ix ――守ってます①
宙をふよふよと漂う巨大な黄と白の〈磯巾着型〉が、空を飛んでゆっくりと直人に近付いた。直人は両手で手刀を作り、朱色に光らせながら微塵に切り刻む。バラバラになった〈磯巾着型〉は重力に逆らえずぼたりぼたりと地に引き寄せられる。それを見守るスズシロ。
「数が多い。余計な電力を使うな。相手を仕留める必要最低限の電力で」
《分かっちゃいますが、なかなか……》
直径五メートル程度の〈海栗型〉が十匹一斉に飛び付いてきた。直人は深呼吸してあくまで冷静に、跳び、〈海栗型〉の大群へこちらから突っ込んだ。近付くと〈海栗型〉の針がにょきにょきっと伸びた。直人は空中でバチンと手を合わせると、指先の一本一本が黄色に光り、その指を〈海栗型〉に向かって差し出すと、その先から勢いよく黄色の弾丸がガトリング砲の様に射出され、〈海栗型〉を次々と貫いていった。殻を貫いて体液を出しながら落ちてゆく〈海栗型〉。
しかし敵も次々と襲いかかる。今度は平べったい虹色に輝く〈海星型〉が大回転しながら空を切り裂いて勢いよく直人に向かってきた。指先を黄色に光らせたままガトリング砲の様にダダダッと射出。が、その回転の力によってか、表面が硬いのか分からないが、チュンチュンと弾丸が弾かれ、いなされた。直人は舌打ちして、手刀を作り、手を今一度緑に光らせた。
「次から次へとッ! しゃらくせえッ!」
《直人、駄目だッ!》
スズシロの声が届いた頃には既に、その回転していた物体は直人によって微塵にされていた。……その微塵になった虹色の破片から海星の五本の手がにょきにょき生え出し、次々と再生して、五メートルの虹色の〈海星型〉の化け物が新たに三十匹以上は産まれてしまった。
「MD―56Aです! モード〈炎〉にての対処を――」
《分かっているッ!》
結衣菜の声を制した直人の苛立った声。今度は両手で胸の前で三角形を作り、〈海星型〉の集まる所に狙いを定め、息をふうと吐くと、その三角の内側が青く光り、そこから青色に揺らめく炎が這い出る様にくねくねと伸びて、〈海星型〉を襲った。
一度に大半焼き払ってしまったが、まだ三匹後ろに残っていた。
「後ろだッ!」というスズシロの声にすぐさま反応したが間に合わず、直人は正面から〈海星型〉に抱き付かれる。力強く抱き締められ、うねうねと蠢く表面の無数の小さな足(所謂、管足)が直人の体をがっちりと固定。体の中心が(口)ガバッと開き、円形に綺麗に並べられた牙が見えた。どうやら喰われるらしい。
《うざってえんだよ、ゴミ虫がッ! てめえなんぞに殺されていい俺じゃねえんだよッ! てめえが死ねよ、ゴミみてえに、てめえが死ねよッ!》
直人の叫びが室内に響く。じっとスズシロはそれを受け止める様に聞いている。
直人は自ら口に飛び込んで、そのまま緑色に輝く拳を作って腹を突き破り外へ出て、もう一度青に光る三角形を作り、残った三匹を一度に焼き払った。〈海星型〉は黒焦げになり、ぴゅうと風が吹くと途端にバラバラになって、跡形も無く散った。
スズシロが声を張る。「直人、落ち付け! 観測では未知種は検出されていない。全て対処法の分かっている敵だ。いいか、先ず、何が何でも、落ち付け!」
《分かっています、分かっていますってッ!》
分かっていない。落ち付けと言っても出来ない事は承知の上だが。――
スズシロの額に脂汗が滲む。
直人からの通信が続く。《数が多い、一掃しちまった方がいい。〈法〉使用要請!》
直人の提案にスズシロは躊躇う。
〈法〉――〈突偽〉の機能であり、威力は高いが消費する電力が高く、〈突偽〉内の畜電力が一気に低下し、使いどころを間違えば無力化した直人が襲われる危険がある。室内の、全員の視線がスズシロの小さな体に注がれる。時間はないが、考える必要はある。
〈突偽〉に関してこの中では一番詳しく、敵襲の種類・対処法に対しても知識があるとはいえ、一介の科学者でしかない・専門の訓練を受けた訳でもない・しかも立場自体もあまり高いとは言えないスズシロが、戦闘に於いて指揮権を持つのは、はっきり言ってしまえば、おかしい。
しかしそうせざるを得ないのは、結局先に言った人材不足に起因するに他ならない。直人が死ぬか生きるか、戦闘の素人であるスズシロの双肩にかかっている。押し潰されそうな圧力を撥ね退け、凛々しい顔をしっかりと上げる。
「〈法〉の発現を許可する! 直ちに〈陣〉展開準備!」スズシロの怒声にも似た叫び。
職員全員がそれに従いモニターに向かう。カタカタと叩かれるキーの音。
「〈陣〉展開了承! いつでも作動出来ます!」
結衣菜の大きくも優しい声が直人の脳内に注ぎ込まれる。直人の口角がにやりと上がる。
《了解ッ! 聞いたかゴミ虫どもッ!! 今すぐに冥土に送ってやるから覚悟しやがれッ!!》
直人は一旦始めにいた丘の上まで戻り、直立し、両腕を交差させ、前に突き出す。
《万能汎用型〈突偽〉、装置主題・〈陣〉、展開、陣形・〈法〉!》
直人の全身タイツに緑色に光る、蛇の巻き付いた様な模様は、のそのそと動き、足にまで移動し、やがて直人の体を離れ、ぴゃっと地面を這う様に走り〈愚衆〉の蠢く中を進み、二股に、それが四つに八つに十六に分かれ、そして、地面に、緑色の線で描かれた円形の〈陣〉を描き張り巡らせる。
蛇の動きが止まる。
どろどろの緑の線が仄かに妖しくぼうっと光る。
結衣菜が息を飲み、インカムに切羽詰まった声を注ぎ込む。
「〈陣〉展開完了! 〈法〉発動まで後五秒! 四、三、二――」
《死にさらせッ! 外道めッ! 腐ったゴミどもがッ!!》
直人は中指を天まで届けと言いたげに突き上げた。
同時に爆音。
空を震わせ、雲を脅えさせ、大地は悲鳴を上げ、海はうねり、直人の体はびりびりと痺れ、遠く森までざわめかせ、スズシロらの体にまで伝わる振動。
〈大爆発〉――そう形容する以外にない、すさまじい規模の、閃光を伴う大殺戮。
緑色の〈陣〉から噴き上がった七色の光は、渦を巻き〈愚衆〉を巻き込んだかと思うと、収束し、一度色を黒に変え周りの光を全て吸い込んで、やがて真っ白の閃光を上げた。
海の水も雲も空気も、周りのものは全て吹き飛ばした。直人の全身に熱を込めた爆風が届く。その爆発の中心には何もなかった。
何もかもなくなった。
そしてようやく気付いた様に風が吹き返し、反時計回りに渦を巻き、海の水がその何も無い空間に押し寄せた。高く、天を貫かんばかりに立ち上る水柱。それを覆い隠す、埃と水の交じり合った、吹き荒れる砂埃。一瞬にして眼前から景色が消えた。
《ハッ、ざまあみろ。地球にお前らの居場所はねえ。肉片も残さず消え去れ》
勝利を確信している直人の声。室内のモニターには、砂嵐に塗れた風景と、数多くの〈?〉マークを表示している。センサーが悉く狂っている。直人とは対照的に不安げにモニターを見続ける職員の面々。スズシロもそれに倣って目を見張っている。
……一瞬だけモニターに映った、何ものかの影。
スズシロは目を見開き、インカムに声を入れる。
「直人まだだッ! まだ終わっていないッ! まだ生き残りが――後ろッ!!」
砂嵐が晴れ、中心の巨大モニターに直人が映る。
その後ろ斜から襲いかかる、真っ白な体の、八本の細長い足の〈海蜘蛛型〉の化け物。スズシロの声に、弾かれた様に後ろを向く直人。
反応が遅れた、センサーが感知できなかったせいだ。
〈海蜘蛛型〉の足が首元に届くすんでの所で、バシンと右手で受け止め、続けざまに左手を握り緑色に光らせ、一撃。殴った所が派手に弾け緑の体液が飛び散る。が、しかし仕留め切れていない。二発、三発と殴り続けて、やっと相手の動きを止めた。直人のハァハァと荒い息が室内に響く。
「〈愚衆〉五分の一生存!」「畜電力激しく低下! 危険水域!」「〈突偽〉機能停止まで残り三分程度!」「〈偽能〉回線損傷! それにより攻撃係数低下!」「直人の肉体疲労、心拍数、精神状態……えっと、その他諸々全て危険な水域ですッ! 行動精度にも影響大!」
「直人、機能が生きているうちに全速力で逃げろッ!」
矢継ぎ早に繰り出される警告――全て直人の危険を伝えるもの――を遮って、スズシロは直人に必要最小限だけ伝える。
《でも、それじゃ街がッ!》
「木偶の棒になってからじゃどうにもならんッ! お前が死んだら全滅だッ! 安心しろ、全員避難している。お前は出来るだけ遠くへ逃げた後、再装填ッ!」
《……了解!》
スズシロはまごつく直人を怒鳴りつけて急かした。
直人は顔を歪めながら、背を向けて撤退。止めるものの無くなった〈愚衆〉は、ゆっくりと岸に上がり、木々をなぎ倒し、田畑を踏み潰し、我が物顔で前に前に進んだ。
悲痛な面持ちでそれを見守るしか出来ない職員諸氏。臍を噛み背走する直人。じっと睨みつけるスズシロ。
「……今だけはくれてやる。すぐに奪い返してやるがな」
小さく独りごちたスズシロの言葉は、しかし直人・並びにその場の職員全員の耳に入った。




