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the Spree of the Naïve Honest  作者: けら をばな
第一章・愚人ども
9/48

ix ――守ってます①

 宙をふよふよと漂う巨大な黄と白の〈磯巾着型〉が、空を飛んでゆっくりと直人に近付いた。直人は両手で手刀を作り、朱色に光らせながら微塵に切り刻む。バラバラになった〈磯巾着型〉は重力に逆らえずぼたりぼたりと地に引き寄せられる。それを見守るスズシロ。

「数が多い。余計な電力を使うな。相手を仕留める必要最低限の電力で」

《分かっちゃいますが、なかなか……》

 直径五メートル程度の〈海栗(うに)型〉が十匹一斉に飛び付いてきた。直人は深呼吸してあくまで冷静に、跳び、〈海栗型〉の大群へこちらから突っ込んだ。近付くと〈海栗型〉の針がにょきにょきっと伸びた。直人は空中でバチンと手を合わせると、指先の一本一本が黄色に光り、その指を〈海栗型〉に向かって差し出すと、その先から勢いよく黄色の弾丸がガトリング砲の様に射出され、〈海栗型〉を次々と貫いていった。殻を貫いて体液を出しながら落ちてゆく〈海栗型〉。

 しかし敵も次々と襲いかかる。今度は平べったい虹色に輝く〈海星型〉が大回転しながら空を切り裂いて勢いよく直人に向かってきた。指先を黄色に光らせたままガトリング砲の様にダダダッと射出。が、その回転の力によってか、表面が硬いのか分からないが、チュンチュンと弾丸が弾かれ、いなされた。直人は舌打ちして、手刀を作り、手を今一度緑に光らせた。

「次から次へとッ! しゃらくせえッ!」

《直人、駄目だッ!》

 スズシロの声が届いた頃には既に、その回転していた物体は直人によって微塵にされていた。……その微塵になった虹色の破片から海星(ひとで)の五本の手がにょきにょき生え出し、次々と再生して、五メートルの虹色の〈海星型〉の化け物が新たに三十匹以上は産まれてしまった。

「MD―56Aです! モード〈(エン)〉にての対処を――」

《分かっているッ!》

 結衣菜の声を制した直人の苛立った声。今度は両手で胸の前で三角形を作り、〈海星型〉の集まる所に狙いを定め、息をふうと吐くと、その三角の内側が青く光り、そこから青色に揺らめく炎が這い出る様にくねくねと伸びて、〈海星型〉を襲った。

 一度に大半焼き払ってしまったが、まだ三匹後ろに残っていた。

「後ろだッ!」というスズシロの声にすぐさま反応したが間に合わず、直人は正面から〈海星型〉に抱き付かれる。力強く抱き締められ、うねうねと蠢く表面の無数の小さな足(所謂、管足)が直人の体をがっちりと固定。体の中心が(口)ガバッと開き、円形に綺麗に並べられた牙が見えた。どうやら喰われるらしい。

《うざってえんだよ、ゴミ虫がッ! てめえなんぞに殺されていい俺じゃねえんだよッ! てめえが死ねよ、ゴミみてえに、てめえが死ねよッ!》

 直人の叫びが室内に響く。じっとスズシロはそれを受け止める様に聞いている。

 直人は自ら口に飛び込んで、そのまま緑色に輝く拳を作って腹を突き破り外へ出て、もう一度青に光る三角形を作り、残った三匹を一度に焼き払った。〈海星型〉は黒焦げになり、ぴゅうと風が吹くと途端にバラバラになって、跡形も無く散った。

 スズシロが声を張る。「直人、落ち付け! 観測では未知種は検出されていない。全て対処法の分かっている敵だ。いいか、先ず、何が何でも、落ち付け!」

《分かっています、分かっていますってッ!》

 分かっていない。落ち付けと言っても出来ない事は承知の上だが。――

 スズシロの額に脂汗が滲む。

 直人からの通信が続く。《数が多い、一掃しちまった方がいい。〈(ホウ)〉使用要請!》

 直人の提案にスズシロは躊躇(ためら)う。

(ホウ)〉――〈突偽〉の機能であり、威力は高いが消費する電力が高く、〈突偽〉内の畜電力が一気に低下し、使いどころを間違えば無力化した直人が襲われる危険がある。室内の、全員の視線がスズシロの小さな体に注がれる。時間はないが、考える必要はある。

〈突偽〉に関してこの中では一番詳しく、敵襲の種類・対処法に対しても知識があるとはいえ、一介の科学者でしかない・専門の訓練を受けた訳でもない・しかも立場自体もあまり高いとは言えないスズシロが、戦闘に於いて指揮権を持つのは、はっきり言ってしまえば、おかしい。

 しかしそうせざるを得ないのは、結局先に言った人材不足に起因するに他ならない。直人が死ぬか生きるか、戦闘の素人であるスズシロの双肩にかかっている。押し潰されそうな圧力を撥ね退け、凛々しい顔をしっかりと上げる。

「〈(ホウ)〉の発現を許可する! 直ちに〈(ジン)〉展開準備!」スズシロの怒声にも似た叫び。

 職員全員がそれに従いモニターに向かう。カタカタと叩かれるキーの音。

「〈(ジン)〉展開了承! いつでも作動出来ます!」

 結衣菜の大きくも優しい声が直人の脳内に注ぎ込まれる。直人の口角がにやりと上がる。

《了解ッ! 聞いたかゴミ虫どもッ!! 今すぐに冥土に送ってやるから覚悟しやがれッ!!》

 直人は一旦始めにいた丘の上まで戻り、直立し、両腕を交差させ、前に突き出す。

《万能汎用型〈突偽〉、装置主題(システムテーマ)・〈(ジン)〉、展開、陣形・〈(ホウ)〉!》

 直人の全身タイツに緑色に光る、蛇の巻き付いた様な模様は、のそのそと動き、足にまで移動し、やがて直人の体を離れ、ぴゃっと地面を這う様に走り〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉の蠢く中を進み、二股に、それが四つに八つに十六に分かれ、そして、地面に、緑色の線で描かれた円形の〈(ジン)〉を描き張り巡らせる。

 蛇の動きが止まる。

 どろどろの緑の線が仄かに妖しくぼうっと光る。

 結衣菜が息を飲み、インカムに切羽詰まった声を注ぎ込む。

「〈(ジン)〉展開完了! 〈(ホウ)〉発動まで後五秒! 四、三、二――」

《死にさらせッ! 外道めッ! 腐ったゴミどもがッ!!》

 直人は中指を天まで届けと言いたげに突き上げた。

 同時に爆音。

 空を震わせ、雲を脅えさせ、大地は悲鳴を上げ、海はうねり、直人の体はびりびりと痺れ、遠く森までざわめかせ、スズシロらの体にまで伝わる振動。

〈大爆発〉――そう形容する以外にない、すさまじい規模の、閃光を伴う大殺戮。

 緑色の〈(ジン)〉から噴き上がった七色の光は、渦を巻き〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉を巻き込んだかと思うと、収束し、一度色を黒に変え周りの光を全て吸い込んで、やがて真っ白の閃光を上げた。

 海の水も雲も空気も、周りのものは全て吹き飛ばした。直人の全身に熱を込めた爆風が届く。その爆発の中心には何もなかった。

 何もかもなくなった。

 そしてようやく気付いた様に風が吹き返し、反時計回りに渦を巻き、海の水がその何も無い空間に押し寄せた。高く、天を貫かんばかりに立ち上る水柱。それを覆い隠す、埃と水の交じり合った、吹き荒れる砂埃。一瞬にして眼前から景色が消えた。

《ハッ、ざまあみろ。地球(ここ)にお前らの居場所はねえ。肉片も残さず消え去れ》

 勝利を確信している直人の声。室内のモニターには、砂嵐に(まみ)れた風景と、数多くの〈?〉マークを表示している。センサーが悉く狂っている。直人とは対照的に不安げにモニターを見続ける職員の面々。スズシロもそれに倣って目を見張っている。

 ……一瞬だけモニターに映った、何ものかの影。

 スズシロは目を見開き、インカムに声を入れる。

「直人まだだッ! まだ終わっていないッ! まだ生き残りが――後ろッ!!」

 砂嵐が晴れ、中心の巨大モニターに直人が映る。

 その後ろ斜から襲いかかる、真っ白な体の、八本の細長い足の〈海蜘蛛型〉の化け物。スズシロの声に、弾かれた様に後ろを向く直人。

 反応が遅れた、センサーが感知できなかったせいだ。

〈海蜘蛛型〉の足が首元に届くすんでの所で、バシンと右手で受け止め、続けざまに左手を握り緑色に光らせ、一撃。殴った所が派手に弾け緑の体液が飛び散る。が、しかし仕留め切れていない。二発、三発と殴り続けて、やっと相手の動きを止めた。直人のハァハァと荒い息が室内に響く。

「〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉五分の一生存!」「畜電力激しく低下! 危険水域(レッドゾーン)!」「〈突偽〉機能停止まで残り三分程度!」「〈偽能〉回線損傷! それにより攻撃(オフェンス)係数(コウィフィション)低下!」「直人の肉体疲労、心拍数、精神状態……えっと、その他諸々全て危険な水域ですッ! 行動精度(パフォーマンス)にも影響大!」

「直人、機能が生きているうちに全速力で逃げろッ!」

 矢継ぎ早に繰り出される警告――全て直人の危険を伝えるもの――を遮って、スズシロは直人に必要最小限だけ伝える。

《でも、それじゃ街がッ!》

「木偶の棒になってからじゃどうにもならんッ! お前が死んだら全滅だッ! 安心しろ、全員避難している。お前は出来るだけ遠くへ逃げた後、再装填(リロード)ッ!」

《……了解!》

 スズシロはまごつく直人を怒鳴りつけて急かした。

 直人は顔を歪めながら、背を向けて撤退。止めるものの無くなった〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉は、ゆっくりと岸に上がり、木々をなぎ倒し、田畑を踏み潰し、我が物顔で前に前に進んだ。

 悲痛な面持ちでそれを見守るしか出来ない職員諸氏。臍を噛み背走する直人。じっと睨みつけるスズシロ。

「……今だけはくれてやる。すぐに奪い返してやるがな」

 小さく独りごちたスズシロの言葉は、しかし直人・並びにその場の職員全員の耳に入った。


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