第二十九話
「これ、どうぞ。ええと…?」
「おお、敵対してるのに悪いな。オレの事は気軽に『レミオ』って呼んでくれ。」
『レフィーユさんもどうぞ』と、冷たい缶コーヒーを3本買って2人に一本ずつ、自分に一つと回ったのを見て、夜空を下にして三人が自販機の周りを囲んでいた。
「実際、儀式って、いつ始めるつもりだったんです?」
「いや、未定だった。
だが、軽く見積もって2年後だったはずだと思う。
この辺りは、お前らでもワイドショー辺りで聞いているだろう?」
「『見積もって』というと、全員が成人を迎えるとかですかね?」
ぐいっと、コーヒーを一口呑みながらレミオは自分に聞いてきたので、それに頷くとさらに話を進めた。
「まあ、そんな所だな。7年前、俺達も当時のボスだった先代に…
『儀式は必ず行なうから、結果が出るまで、お前たちは、あまり4人に親密に接するな。』なんて言われてたりしてたのさ。」
「ナンセンスだな。そんな事をしてホントに自身が強くなれると思うのか?」
「確かに儀式自体に、そんな効果も無い事は先代も、4人も、俺ら全員知っているさ。
その儀式に求められている事は『意思の力』ってヤツだよ。」
「意思の力?」
「そうだ。例えばお前、喧嘩強いか?」
「いえ、あまり手荒なのは…」
「そうだろうな。まあ、悪く思うな。
例えばお前は俺らからしてみれば、そういうのが苦手そうに見えるんだ。
だがそのイメージを変えるとしたら、どうすればいいと思う?」
「喧嘩する?」
「大体正解だな。正確には『それをした上で勝つ』だ。
そうすればイメージは変わるモノだろう。
だがその中で、大切な事がある。それは…。」
「相手…ですか?」
「さすがにわかるか、弱い相手を選んで喧嘩したらタダの弱い者いじめだからな。
まあ、華中会は昔から、兄弟喧嘩をして『意思の強さ』だけではなく、その絆を深めていたのさ。
それがいつの時代か、『儀式』と呼ばれる様になった…。」
おそらく、魔法が使えるようになった頃からだろう。
『喧嘩』という名目だが、自分の能力の中に殺傷能力を秘めた『武器』があるのだ。
当然、当時は禁止されていたであろう。
だが、戦っている最中で抑えきれず興奮して使ってしまった。
ある意味、最悪の事態だったのだろう。
だが、それは『身内を手に掛けてまで実行する』という『意思の力』に書き換えられて、今まで伝えられてきたのだろう。
『儀式』と名前を変えて…。
「まあ、確かに文字通り身内に手を掛けたら、敵対、従属組織、世間にアピールするには、残酷な言い方になるだろうが、最適で簡単な手段だな。」
「ですが、それは『実行されません』でしたよね?」
「そうだな。段取りは進んでいたんだ。実際地元の国で、4人が個々に戦闘訓練を受けていたのを見たことがあるからな。」
「4人ともか?」
「ああ、その中でコロウ様と、長兄であるショアン様は格好になっていたな。
実際、俺達もあの二人が組織を継ぐものだと噂が立っていたくらいだ。
あとの2人は、まあ、言っちゃ悪いが、才能が無かったな。」
『だが…』と、レミオは自身にも疑問に思う事があったのだろう。
しばらく、考え込んで自分なりに整理しながら言った。
「コレはオレの勝手な想像だが、急に先代が儀式をやめにすると決めたのは、その戦闘訓練を受けている部屋からだと思う。」
そして『タバコ吸ってもいいかい?』と自分達に聞いてきたので『どうぞ』と言うと、タバコを取り出し自分の西方術なのだろう、咥えたタバコの先端に火が灯った。
それを見たレフィーユは、空き缶その男に差し出して聞いた。
「どういう事だ?」
「あれは、いつもの様に屋敷の見回りに行った時の話なんだがな。
いつもの巡回経路で、いつも通り戦闘訓練している手前の部屋に差し掛かった時だ。
その一室を先代とショアン様がドアを開けて、何やら神妙な面持ちで一室を覗いていたんだ。
ショアン様が、部屋に入って行くのを見て、自分も何か起きたのか先代に聞こうとしたら、珍しく驚いた表情で『来てはならんっ!!』ってな具合で、大きな声で止められたんだ。
…あの時、何があったのか解らない。
だが、よほど大きな声だったんだろうな。
その声を聞いた一番奥の部屋のキジュツ様が、トビラを開けて覗いていたのを覚えているな。
だけど、その次の日だ。
組織の全員を集めて先代はこう言ったんだ。
『皆、急で悪いが、ワシは儀式は行なわない事にする。』
当然、みんなざわめいた。
中でも、コロウ様は猛反対したが、先代は冷酷にもこう言ったんだ。
『反対は許さん、ワシは誰が一番強いか解ってしもうたのでな。
じゃから、ショアンに代を譲る事に決めた。』
てな具合で、ショアン様が華中会のボスを務める事になったのさ。」
「その先代、一方的にも程があるな。お前達の部下はそれで納得しているのか?」
「アンタ等、日の当たる場所で生活している人間にはわからないだろうが、マフィアの人間、まあ特に部下って人種は上の意向に従うもんだ。」
『だから納得はした。』と軽くレミオは笑っていたのが、気に食わなかったのかレフィーユは皮肉を込めて言った。
「ふん、結局、上の意向には逆らえないとはな、まるでどこぞかの企業と変わりないな。」
「まあ、そうだな。『死ね』と言われたら死ぬよ。」
「っ!?」
「何かおかしい事を言ったか?
これでもオレは華中会の一員だからな、それくらいの覚悟は普通だろう?」
あまりにも簡単にレミオはそう言ってのけたので、ホントに自分の命まで捨てる事も簡単にやってのけてしまうだろうと理解できた。
そして、これ以上レフィーユもそれが解ったのか、何も言えないで黙った為にしばらくの沈黙が生まれた。
レミオが口からタバコの煙を吐くと、煙は風に流れて虚空へと消えて行く、そんな風景を見ていると、沈黙を破る様にレミオは聞いてきた。
「で、そこの…。さっきから黙っているようだが、何か他に聞きたい事があるかい?」
「ああ、すいません。
…じゃあ、その『何か起きた部屋』って、変わったトコロはありませんでしたか?」
「変わったトコロ、あの部屋は全部作りは同じだからな。
いや、一つあったな。だが、これは…。」
「どうしました?」
「気のせいかもしれないし、軽く受け止めてほしいんだ。
あの事があってから、ショアン様は早急に訓練部屋部分を取り壊しが決まってな。
その際に、俺たちは立ち入りを禁じられていた。あの部屋の整理の為と、一度だけ入る事が出来たんだ。
その際に感じたんだが、おかしかったんだよな。」
「どういう事ですか?」
「いや、何でかわからない。もう7年も前の話だからな。」
「そうですか、じゃあ、ショアンさんってどんな人だったんです?
『儀式をやめてまで』、華中会のボスに成り得た人ですから、興味が湧きましてね。」
「ああ、あのお方はそうだな…。
とてもじゃないがマフィアのボスという人種に相応しくない人だったな。」
「随分な言い方ですね。」
「当然だ。俺らみたいな人間のトップってのは、普通は現場に出向かないもんだ。
捕まらない為でもあるし、当然の事ながら身を守る為でもな。
だが、何を考えているのか、いつの間にやら秘書を辞めさせるわ、現場に出向くわ、危険地帯の憲兵を務めるわ。
その振る舞いはボスだって自覚が無いのかって、自分でも疑うくらいだったな。」
「…そんな随分な人ならどうして部下に煙たがられなかったんですか?」
「オレは昔からあの人の部下だったから言える事だが、昔からそういう人だったんだ。
言葉使いは乱暴だが、何かしら気が回る人でな。
『親密に接するな』なんて言葉の意味を一番知っている年齢にも関わらず。
俺たちだけではなく、兄妹に接する人だったから、煙たいなんて思った事なんてないな。
特にメイ様は自分の子供の様に可愛がっていたよ。
昔な、メイ様が5歳の時に、顔に落書きをされても怒るどころか褒めてんだから、困った…。」
そう言い留まって何かを思い出した。
「落書きだ。あの問題の訓練部屋の壁には、昔のメイ様が書いた落書きが半分になっていたんだよ。」
「どういう事だ?」
「正確には壁が動いて埋まっていたんだ。」
「埋まっていた…ですか、そういう絵だったという事は?」
「顔が半分の絵なんて無いだろう?
ま、まあ、そんなに深刻に捕らえないでくれよ。さっきも言ったように軽くで良いんだ。」
「そうですか、じゃあ、最後に一つだけ良いですかね。」
「お前、意外と聞きすぎているな。まあいいや、何だよ?」
「貴方から見てで良いですけど、あの人がボスがホントに相応しかったと思っていましたか?」
「まあ、そうだな。確かにあの人はボスに相応しかったと言われれば、今でも疑問だ。」
あのボスの事を思い出しているのだろうか、軽く笑みをこぼしながらタバコを空き缶にねじ込み自分達に向き直った。
「だがな、部下へ思いやり。殺されるであろう運命だった。メイ様は元気に日常を過ごす事が出来る様になった。
キジュツ様に至っては、多くの企業経営を指揮する。
今や組織における重役に席を置かれている。
少なくともオレは、先代の決断は正解だったと思っているよ。」
その返答の中には、レミオの素直な気持ちが詰まっていた。
そして、その素直な返答の中にはコロウの名前は無かった。




