第1話 日常
私立羽栞端学園。東京都に位置し、それなりの名門校として知られている。個人の才能を育てるという校風に則して、ある程度の能力がないと、入学できない。しかし、ある程度なのだ。比較的受験が易しい上に、教育に熱心なのが、人気の理由のひとつである。
——さて、話題は主人公のところに移る。
彼の転校先のクラスは3年生で、学園の第1期生にあたる。個性的な生徒が揃いに揃っている。物語を形成するのに十分だ。
そんな彼らは、4日間行われた秀才選抜テストの最終日を迎え、物理と地理と家庭科を終えたところである————。
「おっしゃあぁぁっ! やっと終わったぁ!」
「こら、まだ解答用紙回収してるんだから、静かにしてて」
「は~い」
普通通りのテスト後の雰囲気が流れる教室。
いや、何かが違う。半数くらいの生徒が青ざめた顔をしている。
「何だ、お前ら100点取れんかったのか? そりゃあ残念だったな」
「やめるんだ、藤木君。 だいたい君だって100点かどうかわからないじゃないか!」
「何だと? 渋木。俺はさっきの物理で余裕で満点取ってんだよ!」
この教室は昼間からただならぬ雰囲気を感じさせている。
「こらこら、2人ともやめなさい————えー、では結果は土日のうちに通学許可証とともに合格通知として送ります。泣いても笑ってもそれが結果です。じゃあ、気をつけて帰ってね」
先生が去ると、今日のテストどうだった? などという会話が始まった。
「じゃあやっぱり藤木君物理100点なんだー。すごーい」
イケメンで頭もいい藤木信輔の周りには、女子がたくさん集まっている。
「西芳さんさすが! 僕らには家庭科なんてできっこないよなー」
その隣の席には、うんうんと大きく頷く男子たちと、顔を少し赤らめている美少女がいる。いや、美少女というよりかは、お姉さんのような容姿である。美男美女で隣とは絵にかいたような構図である。
その二つの集団を避けるかのようにして、また一つ集団があった。
「あいつらよくわいわいできるよな。こっちは偽りの100点でギリギリだったっつーのに。さっきまで喧嘩してたのにな」
「そうよね。どうせ余裕ぶっこいてんのよ。きっといつか後悔するわ」
並日と平良は、とてつもない絶望によって笑顔のつくりかたを忘れたかのような顔をして帰ろうとする生徒たちを背後にして言った。
すると、先生も何か忘れ物をしたかのような顔をして、急いで戻ってきた。
「ゴメン、忘れてた。来週転校生来るから楽しみにしてて。あ、もちろん通学許可証手に入ったらだけどね……」
後半はほとんど気の抜けた声で言ったが、またすぐに去っていった。すると、教室は驚きと期待に包まれた。帰ろうとする生徒たちを除いては——————。
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〜5月11日〜
「えー、これが新しいクラス構成だな。何人かいなくなっちゃったけど、今まで通り励んでくれ。じゃあ、ここで新しいクラスメイトを紹介する。ホントは4月に来ることになってたんだが、こういったテストもあったことだし、仕方なく今日からということになった。黒部晴君だ」
「よろしくお願いします」
「こいつは、君たちとは違って自分の才能で英語で100点を取ったんだ。すげえだろう。それがきっかけでうちの学校に来たんだ」
「え、違ってってどういうことですか?」
転校生の彼は知るはずがなかった。
先生は始めに『あまり大きな声で言えないけどな』と注意をつけて、クラスメイト全員に英語の答えを教え、100点を取れるようにしたという事実を伝えた。
「でも先生、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だ、安心してくれ」
とても安心させられる感じではないが、先生は隙を作らず話を続けた。
「おぅし! じゃあみんなで自己紹介しようか」
えー自己紹介するんですかーとかなんとか、ひたすら罵声が飛び交った後、黒部のための自己紹介が始まった。出席番号は誕生日やあいうえお順など、世の中にはいろいろあるが、この学校はあいうえお順なので、最初は小倉という生徒の話題になった。
「実は、あいつはここにはいないんだ……」
先生の雰囲気から、聞かないほうがいいと考え、黒部は黙って聞いていた。
「旅人は、旅が好きだからどこかに行ってるんだよねー」
「そのとおりだ、星野。小倉は今京都あたりにいると思う」
黒部の予想は大きく違い、驚いた様子だった。
黒部は恥ずかしくなり、黙って話を聞き続けた。
——小倉旅人は地理を得意とする旅人である。背が高く、筋肉質で、色黒なことから、そのことが伺える。旅先の京都で行われた例のテストで100点を取り、一応生き残っている。
黒部は先生らの話す小倉の話から心当たりを感じたのか、不思議な顔をした。
「小倉君、もしかしたら同じ保育園かもしれない」
「えー⁉︎ そうなんだー! じゃあ帰ってきたら旅人に聞いてみるといいよー」
「そ、そうだね。そうするよ」
しかし、いつ帰って来るかは黒部はもちろんのこと、クラスメイトでさえ誰も知らない。
こうして小倉の話題は終わり、自己紹介が続けられた。
「えーと、これで17人全員終わったな。最初は40人だったのに、すっかり減っちまったな。黒部を合わせて18人、これから仲良くしろよ?」
この18人で世界と戦うことになるという事は、彼らはまだ知らない。卒業するまでの1年間、絆が深められるかどうかで、世界が変わるということだ。
「あ、そうだ。俺も自己紹介しないとな。俺は、遠藤秀之だ。一応この学園の英語教師で、このクラスの担任だ。改めてよろしくな!」
一通りみんなの自己紹介を聞き、黒部は充実した学園ライフを期待した。しかし外は期待なんて何一つ無く、絶望しかないのである。
「えーと、黒部の席は倉科の隣だ。これからそこで授業を受けることになるな。といっても、自由学習の時間の方が多いけどな」
————自由学習?聞いた事がないな……
「あ、そうだな。まだ分からないよな。じゃあ明日の自由学習の時に説明するな。では、これで終わります。気をつけて帰って!」
こうして、このフレンドリーな先生と、個性的な生徒たちの、楽しい高校生活が始まった。しかしそれは戦争が始まるための悲しくて不可解な物語に過ぎなかった。外の世界の絶望なんて、彼らに関係ない。そのはずだった……。
〜5月12日〜
「おはよう、藤木!ハル!」
「おう、おはよう、武井君!」
一日が過ぎ、黒部に二人の友達ができた。
——藤木光は双子の弟で、保健体育を得意としている。兄の信輔とは違って、明るくてクールで、気配りのできる性格である。黒部とは昨日の放課後にキャッチボールをして仲良くなった。
——もう一人、武井義文は国語が得意だが、ラノベやアニメを見てばかりのオタクである。アニメの影響か、やってみれば何でもできると思っている。黒部とは昨日武井の家でアニメを見て、仲良くなった。
現在登校の途中で、あと少しで学校に着くところである。黒部の引っ越した家が比較的学校に近く、2人もなかなか家が近かったので、学校に一番近い黒部の家に一旦集合して一緒に歩いて通学することになっている。
「今日自由学習っていうのをやるんでしょ?」
「ああ、そうだ。楽しみにしとけ」
「俺はこのためだけに学校来てるようなものだからな!」
何気ない会話で普通の日常の再スタートを切ろうとしていた。正確には、普通通りなのは彼らだけなのだが。
「おっ、あれ倉科じゃね?」
「そうみたいだな」
学校の正門が見えた頃、3人の反対側からクラスメイトである倉科が登校してきた。
——倉科千鶴は古典文学の好きな女の子で、無口で小柄である。ボブカットの前髪を留めたピン留めがとても似合っている。
彼女も徒歩通学らしく、歩いて正門に入ろうとしていた。3人は"おはよう"と声を掛けようとした。
その時————
『キキィィィィィィィィ————ッ!』
反対車線から大型トラックが倉科目掛けて突っ込んで来た。やはり、普通の日常の再スタートなど、切れるはずがなかったのだった。
黒部らのクラスメイト、倉科さんに何があったのか⁉︎次回、楽しみにしていてください!