ワタシ
0 プロローグ
ああ、こんなにも世界は綺麗だ。
1 新聞の場合
⚫︎⚫︎市の駐車場で遺体 自殺か 平成28年12月27日火曜 ⚫︎⚫︎新聞朝刊
本日午後15時頃、A高校の女子生徒、薩川玲奈さん(18歳)が⚫︎⚫︎県⚫︎⚫︎市内の駐車場で倒れている所を通行人が発見。救急搬送されたが、心肺停止により死亡が確認された。遺書はなかった。駐車場に隣接したビルの屋上には亡くなった女子生徒の物と思われる靴が遺留されていた。警察は自殺とみている。
2 赤の他人、田中瞳の場合
嫌なニュースだ。自殺なんかしないでくれ。朝から胸糞悪い。まだ若いのになあ。なんで自殺なんかしちゃうんだろう。本当は必死に生きたかったんじゃなかろうか。いじめだろうか。昔いじめは是か非かみたいな議論を授業でしたなあ。その人はいじめは必然っていう立場でさ。こっちはいじめなんかダメって立場で。じゃああなたはいじめしたことないの?って言われてさ、言い返せなかったんだよね。いじめに加担したくて加担するわけじゃなくてさ。同調圧力に負けてしまうのも悪なんだろうか。同調圧力に負けるのってどうしようもなくね。てか、世の中同調圧力で満ち満ちてるよ。流行、友達グループ、スーツ、上司に従え。ああもっと自由に生きたい。
3 テレビの場合
司会 「今回は後を絶たない中高生の自殺について皆さんで考えていこうと思います。まずは、田中さん一言お願いします。」
田中「嫌なニュースですよね。未来ある若者が自分で命を絶ってしまう。誰かが止めることはできなかったのか。悔やまれます。」
佐藤「ただ、自殺は本来的に自由なものですよね。私はなぜ自殺がいけないと社会的に取りただされているのか理解に苦しみます。」
田中「まだいろんなことを経験できるはずの若い人たちが、浅はかな考えで自殺を選択してしまう。周りに相談できる人が一人でもいればだいぶ違うと思うんです。やはり周囲の環境は大事ですよね。」
司会「自殺される方の多くはうつ病が発症している傾向もあるようですね。」
佐藤「自殺というのは人間にしかできない営みですよ。」
田中「なぜこの人を招いたんですか。話にならない。」
4 教育関係者の場合
教育委員会、飛び降り自殺 調査報告書
第1 自殺の原因
薩川玲奈のA高校での交友関係は次のとおり。同じクラスの複数の生徒の話によれば薩川玲奈は昼休みはいつも一人で過ごすことが多く、他の生徒と会話することは少なかったようだ。このような環境の下では疎外感、孤独感を抱きやすいといえ、自殺の原因として最も考えられる。
薩川玲奈は、両親と同居しており、兄弟はいなかった。 薩川玲奈の母親に聴取したところ、家庭内での生活に特に問題がなく、なぜ薩川玲奈が死亡したのか分からないとのことである。両親が共働きであったこともあり、薩川玲奈とのコミュニケーション不足も推測される。
第2 求められる対策
教員は、生徒の交友関係にきめ細かく目を配り、問題行動がないかどうかをチェックすべきだ。特に休憩時間など教員の目につきにくい時間帯には注意が必要である。また、生徒が悩みを気軽に相談できるホットラインを確保しておくことも重要である。(以下、略)
5 母親、薩川知子の場合
玲奈がいなくなった。昨日までそんなそぶりは見せなかったのに。私たちの元から去ってしまった。原因は私だ。最近仕事が忙しくて、毎日残業をしていた。玲奈のご飯はいつも朝に作り置きしていた料理をチンして食べてもらってた。ごめん、今日はてきとうに自分で済ませといてっていう時もあった。玲奈はどう思ってただろう。玲奈の気持ちが分からない。なんで私たちに相談しなかったんだろう。何も言わなかったんだろう。私が見た最後の玲奈は、今朝、私が仕事に行く時に、あの子の部屋に行って、布団にくるまった玲奈に、
「それじゃあ、行ってくるね。」
って言ったら、玲奈は何も言わず、ぬっと布団から左手を出してバイバイをしていた。あの時彼女は何を思ってたんだろう。
6 薩川玲奈の場合
ああこんなにも世界は綺麗だ。なのに私は今日死ぬ。ごめんね、お母さん。あと、お父さんも。きっとなんで私が死ぬのかなんて分からないんだろうな。まあいいけど。私が死んだ後もお母さんたち頑張って働くのかなあ。少し気になる。私は別に死にたくない。何なら生きていたい。だけど、死なざるを得ないっていう。私が生きることを社会は奴らは許さないのだ。かなしー。死にたくないなー。やっぱ死ぬのやめよかな。今ならまだやり直せるんじゃない。もういいんじゃない。
ああでもやっぱりだめだ。私はあそこに戻れない。戻る気力がない。もう耐えるのはうんざりなんだ。生きててもいいことなんて何もない。私は死にたい。死んで生まれ変わるんだ。輪廻転生なんて全然信じないけれど。
特に何かがあったわけじゃない。いじめられたわけでもない。ただ、生きるのに疲れたんだ。こんな理由で死ぬことは許されないのだろうか。世の中の人が自殺する人に持ってる常識だろうか。そんなものどうだっていい。だから遺書は残さない。特に理由もないし、遺る人に伝えたいこともないから。
社会が嫌になった時、決まって私はここに来ていた。誰もいない。目の前には空が広がっていて、風がダイレクトに私に飛んでくる気がする。自然に包まれて胎児に戻った気がする。そうだ、私は帰るんだ、元いた場所に。
足が地を離れた。ああこんなにも世界は綺麗だ。風が心地いい。