[プロローグ] レベル1
「ぼくとしょーぶしろ!」
「またにらめっこするのぉ……? もうやだぁ!」
これは俺、雨野鉢が幼稚園児だった頃の思い出。
「俺としょーぶしろ!」
「うわぁっ! 出たぞ、バチだあ!」
「もうやだよー! 野球にサッカー、テニスにバスケ。運動系の勝負は一通りやっただろー!」
これは俺が小学生の頃の思い出。
「俺と勝負しろ!」
「しつけーよ、嫌だって!」
「ルールも知らないのに、また囲碁とかチェスとかやらされんのはもう勘弁だ!」
これは俺が中学生の頃の思い出だったかな。
「勝負しよ?」
「可愛く言ったところで受けるつもりはねーーーーーーーーーよ!!!!!」
「何だよ習字で勝負って! どうやって勝敗付けるんだよ!」
これは先日の思い出。いや、先日なら出来事って言った方がしっくりくるか?
俺は自他共に認める勝負好きで、子供の頃から勝敗を求めて戦いを挑んできた。
何故こうなったのかは知らない。強いて言えば勝負に買った時の優越感、みたいなものが好きだった。
だが、最近はその優越感も不足しつつある。何故かって、余りにも勝負を挑みすぎた故に逃げられてしまうからだ。
何も言ってないのに、俺の顔を見ただけで逃げられる始末。
「あ"あ"あ"ー。勝負、勝負、勝負!」
「おまえ……怖すぎ。そりゃ誰も寄り付かねーよ」
今の発言は晴中江。小学校からの友人で、勝負は受けてくれないけど今みたいに飯とか雑談には付き合ってくれる面倒見のいい奴だ。
スタイル抜群、イケメンで、性格も良し。モテモテ街道まっしぐらなこの男が何で俺みたいな奴に付き合ってくれるのかは知らない。
曰く、飽きねーからとか言ってたけど、どういう意味なのか。
それはそれとして。話を戻すが、最近の俺は勝負事に有り付けずにいた。さっき言った通りこの学校、いやこの街中で勝負を受けてくれる者は一人としていない。
だから勝負に飢えて飢えて、今はゾンビみたいに唸る毎日。
「そんなに勝負がしてーかね」
「してーよ。三度の飯よりも勝負が好きだ」
「はあ、そうかい」
一度小さく溜め息を吐いた江は、ごそごそと鞄の中を漁りだした。
お? なんだなんだ。まさか勝負を受けてくれるのか!
そんな風に期待の眼差しを向けていた俺だったが、そういうことではないみたいだ。
「お前、VRゲームって知ってる?」
江はゴーグルのような物を二つ取り出して、俺に尋ねる。
「ゔいあーる? どなた様?」
「名前じゃねーよ! ゲームだっ、つってんだろ!」
「ああ、ゲームなの? いや、知らん」
ゲームにはあまり興味がなかった。勝敗を付けるならゲームこそ打ってつけではないか、と思うかもしれないけど、自分の身体を動かして戦う現実と違って、ゲームの戦いは勝った時の実感が弱かった。
それ故に、今まで勝負事にゲームを持ち出したことはない。だからVRゲームと聞いたところで興味もない俺が知るわけない。
「それは古い考えだな」
「古い?」
「今のゲームはコントローラー握ってボタンをぴこぴこするだけじゃない」
「つったって、所詮ゲームだろ」
「言ったな? 賭けてもいい。お前は絶対、なんで今までこんな素晴らしい物を知らなかったんだ! 俺の馬鹿野郎! って、空に向かって膝をついて嘆くだろう」
「嘆かねーよ! 俺をどんなキャラだと思ってんだよ!」
絶対あり得ない! ゲームごときで俺がそんな感動するわけねーだろうが。
◇ ◆ ◇ ◆
「なんで俺は今までこんな素晴らしい物を知らなかったんだ! 俺の馬鹿野郎ぉぉおおおお!」
俺はガクッと膝をついて空に向かって嘆いた。
こ、これがゲームだと?
今しがた体験した話をしよう。俺は仕方なく江に付き合ってVRゲームとやらを起動した。このゲームは夢幻のセカイというタイトルで、どうやらすきる? とやらを駆使して戦うそうだ。
キャラクリエイトを早々に終わらせた俺は、まず目の前に飛び込んできた光景に愕然とした。俺は異世界にやってきたんじゃないかってぐらい、そこに広がる光景は異質だった。
中世風の建物が連なる街並みや、どこまでも広がる大地。
これがVRゲームなのか……。
だが、それよりも一番俺の胸を打ったのは、戦いだった。モンスターと戦わせてやると言う江に続いて街の外へ出ればそこにはスライムという雑魚モンスターがうようよしていた。
この剣で、斬るのか? スライムを?
こちらに気が付いていないスライムを背後から斬り下ろす。その斬った感覚が確かに歯ごたえがあって、戦いを実感した。今のは不意打ちだったけど。
仲間をやられたスライム達は一斉に俺を攻撃してきて為すすべもなくやられてしまったが、それに抵抗している時も戦っている感じがひしひしと伝わってきた。
自分の身体を動かしている感じがちゃんとある。生死を賭けた緊張感もある。これは、かなり楽しい!
こうして、俺はまんまと江の言う通りのポーズで天に向かって嘆いたのであった。
「分っかりやすいよなぁ、お前」
「江! なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!」
「教えてやろうとは何度も思ったさ。でもその度にお前はゲームなんてやんねー、って話も聞かなかっただろうが」
「過去の俺の馬鹿野郎!」
これからは江の話をちゃんと聞こう。そう思いましたマル。
「だ、だけどこれからはこのゲームで遊べるんだ。江、このゲームはプレイヤー同士で戦うことも出来るんだったよな」
「ああ」
「くううう、楽しみ過ぎてテンションが変になるぜぇぇえ!」
「もう既に変だろ」
ドン引きの江は置いといて、俺は早速そこらにいる人間に勝負を挑みに行った。
「すみません! 勝負してくれませんか?」
「ああっ! そこのあなた、私のペットを知りませんか?」
「ペット? いや、知らないけど……それより勝──」
「そうですか。失礼しました」
? なんだ、今の会話?
何故か後ろで江が俯いているが、挫けずにもう一度勝負を挑む。
「あの! それより勝負を──」
「ああっ! そこのあなた、私のペットを知りませんか?」
「いや、知らねーって言ってんだろ!」
「そうですか。失礼しました」
「失礼するな、話を聞け! 俺と勝負──」
「ああっ! そこのあなた、私のペットを知りませんか?」
「知らねぇぇぇぇぇぇぇよ!!!」
なんだこいつは!!
同じ事しか言わねーじゃねーか!
どういうことか問いただすために後ろを振り返ると、そこにはゲラゲラと盛大に笑い声を上げる江がいた。
「あははははは! ひぃ……、も、もうダメ……笑い死ぬっ」
「お前、知ってたな……?」
「そ、そいつはNPCって言って運営が用意したモブキャラ。つまり同じ事しか話さねーのにお前ときたら必死に──ぶふぅっ! だ、ダメだ思い出すだけで笑いがっ!」
まず最初にこいつを血祭りに上げようか。ポキポキと拳を鳴らす。
よくよく見れば周りにいるPC、つまりプレイヤー共も俺を見て笑っていた。
恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたいぐらいだ。
「ど、どのみち勝負はもう出来ねーよ。昼休み終わっちまうだろ」
メニュー画面を開いた俺は右下に表示された時計を見る。ああ、本当だ。もう午後の授業が始まっちまう。
「なら続きは放課後だな」
「いや、何言ってんのお前」
「は? 何、って?」
「お前VRギア持ってないじゃん」
「え、今付けてるこれ……」
「それ俺の。正確に言えば俺の彼女のもの」
え? じゃあ、なに?
こんな素晴らしい物を俺に教えといて、VRギアは譲らないということ?
いやいやいやいやいや!
「ざっけんな! 俺を弄びやがったのか!」
「やりたいなら買えばいいだろ、VRギア!」
「皆さーん! 俺はこのコウってPCに散々弄ばれた後に捨てられました! 皆さんもコウってキャラには気をつけてください!」
「お前こそふざけんな! デタラメを吹聴すんな!」
ああ、もう。勝負が出来ると思った矢先にこれだ。VRギアって幾らするんだろう。
◇ ◆ ◇ ◆
「た、たけぇ……」
VRギア、五万円。いや、五万であの体験が出来るなら安いもんかもしれないけど、バイトもしてない男子高校生のお小遣いじゃとても買える代物じゃない。
「くそー。俺のゾンビ化が更に進行すんぞ、クソッタレ」
思う存分、勝負が楽しめると思ったのに。これじゃ生殺しじゃねーか。
父さんに土下座して買ってもらうか? いや、ダメだろうな。この前、習字セット買ってもらったばっかだ。
「どっかに落ちてねーかな、VRギア」
そうそう都合良くいくわけもない。諦めて家に帰ろう。帰って習字やろう。
踵を返して店から離れようとした矢先、目の前のゴミ捨て場に光る何かを見つけた。
これって、VRギア?
「あ、あの! これってVRギアじゃ?」
「ん、ああそうだよ。壊れて使い物にならないから捨てたんだ」
そんな勿体無い。直せばまだ動きそうだ。俺は店員さんにこれを貰ってもいいか尋ねる。
「ああ、別に構わないよ。捨てたものだしね」
やった! 壊れているとはいえ、VRギアを手に入れたぞ!
家にある工具で修復出来るかもしれない。善は急げともいうし、さっさと家に帰ろう。俺は全速力で一度も休むことなく家に向かった。
家に着いた俺は早速、工具を取り出した。実を言うと、俺はこういった精密機械を修理したことなど一度もない。
でも何とかなる気がしていた。根拠はないけど。
「うへぇ……。ケーブルうじゃうじゃ」
どこが壊れていて、何が原因なのか、全くワカラナイ。
ケーブル同士の絡みが問題なのか? それともこっちのケーブルがどこにも接続されていないことが問題?
とにかく思い付いたことは全部やる。余計酷くなったんじゃないかって思わなくもないが、気にしないことにした。
「取り敢えず、やれることは全部やった」
後はこれを装着して、無事に起動するかどうか。
俺はベッドの上に横になり、VRギアをセットした。神に願いつつ、そっと起動ボタンを押す。
『VRのセカイヘようこそ』
「キタあっ!」
あんなデタラメな修理でも直るもんなんだな。さっ、早く俺をあの世界へ連れてってくれ!
『それでは、夢幻のセカイをどうぞお楽しみください』
「はーい」
俺は遠足で引率される小学生のように元気よく返事をした。それほどまでに、俺のテンションは最高潮だった。
「よっ、と。おおー、相変わらずスゲぇな……」
この光景は何度見ても溜め息しかでない。ゲームの中とは思えないほど精巧な作りだ。
っと、早速モンスターのお出ましだ。さっき戦ったスライムが一匹か。これなら楽勝楽勝。
──あれ? そういえば、何で俺街の外にいるんだ?
新規プレイヤーは街の中からスタートするんじゃなかったか。
「ま、いいや。取り敢えず武器武器。これでいいか」
足元に落ちていた手頃なサイズの木の枝を手にスライムに躙り寄る。
「今回は正々堂々と戦おう。こっちに気づけ、スライム!」
俺の声に気が付いたスライムは、ぴょんぴょんと跳ねながら威嚇? をする。
「覚悟しろ!」
スライムは身体を伸ばして真っ直ぐに俺を攻撃してきたが、それを横に飛んで避ける。ガラ空きとなったスライムの身体に木の枝を容赦なく刺し込むと、悲鳴とも似つかないノイズっぽい音を発しながら消え去った。
よし、レベルアップだ!
さっきはスライム一匹倒したところでレベルが2に上がった。だから今回もそうかと思ったのだが。
「あれ? 上がんねぇ」
同じスライムでも貰える経験値が違うのかな。なら、もっと倒そう。
スライムを見つけては狩り、また見つけては狩りを続けて30匹。一向にレベルが上がりません。
「どうなってんだよ。まさか街スタートじゃなかったからか?」
街の外から始まったから、正規の進行から外れてしまったのかもしれない。
なら一度街に戻らなければ。マップを表示させるためにメニュー画面を開くと、視界の端にある表記を捉えた。
Fetter Skill?
それをタッチして詳細画面を開く。なになに、このスキルを所持する者は今後一切レベルが上がりません!?
「はぁあああ!?」
レベルが上がらないって、ずっと1のままってことか!?
いや待ってほしい。レベルが上がらなければ基本ステータスが向上しない。つまり俺はずっと弱小ステータスのまま戦わなければいけないということだ。
そんなのってあるか? ゲーム全否定だろ。
がくり、とその場に膝をつく。折角、楽しめると思ったのに。俺の攻撃力じゃ、レベルが高い相手と戦ったところで1しか与えられねぇ。
はは、ははは。ぬか喜びさせやがって。
Fetter Skillを忌々しげに眺める。これが無くなればいいのに。どうにかして削除できないか探っていると、また新しいスキルを見つけた。
Only Skill?
ちょ、もう勘弁してくれよ。これ以上に何があんだよ。
恐る恐るそれにタッチした俺の目の前に開かれたそれは──。
『クリティカル攻撃が10000倍になる』というものだった。