2-5
「お姉ちゃんは優しかった。誰よりも。あんなにやさしい人は見たことないよ」
良明は、文音が差し出してきたアルバムを開いた。そこには西沢美夜古と思われるかわいらしい女性が、文音と一緒に写真に写っていた。良明は何ページにもわたり、文音と西沢美夜古が一緒に写っている写真に目を通した。その写真を見ても、殺人鬼とされている西沢美夜古は優しい表情であり、妹の文音を見守っているような母性さえ感じさせた。良明は、本当にこのような表情をする人間が、5人もの人間を殺すものなのだろうかと考えた。
「優しいそうな、お姉ちゃんだね」
「すごく優しかった。一緒に遊びに行った時とかね、迷子になって泣いている子どもがいたら、「一緒にお母さん探そう」って言って、本当にその子の母親が見つかるまで付き添ってたことある。あとね、思い荷物を抱えて、階段を上っているお年寄りがいたら、お姉ちゃん荷物を持ってやってたりしていたの」
「本当に優しかったんだ」
良明の言葉に、文音が何度もうなずいた。
「だから、信じられなかった」
「信じられなかった?」
「あの時、ちょうど五つの殺人事件が福岡で起きていることは、ニュースであってたんだけど、その犯人が全部お姉ちゃんだったなんて」
良明もあの事件のことはよく覚えている。3ヶ月という短期間に、福岡市という都市で立て続けに殺人事件が起きた。その時、福岡は呪われた都市などとテレビのワイドショーで言われ始めていた。
当時、刑事の仕事をやめて探偵業が軌道に乗り始めていた章子は、その五つの事件について、共通性があるということを指摘していた。それは、殺された5人の男性が年収2000万以上の、所謂少々のお金持ちであったということだ。章子は、当時高校生であった良明の横で、この事件は保険金目当てで愛人として近付いた女性の犯行であると断言していた。そして、逮捕されたのは当時福岡産業大学の学生であった、西沢美夜古という綺麗な女性だった。
章子は逮捕された西沢美夜古を見ると、「ほら見ろ、ビンゴたい」などと勝ち誇ったような態度でふるまっていた。動機は、章子が予想していた点で警察も捜査を進めていたが、裁判が終わるまであやふやなままであった。西沢美夜古が法廷で語った、「金のある男は、ムカつく」という言葉だけが、日本中に響き渡っていた。
「まだ、私は信じられない」と文音はアルバムの西沢美夜古をじっと見て言った。良明は、文音の言葉を黙って聞いていた。
「ムカつくだけで殺すなんて、お姉ちゃんはそんなことしない。だから、私は」
「だから?」
「ずっと、1人で事件のこと調べようとしてた。お姉ちゃんは、嘘ついてるって思って、お姉ちゃんのことだから、だれかをかばってるんだって」
「誰かをかばう?」
「お姉ちゃん優しいから…」
良明は、文音が姉は殺人を犯していないと、未だに心のどこかで信じているのだと悟った。もしかしたら、文音が人の死について、少しでも触れるようなことがあると精神的に異常をきたすのは、姉の西沢美夜古の呪縛があるのではないだろうかと考えた。
「調べよう」
「良明くん…」
「一緒に調べて、もう終わらせよう」
「終わらないよ」と文音は吐き捨てるように言った。
「そうかもしれない。でも、君は人の死が苦手なのに、あえてそこに首を突っ込んでいく。自殺の現場に立ち寄るのだってそうだ」
良明は立ち上がって、ベランダに歩いていくと、窓越しから山西徹也が飛び降りたマンションを見た。
「文音ちゃんは、何かの使命を背負っているかのように、人の死に自分から関わっているような気がするんだ」
「使命?」
それからしばらく沈黙が続き、次の第一声を出したのは、文音であった。
「使命って思っているかもしれない」
「えっ?」
文音が開いていたアルバムを閉じる。
「お姉ちゃんのせいで、私たちの家族は壊れた。でも、お姉ちゃんがあんなことしたって信じたくない。だから、私は家族を助けたい。お姉ちゃんは死んだけど、それでも助けたい」
良明は文音のもとに近寄り、そっと文音の手を握った。
「助けよう」
良明がそう言うと、文音は小さくうなずき、「ありがとう」と言った。
「俺は、一応探偵なんだ。お手伝いみたいなもんだけど…。依頼者の依頼、承りました」
良明は、文音が自分にすべてを打ち明けてくれたことの重大さをかみしめていた。だからこそ、自分にできることならやりたいと考えた。自分には、警察関係者にも知り合いが何人かいる。良明は、自分にできることは、西沢美夜古の真実を調べて、文音を姉の呪縛から解いてあげることだと考えた。




