自分の印象が『漆黒の魔道士』でしたからね。
悪評だったのですよ。
世間が自分を敵と捉えてしまった以上、覆す事なんて、難しいモノですよ」
「第一印象が人の七割を決めるというのは、良く言ったモノだな」
「あの人、変わったよね程度の変化は望めてしたが、距離を縮める事は、ありませんでしたよ」
「辛いな」
「これでも、こんな自分にも『ありがとう』って、言ってくれる人がいる人がいますよ。
だから、こんな事を続けられているのだろうと思いますよ」
そうはいうが、実際を知っている彼女は言う。
「手柄はほんの一握りか...」
さすがに黙り込んでしまうが、
「私は…」
次の台詞は、自分でも思いつかない事だった。
「お前に協力しても構わないか?」
「そ、それはいいですけど、貴女は…」
「レフィーユ・アルマフィが、お前に協力して、何が悪い?
その悪い人間は、どこにいた?」
そう言って自分の顔を彼女は、とても真っ直ぐに見つめて言って来たので、これ以上は何も言えなかった。
キンコーン…
「一応、逮捕する気は、無いみたいですね?」
「ふっ、疑われても仕方がないかもしれんがな」
そう言って彼女は下の階に降りて行った。
それを見送ると、自分もやる事もなくなったので、カギをちゃんと掛けて降りていく。
当然、午後の授業も騒がしいモノになるだろうと、予想しながら...。