世界に一つだけの指輪<問題編>
二月に入り、ぐっと寒い日が続く。気持ちの良い青空の下では、冷たい北風が容赦なく吹き抜けていく。その冷たい風のせいで、わずかに感じていた太陽のぬくもりもすぐに冷めてしまった。
「今日も寒いな。こういう時は……」
Tはコートの下で体を震わせながら、いつもの喫茶店に向かった。
中はエアコンが効いており、コート無しでもよさそうだ。店員に席を案内されると、Tはコートを脱いでコーヒーを注文した。
待っている間、マンガでも読もうと席を立つと、友人のUが入ってくるところが見えた。
「なんだT、お前も寒さから逃れるためにここに来ていたのか」
「まあな。ちょっと時間が空いたから、コーヒーでも飲もうと思ったところだ」
暇つぶし相手ができた、とばかりにTはすぐさま自分の席に引き返す。Uも店員に聞かれる前に、Tの席へ向かった。席に着くと、Uはすぐさまカフェオレを注文する。
「そういえば、Y子、結婚するんだってな」
Uが言うと、Tは「えっ」と思わず大声を出した。
「相手見つかったのかよ。むしろ相手が心配だな」
「何でも、会社の取引先の人らしいな。仕事でやりとりしているうちに意気投合して、プライベートでも遊ぶようになったらしい」
「それにしても、あのY子を選ぶ男がいるとはねぇ」
二人が話しているうちに、Tが頼んだホットコーヒーが運ばれてきた。Tはカップに口を付けると、「そういえば」と思い出したように言った。
「結婚といえば、こういう話があるのだが」
「お前のする話はいつもろくでもない話な気がするのだが」
「まあまあ、今回はちょっといい話だから、聞いてくれ」
そう言うと、Tはコーヒーをすすった。
「あるところに、少年と少女がいた。少年と少女は六歳くらいまで一緒に遊んでいたのだが、親の都合で離ればなれになってしまった。しばらくして少女ももう三十歳の誕生日を迎え、いい加減結婚を考えなければならなくなった」
「そりゃまあ、女の三十歳ともなれば、結構焦るよな」
Uがカフェオレを飲みながら間に口を挟む。
「それもあるのだが、少女には縁談がいくつもあったにも関わらず、今まですべて断ってきた。というのも、昔遊んでいた少年のことが忘れられなかったからだ」
「なるほどね、いいよなぁ、小さい頃から好きな人がいるっていうのは」
「もう一つ、少女の家はとある財閥の一家で、非常に裕福な生活をしていた。しかし彼女の両親もそろそろ高齢になり、早く跡取りが欲しかったのだ。それを知っている少女は、ようやく結婚する決心をした」
「ついに少年への思いを断ち切ろうと思ったわけだな」
「いや、そうじゃない。今まで何人かの男性と会ってきたが、やはり自分にはあの少年しかいないと思っていたのだ。そこで、彼女は少年を探すことを決心した」
「ほう、三十年ぶりの再会を目指して、金の力で解決しようとしたわけだな」
Uの言葉に、Tは思わずコーヒーを噴き出しそうになった。
「いくら金持ちでもその言い方はどうだろう。それに六歳の時に別れたなら二十四年ぶりだ」
「あ、そうか」
Uが舌を出すと、Tは頭を抱えてため息をついた。
「まあそんなわけで、少女は少年の行方を探すことにした。しかし、彼女が知っている情報は、少年の名前が『ケンタロウ』ということだけで、どこにいるのか、何をしているのかまったく足取りがつかめなかった。ひとまず『小さい頃に遊んだケンタロウという名前の、私と同い年の男の子を探しています』と日本全国に応募を掛けた。しかし、当然彼女の財産を狙っている『ケンタロウ』という名前の男が、『自分こそそうだ』と彼女の元に押しかけてきたのだ」
「財産目当ての男とか、最低だよな」
「お前だって、もし名前が『ケンタロウ』だったら行くだろ?」
「ま、まあね」
そう言うと、Uはごまかすようにカフェオレを口にした。
「もちろん、顔を見たところで誰が本物かわからず、苗字も住所も分からないので本物かどうか確かめようがない。しかし、この中に本物がいないとも限らない。そこで、彼女は一ついいことを思いついたのだ」
「というと?」
「少年と少女は、小さい頃の遊びで結婚式ごっこをやっていた。そこで『大きくなったら結婚しよう』と約束をし、指輪の交換をしたのだ。少女は、今でもそれを大切に持っていることを思い出したのだ」
「六歳で指輪を買ったのか? スゴイな」
「本物を買うわけないだろ。それで、少女はそれを利用することにした。『本物のケンタロウなら、私にとって世界に一つの指輪を持っているはずです。それを持ってきてください』と言ったのだ。諦めて帰る『ケンタロウ』がほとんどだったが、なんとか彼女の心を射止めようと、頑張って指輪を探した『ケンタロウ』も何人かいた。しかし、そのどれもが彼女が求める指輪ではなかった。しかし、二日後に彼女が求める指輪を持ってきた『ケンタロウ』が現れた。思い出話をしていくうちに本物だと確信した彼女は、見事二十四年ぶりの想いを果たしたのだった」
「おお、これはまたすごいドラマだな」
Uはカフェオレの入ったコップを握ったまま、完全に聞き入っていた。
「で、問題なのだが」
「やっぱり問題出すのかよ」
「当然だ。で、問題はこの『指輪』とは一体何なのか、ということだ」
「それが分かってたら俺は既に金持ちになってるわ」
「まあ、それもそうだな。クイズだし、いくつかヒントをあげよう」
そう言うと、Tは店員にチョコレートケーキを注文した。
「集まった『ケンタロウ』の中には、日本で一番高価な指輪や、日本に一つしかない指輪を持って来る人もいたが、当然そんなものではない。六歳の頃に手に入る指輪なのだから、そこらへんにある物だ」
「まあ、当然だろうな」
「しかし、昔はよく見られたものだが、現在ではほとんど見ることがないだろう。特に二十代前半より若い子は、見たことすらない人が多いだろうな」
「え、じゃあ今はまったくないってことか?」
「今は形を変えて存在する。昔はゴミなんかに交じって落ちていたかもしれないし、子供でも容易に手に入れることができたものだ。しかし、今仮にその正体がわかったとしても、そんなにあるわけじゃないから、手に入れるのは難しいだろうな。彼女はそれを見越して、そういう提案をしたのかもしれない」
Tが言い終わった頃に、注文したチョコレートケーキがやってきた。Tはフォークで切り分け、一つ口に運ぶ。
「うーん、一応俺らの世代ならギリギリ見たことあるかもしれない程度か。しかし、小さい頃にそんなものあったかな」
「まあ、指輪にできそうなものを考えたらいいんじゃないのか?」
「例えば花とか? よくレンゲの華を指輪にして遊んでたじゃん。あ、でも花はいつでも咲くか」
「確かに、枯れ具合とかでわかるかもしれないが、花ではないな。昔はこれを集めて応募すると景品がもらえるキャンペーンなんかもあったのだが」
「キャンペーン? なんじゃそりゃ」
ますます混乱するUを後目に、Tはチョコレートケーキを平らげた。
「さて、みなさんはお分かりだろうか。二十年以上前に出会った少年と交わした約束、その時の思い出である指輪の正体。
二十代後半から三十代の人なら、これを指輪代わりにして遊んだ人もいるかもしれない。しかし、今ではほぼすべてが形を変えて存在しているから、これを指輪代わりにして遊ぶ子供はいないだろう。
もちろん、若い人でも形を変えたものを見たことがある人がほとんどではないかと思う。目の前にあるそれが、指輪の正体かもしれない」