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夕暮れ時のソイツ

作者: エイミカ。

嫌なことから逃げたいのに、逃げる先が見つからない話。

社会人になって絶望すること増えたなぁって思いましたが、思えば昔から絶望してばかりなので、昔も今もなんりゃ変わってないなぁとは思います。ただ、少しだけ楽しみは増えたけれど。

 夕暮れ時。ソイツは現れる。


 ソイツの正体は誰も知らない。名前も、姿形がどんなものかも。でも、聞いた噂では、ソイツは、後ろをついて歩いてくるのだという。

 誰もいない日が落ちかけた路地を歩いていると、ふと足元の影が増えていることに気づく。ソイツは自分が歩いていれば歩いて後を追ってくるし、走れば走って追ってくる。どんなに逃げてもあとを追いかけてくる。捕まったら、どうなるかは様々な話が飛び交ってるようだが、一番、皆の噂にされているのは、交換させられるという噂だ。捕まったら最後、ソイツと自分の立ち位置が入れ替わる。今まで自分が生活してきた居場所がソイツに奪われ、代わりに自分がソイツになる。そうして、ずっと誰かと立場が入れ替わる日が来るまで、誰かのあとを追いかける羽目になるのだという。


 僕がソイツと出会ったのは、小学三年生の時だ。出会ったのは学校からの帰り道だった。クラスのイジメっ子達からドブ川の中に落とされた荷物を探していたら、気づけばこんな時間になっていた。

泥だらけのランドセルは持ちづらくって仕方なかった。元からボロボロで小汚いランドセルだったが、この件でさらに汚くなってしまった。泥は拭いたら落ちるだろうが、この臭いにおいはとれるのか不安だった。洋服のドロも、ちゃんと落とせるかどうか。

 それでも、母が帰ってくるまでに洗い落とさなければいけなかった。汚したのを見つかれば怒られるに違いなかった。この間も、ボロボロに刻まれた教科書を持って帰ったら、頬を殴られた。外履きを隠されて上履きで帰った時には家にもあげて貰えなかった。父と母は、汚いものや物を大事に出来ない僕のことが嫌いだった。

 歩いていた足を早めて、走って帰ることにした。このまま歩いて帰っていれば、帰る頃には完全に日が落ちてしまう。母も父も、家に帰ってくるのは日が落ちてしばらくしてからだ。なるべく早めに帰らなければいけなかった。

 ぼとぼと、と汚い雫を地面に落としながら帰り道である住宅街を走った。幸いにも辺りに人はおらず、僕の恰好をとがめてくる人はいなかった。あるのは、そう間隔をあけずに道に立っている街灯だけ。夜が近くなったからか、うっすらと明かりがつき始めていた。

 しかし、落ちる雫の音に交じって、確かに違う音が僕の耳元に気づいた。


 タッタッタッタッタッ


 誰かが走ってくる足音だった。そういえば、朝、夕になると住宅街ではランニングをしている大人がいたりする。この足音もその人のものかもしれない。

 嫌だな、と思った。今の姿を見られのは。きっと笑われるに違いない。でも、どこかに隠れようにも、隠れられる場所なんてのはなく、結局僕は走り続けることしか出来なかった。

 けど、様子がおかしいことはすぐに気づいた。足音は聞こえるのだが、一向に僕が抜かされる気配はない。大の大人の走りなのだ。子供の僕の走りを抜けられないだなんて、そんなことあり得るだろうか。

 でも、足音は少しずつであるが、確かに僕の方へと近づいてきている。タッタッタッタッタッ、タッタッタッタッタッ。軽快な足音だ。

 そこで、僕はふと気づいた。聞こえてくる足音と僕の足が動くタイミングが一緒なのだ。

 まさか、と思い試しに少しゆっくりめに走ってみた。タッ、タッ、タッ、タッ――。すると、後ろの足音の音も変わる。タッ、タッ、タッ、タッ。

 後ろに振り返るのは怖くて出来なかった。代わりに、足元を見てみた。


 地面に影が二つ。同じ形をした影が、走っていた。


 慌てて動かす足を速めた。けれど、僕が足を速めれば速めるほど、後ろの足音も速まる。

 ソイツに関するウワサが僕の頭の中を巡った。ソイツに捕まったら最後、交換される。僕がソイツの位置になる。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。そんなの嫌だ。追いつかれてたまるものか。

 けど、次第に僕の足は遅くなる。あのドブ川で吸ってしまったドブのせいだった。ランドセルも服も靴も、僕自身の髪も、いつもよりも重たい。走るほどに、僕の長い前髪から垂れてきた泥が僕の目に入る。痛くって、涙が出てきた。

 僕の足に合わせて、後ろの足音のスピードも変わる。けれど、着実に僕に近づいてきていたのがわかった。どうしようもなかった。

 ふと、なにをしているんだろうか、と思った。

 どうして僕は走っているのだろう。なんで僕はコイツから逃げているんだろう。だって、逃げた先になにがあるって言うんだ。

 どうせ逃げたって、明日も僕はイジメられる。汚いとお父さんとお母さんに罵られる。あるのは、嫌なことばかりだ。逃げたって、今逃げ切れたって、どこにも僕が行ける場所はない。

 走っていた足がついに、もつれ始める。体がよろける。あがりすぎた息が、酸素を求めてヒューヒューと喉を鳴らし始める。

 もういいんじゃないだろうか、と思った。

 だってここまで頑張ったんだ。

 頑張って逃げてきたんだ。

 頑張って頑張って、ずっと走ってきたんだ。

 もうやめたってバチは当たらないだろう。

 あぁ、もう。


「つかれたなぁ」


 もうほとんど真後ろに足音が聞こえてきた。追いつかれると思った。追いかけてきた地面の影が僕の影とかぶさりかける。来るだろうと思った時を待って僕は、足を止め、目を強くつむった。

 が、少ししても何も変わったような感覚がなかった。あれ、と思って目を開ける。自分の体を確かめてみるが、先刻となんら変わりない泥だらけの自分の体がそこには確かにあった。


 

 僕が、この時出会ったソイツの正体を知ったのは、後々のことだ。ソイツの正体は、物体や人物によって直進性の光が遮られた結果生まれるもの――まぁ、つまりはただの影だった。

 夕暮れ時の日の光と薄っすらとだがつき始めた街灯たちの光が、二つ同時に違う方向から当たったせいで、地面に二つ影が出来てしまった、という間抜けなオチがソイツの正体だった。つまり、自分が地面の追いかけられているように見えたのは、それが違う角度の光から生まれた自分の影だからだ。自分の影が自分のあとを追ってくるのは当たり前だ。どこぞの童話の主人公じゃあるまいし、影が自分から逃げ出すだなんて、そんなこと物理的にあり得るはずがない。

 つまり、僕は僕から逃げていたという話だ。なんともまぁ、ほんとうに間の抜けたオチだ。

 けれど、未だに解けていない疑問は残る。あのとき、僕が聞いた足音はなんだったのか。

確かにあのとき、僕はもう一人別の足音を聞いた。影が光のせいで生まれたものだというのならば、聞こえてきた足音は一体なんだったのか。誰のものだったのか。

 しかし、僕がソイツから逃げ切ったのは確かなことだった。もう少しで捕まるというところで、僕はソイツから逃げ切ったのだ。


 否、それとも、逃げ切ってしまったというべきか。


 なんにせよ、この間抜けな正体に気付くのは、これから十年も経ち、僕が大学生になった時のことだ。住宅街。僕の隣で一緒に家への帰路につく恋人の足元を見た時、伸びている影が二つあったことに気づき、あっ、と思い出したのだ。あまりな間抜けな正体に、思わず苦笑いしてしまったのは言うまでもない。

 辺りの風景は見覚えある住宅街だった。けれど、その風景から自分がいつの間にか自分の家を通り過ぎていることだけ悟った。顔を上げれば、眩しいほどに明るい街灯の光が視界いっぱいに照らしだしてきた。いつの間にか完全に光が空から消えていた。藍色の空だけが広がっていた。

 きっともう、母は家に帰ってきてるのだろうと思った。怒られることは目に見えていた。でも、なんとなく帰ろうと思った。ソイツから逃げ切れたのだ。僕はまだ、僕のままだった。

 なら、家に帰ろう。もう少し、頑張って歩いてみるのも悪くないかもしれない。

 足元を見てみた。影は一つしかなかった。僕の足から伸びている黒い、惨めなほどに小さな影。街灯に照らされた僕の影だった。

 

――END


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

一時間、勢いのままに書いたものを最後まで読んで貰えたことがすごく嬉しいです。

毎日やりたいことが思うように出来ないし、逃げたいことばっかなのに逃げれないし、でも死にたくっても色々コストかかるしで世の中めんどくさすぎると思う今日この頃です。

でも、楽しみがないわけでも、好きな人がいないわけでもないから、めんどくさくってもまだどうにか生き延びれる日々です。とりあえず、今期アニメまだ全部見終わってないから、死ねない。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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