表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

最終章~彼女の希望~

 奴の血の跡を目印に、薄暗い道を進む。彼が使っていた銃をいつでも撃てるように構えながらも、私は全速力で走った。奴は傷を負っているにも関わらず、相当なスピードで走っている様だ。しかし、それも時間の問題だ。怪我をした人間がどこまでも逃げられるわけがない。


 数分も経たないうちに、100m前方で、それらしきものが柱の向こうに消えるのが見えた。確実に距離は縮まっている。奴は袋のネズミだ。どこにも逃げられはしない、いや、逃がす訳にはいかない。彼の銃の重さが、私に安心感を与えてくれる。何か事が起こる前に、奴を止めるのだ。


 時間が経つにつれて、私の足が重くなっていく。息があがり、銃の重さが私の疲労を加速させていく。奴との距離は縮まってきているが、じぐざぐに逃げる為に、狙いが定まらない。やはり追いついて、動きを封じるしかない。もう少しだ、それで終わりだ。

 だが、疲れは不安を生む。この状況を見たことがある。私は、いつか見たあの夢を思い出していた。奴を追い詰めた時、そのマスクの下から現れた顔は、私のものだった。あれは、奴とやはり関係があるのだろうか……。


「お前に私は止められない。私を殺す時、それはお前が生きる時だ。だが、お前は死を選ぶ。分かっていても、どうしようもないのだ。」


 あの時の言葉が私の頭の中をぐるぐると回る。それを振り払う様に、私はスピードを上げた。あれは夢だ。現実に、奴の顔が私の顔だなんて、あり得ない。


 奴がまた柱を曲がった時、思い切って私はその手前の柱から曲がった。回り込むのだ。先ほどから、奴の曲がるのには、どうやらパターンがあるようだ。そして、奴はどうやらこの神殿の中心へ行こうとしている。それが分かれば、何とか奴の前へまでとはいかずとも、一気に距離を縮められるはず。鍛えているとはいえ、私は女だ。相手より体力があるわけではない。奴は傷を負っているにも関わらずあのスピードだ。振り切られるのは時間の問題だ。だったら、ここで手を打つべきなのだ。


 二人の足音だけが、周囲に反響する。周囲の柱が、スピードの中で歪んで見える。目的の柱が見えてきた。あそこで二人の距離はゼロになるはずだ。私には彼がついている。しくじったりはしない。


 柱に向けて銃をいつでも発砲できるように構えた、速度を徐々に落としていく。あそこから奴が見えた瞬間を狙って、撃つ。


 それは、一瞬だった。柱から奴の足が見えた。今だ。私は引き金を引いた。人間が実際に見ている世界

は、本当の時間よりも少し遅い。このラグが、奴の頭を吹き飛ばすだろう。これで終わりだ。殺していいという命令は出ていないが、あいつが抵抗してきたので殺したということにしておこう。

 私は、酷く冷たかった。彼が死んでからというもの、情が死んでしまったみたいだ。相手が凶悪犯だからといって、即射殺するなんて、以前の私なら考えもしなかっただろう。

 しかし、あの事件以来、彼が犯人の銃を撃たず、直接犯人の頭を狙っていたら……。そう考えてしまうのだ。生きる為にはいたしかたない。こいつに逮捕はぬるい。甘さは自らを滅ぼすだろう。


 発砲音と共に奴が吹っ飛んだ。体が宙を舞う。そのまま地面に叩き付けられる音がする……はずだった。奴は受け身をとると、私の前でそのまま起き上がったのだ。


 よく見ると、ガスマスクの眼の部分に弾丸が当たった跡がある。だが、貫通はしていないみたいだ。なんて丈夫なマスクだ。まあオーバーテクノロジーを使った研究のことを考えると、こいつがそういうマスクを持っていても、別段不思議なことはない。むしろ、それは事前に予想すべきことだった。あの時頭でなく、足か腹を、はたまた心臓を撃っていれば、私の勝ちだったんだ……。私はこみあげてくる敗北感を飲み込むと、銃をもう一度構えた。まだだ。まだ終わっていない。


 奴は私が銃を構えると同時に走り出した。2,3発続けて発砲するも、当たらない。やはり動いているものに当てるのは難しい。奴はそのまま柱の向こうに姿を消し、私の視界から消えた。後を追い走ろうとするが、足が思う様に動かない。さっきの一瞬、終わったという安堵感が、私の足に妥協を許してしまったのだ。

 まだよ。まだ終わってなんかいないわ。お願い、動いて。何とか震える足を動かし、私はまた走り出した。


 とうとう奴が視界に入らなくなった。私の足は命令しても思うようには動いてくれない。奴と相対した時に、動けるだけの体力は残しておきたい。ゆっくりと、血の跡をたどって、中心に向かって歩く。奴はきっと、そこで待っている。



 赤い光が目の前に見えた。きっと、あそこが中心だ。近づくたびにピーッという機械音が大きく聞こえ出す。それで、なんとなく察しがついてきた。

 案の定、私の眼に、それが見えてきた。一体、どれほどの爆発を起こせるのだろうか、その爆弾は、この神殿の中心に大きくそびえたっていた。さらにそれから、まるで蜘蛛の巣の様に、ワイヤーが張り巡らされている。ワイヤーの先は、神殿の奥に消えていて、どこまで張ってあるかは見えない。

 私が爆弾を見回していると、爆弾の中心に、奴がいた。手にはスイッチだろうか、なにやらリモコンの様なものを持って、腹を押さえている。腹からは血が垂れていて、爆弾の赤い光を受けて輝いている。その姿が、私の目を奪って離さない。


「よう。」

 奴が手をあげて声をかけてきた。私は慌てて銃を構えた。その声は震えていて、弱弱しかった。私にはマスクの下の顔は見えなかったが、きっと痛みに顔をゆがめているに違いない。

「動かないで。妙な動きをすると、撃つわ。」

 私は何を言っているのか。何故、奴を見つけた瞬間に、引き金を引かなかったのだろう。何が、私を躊躇させたのか。分からなかったが、こうして悠長に奴と言葉を交わしている。

「そう怖い顔しないでくれよ。」

 奴の言葉からは、敵意が感じられなかった。まるで、友達に話しかける様に、私に言った。

「あなたが爆弾摩でなければこんな顔はしてないわ。」

「まあ、そうかもしれんな。」

「どうして、あんなことをしたの?」

 奴はため息を吐いた。

「計画の為にはああするしかなかったのさ。」

「それは彼女の為?」

 奴は頷いた。力強い動作だった。そこには迷いがない。

「ああ。」

「たった一人の人間の為に、罪のない人間をたくさん殺していいと思ってるの?」

 今度も奴は、何の躊躇いもなくうなずいた。

「ああ。彼女に比べれば、他の人間なんて、どうでもいいね。」

 言い切った。私はその自己中心的な考え方に呆れを覚えたが、同時に心の奥の方で何かが動いた気がした。まるで、そよ風が私の心に触れたみたいな、そんな爽やかな感情だ。こんな感情、いつ以来だったっけ。

「それに、何の罪もないというのは少し間違ってるね。」

 奴は携帯を取り出すと、人の名前と、それに続いて罪状を読み始めた。万引き、いじめ、浮気、等々。

「これらはみんなあの爆発で巻き込まれた人がやってたことだ。これでも、罪がないなんて言えるかい?人はみんな、どっかでやましいことをしてしまっている生き物なんだよ。僕も鬼じゃない。」

 まさか、全員分調べ上げたうえで、爆破したというのか。私はこの計画の用意周到さを改めて思い知らされた。きっと、何者にもこの計画を止めることは出来なかっただろう。しかし、だからといって他人を殺す権利など、奴にある訳がないのだ。そう、誰にもそんな身勝手なことが許されていいはずがないんだ……。

「だけど、やはり一人の為に、他をないがしろにするのは、ダメなのよ。」

 構えている銃がいよいよ重くなる。かくいう私も今、相手を殺そうとしている。これは、私の身勝手だ。本来なら逮捕して、しかるべき所で奴の罪の重さを見極めないといけない。それを、私一人の意志だけで、決めることは出来ない。今の私に、奴は殺せない。自分の発言で、自分の首を絞めているのだ。


 私は銃を力なく降ろした。

「そう、それでいいんだ。」

 奴が満足そうにつぶやく。そして、ガスマスクを自らの手で外した。現れた顔を見て、まだ幼さの残る、しかし純粋な真っ直ぐな目をした、そんな印象を受けた。いつだっただろう。私もあんな目をしていたに違いない。彼を失ってから、私の目は濁ってしまった。

「僕は、君とお話がしたかったんだ。だから、君を殺さなかった。回りくどいやり方で、君から殺気を奪う必要があったんだ。まさか、銃が2丁あったなんて思わなかったけどね。」

「私は、あなたと話すことなんてないわ。」

「僕にはあるんだ。君からは、僕と同じ匂いがする。」

 匂い?何の話だろうか。私には、頭がいい奴が考えていることなんて、ちっとも分からない。それともやはりこいつは頭のおかしい変態野郎なんだろうか。

「僕が爆破の計画を立てている時に、面白い情報が入ってね。銀行が爆発しちゃった事件さ。そこにいた一人の女性刑事がね、市民を守る為に、大切な人を見殺しにしちゃったっていうからね……。」


「黙れ!」

 発砲音と共に銃が奴の頬をかすめた。見殺しになんかしていない……。あれは、あれは……。

「君に僕は殺せないよ。僕は君にとっての光で、君にとって僕は光なんだから。」

 一体こいつはさっきから何を言いたいのだろうか。私の触れてほしくない過去に触れて、私を激昂させて、何がしたいの。

 私は得体の知れない奴の言葉に恐怖した。まるで悪魔の囁きの様に、私の耳に入ってくる。

「君は今、後悔してるんじゃないかい?あの時、彼を先に助けていれば……と、ね。」

 ずっと心の奥に押し込んで無視していた。助かった人達の笑顔を見て、これで良かったんだ、そう思おうとしていた。しかし、奴の言葉が、私に嫌でも思い出させる。私は、本当は彼を助けたかったんだ。真っ先に助けるべきだった。たとえ、彼がそれを望まなくても。私は彼なしでは生きられないのだから。

 目の前にいる奴を見上げる。私の視線に気づいて、笑顔を浮かべた。奴は、私が出来なかったことを、やろうとしている。大切な人の為に、他の大勢を犠牲にするというのだ。たとえそれを彼女が望まないとしても。


 奴は、別の可能性を選んだ「私」に他ならない。そして、それは私が結果的に、ずっと望んでいた「私」なのだ。そいつは今、目の前で笑っている。一方、私はどうか。笑えなくなり、濁った眼をした私。一体、どちらが正しかったのか。結果は明らかだ。その答えにたどり着いた途端、私の上っ面を覆っていた「正義」と「大義」が、簡単にはがれ落ちたのが分かった。

 

そして、今の私は後悔に蝕まれたただの空っぽの人形だ。「本当の私」は、私の中から消え去ってしまった。

 奴はそんな私を見て、顔を歪ませた。

「今、君は僕のやってることを肯定的に見てくれているに違いない。しかし、こちらの立場の僕からしてみれば、君が正しい事も分かっているつもりなんだ。だから、お互いに、希望を託さないかい?」


 希望だって? 今の私に希望を与えられるとでも言いたいのか。空っぽの人形に、心を与えられるというのか。

「その人を生き返らせられるかもしれない。」

 その一言が、私の体を駆け抜けた。死んでいたかの様だった冷たい血が熱を帯び、沈黙していた心臓がうるさく騒ぎ出した。私を見て、満足そうに彼は続けた。

「その人のこととなると、目の色が変わるんだね。さっきの君なら、簡単には信じなかったはずだけど。」

「可能なの?」

 私は藁にもすがる思いで彼に聞いた。

「ん~……。理論上は可能だね。彼の髪の毛一本と、君が記憶している彼の姿、性格。それらとアレを使えば可能だよ。」

 アレとは多分、あの少女の事をさしているのだろう。人工的に作り出された不死身の身体。それを使えば、また、彼に会える。私は久しぶりに生きている感じがして、嬉しくなった。

「僕らはお互いの可能性なんだ。その二人が合わされば、どちらも救うことができる。どちらも選ぶことができる。」

 私は彼の言葉を吟味する事もなく、ただただその心地のいい響きを受け入れていた。あの日、笑顔にした人も、彼も、どちらも救う道が、私にはあるのだ。

「その代り、君の可能性を僕にもおくれよ。」

「もちろんよ!何でも言って!」

 気分が高揚し、少し上ずった声が出てしまった。しかし、聞いているのは「私」だけだ。全然恥ずかしくはない。

「簡単さ。僕は僕に、『僕は正しいことをしたんだ。君は、それでいいんだ。』、そう言ってほしいんだ。僕の存在を、名前のない僕を認めてほしいんだ。」

 母の様に……、と小さく聞こえた気がした。

「この傷じゃ僕はもう長くない。君が撃った弾丸は、リモートシステム用のリモコンを破壊してしまってね。まあ、そのおかげで僕はこうして君と話が出来ているわけだけど……。この爆弾付近で、直接起爆するしかないのさ。爆発が起きた後、彼女に外を見せてやってくれ。それだけやってくれればいい。」

 彼女とはあの少女のことだろう。たったそれだけで、彼が帰ってくる。私は深く考えずに、頷いた。

「じゃあ、さようならだね。このマスク、少し小さいけど、被っていってくれないかな。それを伊藤という男に渡して事情を説明してくれ。あとはそいつが何とかするよ。」

 私の足もとに、先ほど少年が被っていたガスマスクが投げられる。伊藤という名前を私はつぶやく。そいつが彼を生き返らせてくれるのか。私の頭は彼のことでいっぱいだった。

 マスクを手にとったのを見て、少年は手を振った。お別れだ。私も手を振り返した。 

 じゃあね「私」。そう心の中で呟いて、私は少年に背を向けて歩き出した。







 




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ