よくあるファンタジー(お試し)
お試しです。拙い文章ですが、それでもよろしければどうぞ。
暦書【旧ゴダイバ王国 三章 初代ユウシャ タナカ】五百三ページ一行目ー
そこに呼ばれる当時の世で絶対の力を誇っていた【悪しき個】を死闘の末倒した異界から召還された男が残した言葉が綴られている。
「悪しき個に怯えしセルティアの住人たちよ、顔を上げ、空をみよ!」
【悪しき個】と【異界の男】。
「悪は、魔王は滅びた。俺は神に呼ばれし勇者田中……ここにセルティアの平和の訪れを宣言する。魔王は勇者が倒し、世界は守られた!!」
のちに倒すべき絶対的な悪と呼ばれる【マオウ】と異界からの英雄【ユウシャ】の存在が生まれた瞬間であり、セロティアの崩壊まで長きに渡る【ユウシャ】と【マオウ】の歴史の始まりでもあった。
「…勇者、タナカ様……」
少女は頬を赤らめうっとりした様子で先ほどまで呼んでいた暦書をぎゅっと両腕で抱えるように抱きしめる。その目はトロンしたようすでもはや彼女に周りの情報を完全に入ってきていなかった。
たとえ今自分がいる場所が、大聖堂の必要な時期がくる以外入ってはいけない儀式の間で、さらに悪いことに召喚の陣の上に座り込んでいることも、もはや彼女の頭の中からすっ飛んでいる。なのでもちろん、夢見がちな14歳、ゴダイバ国シナモン姫が今から会えるであろう白馬の王子様なる勇者タナカと繰り広げる青春という妄想の世界に旅立っている最中に壁の向こう側でそれはもう顔を真っ青にした神官含め国の重臣たちが「姫〜〜!」と悲痛な叫びをあげている声も聞こえはしない。
「姫ー!」
「シナモン姫様!!ここをお開け下さい!」
「どうか、どうか、お慈悲を!」
「姫ー!!」
「やめてくださいっ!!」
必死に叫ぶ。どうか、どうか。これ以上問題を増やさないで!
「待っていて!勇者様!」
「ひ、ひめぇ〜〜〜〜!」
だが、誰の声も暴走したシナモン姫に届くことはなく。彼女以外からすれば卒倒してしまいかねないことをやってしまった。
「ワレ、コイ、ネガウ!勇者、タナカ!私の白馬の王子様〜〜!」
陣に手を付き願う。それは王族の血だけに反応する召喚術。最後のは余計だがシナモン姫が願った瞬間。
すべてが消えた。
いや、正確にはシナモン姫から中心にして螺旋状に広がる召喚の陣から発せられる光が瞬く間に儀式の間を埋め尽くしてしまったせいで輝き以外何も見えないのだ。
光は天へと伸びる。
それは天通と呼ばれる空へと昇る世界と世界に橋をかける光の柱でゴダイバ王国では勇者召喚時に絶対に現れる現象であり、それが出現することは勇者が召喚された瞬間であることを示している物と多くの国民が知っていた。そのためその日、光の柱を見た者たちは皆が皆同じように首を傾げる。
勇者の召喚時期はまだ数年先なのではと。
光が昇っていたのはものの数秒であった。徐々に塵のように柱の形状から散り散りに飛散して空気に溶けていく。それがシナモン姫にもやっと視界が見渡せるぐらい落ち着いた頃、彼女の目が爛々と輝く。
「いったった…、何、今の」
「王子様!」
「え?」
目の間に人がいた。この部屋にはシナモン姫以外誰もいなかったのだから、誰がどうみてもこの人が勇者だ。少々露出の激しい格好をしているが剣闘士たちも太ももや二の腕が表れになった格好をしているので対した問題ではない。ひょろりとした弱そうな男だが文句はない。
だって、勇者だもん!
シナモン姫は勇者と思われる人物に飛びつく。
「あなたが勇者タナカですか!」
「違います」
「………………?」
………え?
どうやら勇者は混乱しているらしい。
シナモン姫はもう一度尋ねた。
「あなたは勇者タナカですか?」
「私はタナカじゃなくて、ススキです」
「…はぁわ」
わなわな震えるシナモン姫。
そんな姫を胡乱気な視線を投げるススキと名乗る人物。
そしてやっとなんとか扉をあけて広間へ侵入できて姫以外の人物を目撃して泡を吹いて倒れる数人の重臣と神官、遅れて入ってきた王たち。
しばし続いた沈黙のなか「後、王子って誰だか知らないけど、私は女だから」と訂正をいれたススキの発言によりシナモン姫を最初に四方八方から悲鳴が始まる。
「きゃぁああああああ、いやああああああ!」
「ぎゃああああああーっ!」
「うぉおおおおおーっ!」
現実と理想の違いから。
これからの事態を予想しての衝撃から。
それぞれの様々な悲鳴が上がるなかでゴダイバ王国始まっていらの前代未聞、時期はずれの勇者召喚はなされたのであった。