ネコは万物の王なり
「にゃー」
ネコに憑依した俺は、再び螺旋階段を下りて地下を目指した。
「にゃぁぁぁ」
やはり下に下りるにつれてキツくなってくる。だが身体が大きくなったからだろうか? アリの時よりはまだマシだった。
どんどん下に降りていく。
そろそろ本気でキツいなと思った頃に漸く終点が見えた。
螺旋階段の終わりには奥へと進む為の細い道があった。
俺は久々の平坦な道に安堵しながら奥へと入ってゆく。
◆
そこはまさしく泉だった。
通路を進んだ先には、円形の部屋があり、その中央に複雑怪奇な魔法陣が刻まれていた。
魔法陣の円の中には、異常な程びっしりと魔術文字が書かれており、その文字はバーザックやマーデルシャーンの知識を持ってしても解読できない未知の言語と魔術式だった。
言うなれば未来魔術。部屋の床に刻まれていた魔術式は、原始的な大八車で荷物を運ぶ江戸時代の人間の前に、大型トラックに乗った現代人が現れたかの様な衝撃だった。
目の前で起きている現象から、それがどういった効果をもたらすものかは分かったのだが、余りにも高度すぎてその構造が理解できないのだ。
これが人間とエルフとの技術格差か。
魔法使いとしてバーザックとマーデルシャーンはトップクラスだと思っていたが、それはあくまで種族単体での話、世界全体から見れば彼等などケツの青いひよっこでしかなかったのだ。
俺は魔法陣の中央を見る。
そこには黒い穴が空いており、穴の中から魔力が湧き水の様にあふれ出している。
その魔力から放たれる波動に、俺の中の魔族達の記憶が郷愁の念を覚えた。
間違いない。これこそリ・ガイアの魔力。
リ・ガイアに魔力枯渇現象を引き起こしたのはエルフ達だったのだ!
「あれ? ネコじゃないか」
しまった! 魔法陣に夢中になっている間にエルフ達に見付かってしまった。
「おーい、ここは危ないから上に帰りな」
俺を追い返そうとエルフ達が近づいてくる。
ここは一旦退却である。
とりあえずは魔力枯渇現象の原因がここに有ると分かっただけでも収穫だ。
◆
さて参った。
大樹の内部には魔法陣があり、そこからリ・ガイアの魔力が流れ込んでくるという事が判明した。
だがその魔法陣は非常に複雑な構造をしていた為、迂闊に触ればとんでもない大暴走を引き起こしかねない。
奪い取っているのは異世界全体の魔力。下手をしたらこの世界が吹き飛んでしまう危険すらある。
それらの情報を加味したところで、ネコに憑依した自分にできる事を考える。
それは……
◆
「ニャー」
のんびりしていた。
大樹の町の片隅で丸まってゴロゴロする。
そう、俺が選んだ選択は猫として暮らす事だった。
あの魔法陣をどうすれば良いかも分からない以上、短絡的な行動は出来ない。
だからネコとしてこの町に溶け込み、エルフ達の会話から情報を得る事にしたのだ。
その結果わかった事。
まず1つ、エルフとドワーフは現在休戦状態にあるという事。
といっても、中の悪い両者が休戦を申し出る事などありえない。
国が崩壊する寸前までチキンレースを行い正面衝突寸前の状態だったそうだ。
彼等が一時的とはいえ戦いをやめたのはドラゴンのお陰だった。
かつてエルフとドワーフが龍王を怒らせた為に、両国は壊滅的な打撃を受けた。
その結果両者の戦いは自然に終結し、事実上の休戦状態となったのだ。
実際は戦いたくとも戦えないという国力の著しい低下が原因であったのだが。
あと人口もめっちゃ減った。
現在エルフの町に住んでいる者の大半は300歳以下の子供ばかりだという。
……300歳で子供かー。
そして2つめは、ドワーフとの戦争が近い事だった。
エルフ達がリ・ガイアの魔力を集めているように、ドワーフ達も強力なマジックアイテムを開発して戦争に備えていたらしい。
エルフ達は訓練樹と呼ばれる大樹に集まり、筋トレを行いながらドワーフと何時頃闘う事になるのか、彼等のマジックアイテムを如何にして破壊するかの話題で盛り上がっていた。
「ドワーフ共は我等の魔法を封じる為に防御魔法を発動させるマジックアイテムを強化してくるだろうな」
「だが源泉より汲み上げた莫大な魔力があれば連中のマジックアイテムの防御を打ち抜いてドワーフ共を一方的に攻撃出来る」
「更に我々の鋼の肉体と強化魔法でドワーフ共を八つ裂きにしてくれよう。森を破壊し鉄に依存するおろか者などに我々は負けんさ」
「「「はははははははっ!!」」」
中々に暑苦しい光景だったが、これでリ・ガイアの魔力を必要とする理由も判明した。
ドワーフのマジックアイテムに対抗する為だ。
こうなるとドワーフの動向も今後の方針にかかわってくるなぁ。
なんとか源泉を破壊した場合、エルフはドワーフに負けるだろう。しかしその後ドワーフはどうなる? エルフを倒しただけで満足してくれるのか? それともその勢いで世界征服を目指したりするのだろうか?
結構本気で心配になってくるな。
これが単なる民族紛争ならご勝手にと言いたい所だが、困った事に両者の技術力はこの世界において異質なレベルで際立って居る。
今回もややこしくなってきたもんだ。
◆
俺は別の大樹へと来ていた。
今回来たのは大樹の更に上層部にある貴族枝である。
現在の若いエルフ達を束ねるドラゴンの蹂躙を生き残った老エルフ達が暮らす区画だ。
見た目こそ下部の区画とそう変わらないが、ここでエルフの長達は作戦を練り、魔法を開発して若いエルフ達に指示を出しているのだ。
当然指導者達の暮らすこの区画の警備は厳重。それこそネコの子一匹入れないほどの厳重さだ。
しかし、そんな厳重な警備を俺は真正面から突破した。
「ニャー」
俺がやって来ると警備をしていたエルフ達が相好を崩す。
「あれー? ネコちゃんじゃないかー。こんな所にどうしたんだ?」
マッスルなエルフ女性が俺を抱き上げる。
その肉体は筋肉だから硬いイメージだが、以外にもふわふわで柔らかい。
どうも筋肉というのは力を入れないと柔らかいモノの様だ。
顔は綺麗だし胸もでかい。コレでマッスルじゃなかったらなぁ。
「ニャー」
俺が返事をするように鳴き声をあげるとエルフ達はデレデレになる。
「おー、よしよし」
顎を撫でられるとネコの本能でついついゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。
ああ、イカンよ、背中まで撫でたら。
更に他のエルフも俺の眉間を優しく指で撫でる。
「肉球プニプニー」
エルフが俺の肉球をプニプニする。
その表情は至福そのものだ。
ふふふ、エルフ達よ、わが肉体に溺れるが良い。
屈強なエルフ達が俺に群がってくる。
「ほーらネコちゃん、干し肉だよー」
エルフが俺に貢物をよこしてくる。
よしよし、貰ってやろう。
「にゃー」
パクリ。
牛肉とは違う味、この森で取れた獣肉かな? もしかして先日の猪肉か?
「ネコちゃーん」
このチヤホヤ感、生まれ変わったらネコになりたいという人間の気持ちが分かるというものだ。
正にネコは万物の支配者と言えるのでは無いだろうか!?
「お前達何をやっている!」
と、そこに隊長格っぽいちょっと装備の良いエルフが現われる。
「た、隊長!?」
「い、いえその……」
今まで俺に群がっていたエルフ達がしどろもどろになっていく。
潮時だな。
「ニャー」
俺はエルフの手を逃れるとそのまま床にスタッと降りた。
「何だまたネコに群がっていたのか」
どうやら常習犯っぽい。確かにこのネコの記憶にもここに来てはエサを貰っていた記憶がある。
「さっさと持ち場に戻れ!」
「「「はい!」」」
エルフの里の警備、意外にザルかもしんない。
「さてと……」
隊長エルフが俺に近づいてくる。
そしてしゃがむ。
「ミルクでも飲んでくか?」
やっぱりネコに甘かった。
「にゃー」
◆
こうして上層部のクラス区画に潜入した俺は、老エルフ達から情報を収集する事にした。
「おお、シャーンではないか。魚の干物はいるか?」
「にゃー」
「よしよし」
●
「あらレクトル。お散歩かしら? スープでも飲んでいく? お塩は少な目よ」
「ニャーン」
「ちょっと待っててね」
●
「バルバスか、大したモノは無いがゆっくりしていけ。……ああ、そこにキャットタワーを作っておいたから遊んでいくといい」
…………エルフさん、ネコにデレッデレですなぁ。
あと皆好き勝手に名前つけてやがる。
俺はキャットタワーで一服しながら老エルフ達の様子を眺めていた。
っつても本当に見ているだけな。
本当ならコイツ等の魔法技術を目で見て盗みたいところだけど、あまりにも高度すぎてさっぱり分からない。簡単な足し算引き算くらいしか学んだ事のない人間に高等数学が理解できる訳がないのだ。
仕方ないので老エルフ達の話し相手になってニャーニャー言うくらいしか出来なかった。
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ここの老エルフは熱心に腕立て伏せをしていた。
せっかくなので背中に乗ってウエイトになって差し上げよう。
だが老エルフ怒る事無く俺を乗せたまま腕立て伏せを続ける。
「どうだ? 俺の筋肉は見事だろう」
知らんがな。
「あの戦の最中、ドラゴンの怒りを買った我々は燃え盛る都市から逃げ出した。だが魔法に頼り切っっていた我等の肉体は貧弱だった。ドラゴンのブレスを防ぎながら逃げようにも、普段から魔法便りだった我々の足は遅々として進まず、多くの同胞達が途中で魔力切れを起こし、ドラゴンの餌食となっていった。国の外周部に住んでいた我々だけが運よくドラゴンの攻撃範囲から逃れる事が出来たのだ」
腕立て伏せを続けながらエルフは一人独白を続ける。
「焼け野原となった故郷に戻った我等は誓った。必ずやこの荒廃した大地にエルフの楽園を取り戻して見せると! その近いと共に我等は肉体を鍛えに鍛えた! 貧弱な肉体では闘う事も逃げる事もできないと思い知ったのだ! だから我等エルフは肉体を鍛え続けた。何百年と身体を苛め抜いたのだ!! その結果が、この黄金の肉体よ!!!!」
そう言って首を動かし背中に視線を向けるエルフ。
「あれ?」
しかし、既にそこには俺の姿は無く、俺は玄関からさっさと出て行くところだった。
何時までも、居ると思うな親とネコ。
しっかし、エルフ達がやたらとマッスルだったのはそう言う理由があったからなのね。




