終章・後の祭り
「〈銀河系平和記念日、通称・世界的馬鹿騒ぎの日〉に乾杯!」
「乾杯」
「はいはい」
辰雄、ロジャー、ヤンがいつかの高級中華料理屋で回転卓を囲んでいる。不図辰雄がそのままの銃痕を発見し、ぞぞっと背筋が凍り、伸ばした箸を引っ込める。ヤンは構わず唐揚げを掴む。
「平和は平和で面倒だ。戦争中は出て来なかった糞めんどくさい問題が糞程噴出してくる。戦争好きが糞程いるのも頷ける。糞みてえな戦争に糞程明け暮れていた時代が懐かしい」
「お前な……」
「なァに、冗談だ。それはそうと、結婚したらしいな。一応おめでとうと言っておこう」
「ん? あ、ああ。……ありがとう。と一応言っておこう」
突然の、旧友のらしくない祝福の言葉に、不審そうなロジャー。
「結婚ってのは地獄らしい。アンニの奴が愚痴ってた。ま、せいぜい頑張るんだな」
平然と唐揚げを頬張るヤンと、眉をひそめるロジャー。
「コイツ……。ま、アンニさんも大変そうで何よりだ。あの場にいた人間としちゃいろいろ思う所があるが……」
「気にしない事だ。お前の立場上、これから付き合いが多くなるだろう。ま、上下に挟まれることの苦しみを知れ。……あの直人って奴と違って、やっぱりお前は軍人を続けるわけだな」
「直人の悪口は言うな?」
「分かってる。っつーか、言ってない」
「そうか。……戦争を終結させた英雄が一兵卒のままでいるわけにゃならんし、そうなりゃ政治に係わらんといかん。……あいつがこの場で密談している姿を想像してみろ。似合わないだろ。政治には向いていない。これでよかったのさ。……俺としちゃ、直人が辞めたり俺が結婚したり、なんて事よりも、辰雄、お前がミアと付き合ってんのがびっくりなんだがな。本人から聞かされた時、度肝抜かされた」
と言ってロジャーは辰雄の方を見た。二人の会話の間、辰雄はエビチリを頬張っていたが、急に話を振られると、
「ん? ああ。人間見た目じゃないってことだ」
と自慢げに鼻を鳴らした。ロジャーとヤンは、
「「……やっぱり金か」」
と声を合わせ、同時に溜息をつく。
「中身だ。……お前らな……」
少し経って、三人は楽しげに笑いあった。
「……あの日から、一年経ったわけですね。速いやら遅いやら」
本日は世界的に祝日。縁側で座るスズシロ――もとい、〈金蔵優香〉の太腿に、寝そべって頭を乗せる直人。麗らかな温かい日差しが、惚けた直人の阿呆面と優香の気の抜けた顔に静かに柔らかく照らす。
「ああそうだ。お前が世界中に馬鹿を振りまいて笑いものになってから一年だ」
「……ご両親に挨拶に行って、お義兄さまから殺意をもった視線で睨まれてから一年か」
「あー、ああ。……そんな事もあったな」
「……あんときは死ぬかと思った。戦争以上ですよ」
「お前な……」
直人と優香の二人は、戦争終結後、めでたく結婚し、軍関係の仕事を辞めた。
そして直人は地元の郵便局員に、優香は一般企業の研究施設にそれぞれ就職し、正に一から第二の人生を歩むことになった。
一年前の今日、直人らの活躍があり、〈天使〉は夏美と共に〈模倣〉領へと亡命。この一連の行動により、〈模倣〉にとって地球は信頼に足ると判断され、地球・〈模倣〉間の同盟の足掛かりになった。その結果〈騒音〉は絶対的存在である〈天使〉の居る〈模倣〉に対し手を出せず(〈天使〉自らの意思での亡命であると公式に認められていた)、延いては同盟関係にある地球から手を引かざるを得なくなった。
「直人さーん、優香さーん、どこですかー。早く出て来ないと〈模倣〉に言いつけますよー」
「……ったく、あいつはいつもいつもイチャイチャの邪魔をするんだから」
優香が鬱陶しそうに眉間に皺を寄せながら、瞑っていた目を開く。……
結局夏美は地球の調査継続という名目で戻ってきて、また直人の許で働くこととなった。喜んだ直人とは対照的に、夏美を心底邪魔者扱いしている優香だが、しかしこの二人どちらも家事能力が芳しくなく、しかも二人とも家に感ける時間がない。それに、堂々と〈模倣〉・地球間の交流が簡単に取れる様になったお陰で、何と優香への給料がなんと〈模倣〉側から支払われると言うので(同盟関係を作った張本人の家庭だから、という理由もある)、『今までそんな事してこなかったし、子供が出来たら二人の時間なんてあんまり出来ないだろうし、今の内に精一杯イチャラブしてやろう♡』と意気込んでいた優香も渋々承諾した。
夏美は縁側の二人に気付いて、パタパタと足音を立てながら元気に声をかけた。
「あー、ここにいらっしゃったんですか。まー新婚気分でお熱いこって」
「夏美ちゃーん、あんまり邪魔しちゃ駄目よ。私だって早く孫の顔が見たいんだから」
にやにやと含み笑いをする夏美の許に、直人の母が苦笑しつつも穏やかに注意した。
「というか、皆いい加減に用意したらどうだ? 大事な客人に会いに行くのだろう?」
奥から、直人の父が四人に声をかけた。父はスーツ姿。顔色がよく、入院中よりも遥かに恰幅が良くなったためスーツ姿がよく映える。そんな父に母が微笑みかける。
「あら、そんなに畏まらなくっても大丈夫よ。なにせ〈普通の可愛い女の子〉だもの」
「いや、お前たちは面識があるからいいのだろうが、私は初対面なのだぞ、その、〈天使〉とは」
この記念日に〈天使〉は地球に訪問し、友好式典に出て、その後直人達と面談する予定。
――直人は今、恐らく今までの人生で一番幸福な時にある。新しい環境になかなか慣れなくて、ごたごたがまだまだ多く、些細な衝突も多々あっても、過不足なく過ごせている。
「……あー、なんつーか、『幸せが怖い』とか言ってる芸能人の気持ちがちょっと分かる。こんな幸せがずっと続くといいんだけどなぁ」
「無理だ、諦めろ」優香はさも当然という風に語る。
「うわ、そういうこと言いますか」
「これから多分、いろんなことあるぞ。家庭内ばかりじゃなくって、国際的にも宇宙的にも、そんなに安定しているとは言い難いしな。しょうがないさ。……でも、ま、それでもいいじゃないか。こんな美少女ゲットしたわけだからな。分不相応な幸せだ」
にやりと笑う優香に、直人は目を丸くして黙りこくる。その素面な反応に優香は頬を染め、
「おい、冗談だよ、そのまんまにするなよ。何か言え――ッ!?」
誤魔化そうとした時、直人は起き上がって、家族+1の前で、口を塞ぐように堂々とキス。父は呆れ顔で、母はにこやかに笑い、夏美はにやにやと笑う。そこに、
「ナオトー、迎えに来たぞー」
「ちゃんと用意していましたかーって……」
丁度、着飾ったミアといくヱがやってきて、丁度、縁側の優香と目が合い、二人同時に、
「あちゃー」
と言う顔をした。優香は、沸騰する程赤面して、へなへなと萎んだ。
「よし、そんじゃ、行きますか!!」
直人は元気よく立ちあがって、満面の笑みで優香の手を引っ張った。
閉幕




