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プロローグ

 何も言わず、ただただ無言で、何も感じず、ただただ無表情で、その眼の瞳には輝きもなく、ただただ虚ろで、生きているのか死んでいるのかさえも分からない。一人の女が写った写真を見ていると、それを見た人の魂は吸い取られそうになってしまう。それは西沢美夜古という若い殺人犯が写った写真だ。おそらく、生前に写ったものであり、死刑執行の間際に写ったものではないだろうか。彼女は世に知られているだけで、5人もの妻子持ちの男を葬り去った。

 5人もの男を葬り去ったと聞けば、ただ狂気にかられた人間だと考えてしまうだろう。しかし、この女は人間の常識を覆すほどの優しい人間であったのだ。警察の捜査の手が彼女におよび、逮捕されたとき、彼女の周りの人間は口を半開きにして目を見開くばかりで、出す声も引きつっていたという。

 

 美夜古が、大学2年生だった夏の暑い日のことだった。美夜古はおやじ狩りに遭っていた中年の男性を助けた。それはとても勇気のある行動だったとしか言いようがない。男性を襲っていた4人組の少年と男性の間に割って入ったのだ。彼女も数か所、殴る蹴るの暴行を加えられていた。噂によると美夜古はこの一件で子どもを産みにくい体になってしまったようだ。ところが美夜古はそのような被害を受けながらも、4人組の少年のことを心配していたという。

 美夜古には、6つ年の離れた妹がいた。美夜古はとてもその妹を可愛がっていた。美夜古は小学生の時から、仕事が忙しい母親に代わり、妹の送り迎えをしに弟が通う保育園まで足を運んでいたらしい。美夜古はそれだけではなく、家族分の食事の準備も、妹をお風呂に入れることも全てやっていた。妹も彼女のことが大好きだった。


 そんなに優しい彼女がそうして5人もの男性を手にかけてしまったのだろうか。警察の捜査によれば、美夜古が殺人を実行した期間は2008年の5月~同年の8月の3か月の間である。犯行の手口が一緒だったこともあり、9月には西沢美夜古逮捕というスピード解決であった。その3か月の間に美夜古に何があったのかを知る人はいない。最もショックを受けていたのは、当時16歳の妹であり、それからしばらく病院の精神病棟に入院していたという。

 先に述べたとおり、西沢美夜古は凶悪な殺人犯として、2010年に死刑が確定し、2013年には執行された。その翌年に出回った写真の美夜古の見た目は廃人そのものになっていたという。逮捕から死刑執行までの5年間、美夜古がどんな様子で過ごしていたかを知る人はいない。ただ、逮捕されてから無言を貫いていた美夜古は、死刑執行の間際にこんなことを呟いたそうだ。

「道行く人が、たまに泣いているのを人は知っている。たまに隣の家から子どもの泣き声がするのを人は知っている。人が苦しんでいるのを人は知っている。だけど…知らないふりをする」


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